08
どうぞ、と促すファナリルと共に、門を通る。そのまま整備された道が続いており、その道に馬車が一台とまっていた。ファナリルがその馬車へと向かう。どうやらイリスたちのために用意してくれたらしい。
しっかりとした造りの馬車だ。馬車といっても、引いているのは馬ではなく、日本でいうとサイのような動物だ。魔獣の一種で、お肉はあまり美味しくない。
――どういう覚え方してるの。
呆れたようなハルカの声。イリスは誤魔化すようにファナリルに声をかける。
「どれぐらいかかるの?」
「これに乗ればすぐですよ。どうぞ、イリス様。フィア様も。ジュースも用意しています」
「ジュース! もらう!」
「もらう!」
イリスとフィアが乗り込み、ゆっくりと走り始める。ファナリルがコップに注いでくれたジュースを飲み、相好を崩した。少し酸味はあるが、甘い。これはなかなか、いいものだ。
「うまー」
「うまー」
「龍人族の里で栽培している果物のジュースです。こちらもたくさん用意しているので、よければお持ち下さい」
「おお! ありがとう!」
早速いいものをもらうことができそうだ。これはイリスも奮発しなければならないだろう。いや、持ってきたものはちゃんと渡すつもりなのだが。
――イリスイリス。私もあとで飲んでみたいな。
――いいよ。夜にでもかわってあげる。
――わーい。
のんびりとジュースを飲みながら、馬車に揺られる。馬車から見える景色はしっかりと手が行き届いた庭園だ。見ていて飽きさせないように、同じ風景が続かないように考えられている。
フィアと一緒に庭園を眺めていると、馬車がしだいに遅くなり、やがてとまった。気づけば大きな城が目の前にあった。白亜のお城だ。
――なんて綺麗な魔王城。綺麗な魔王城って何だ。
――あはは。人間の方のお城よりも綺麗かもしれないね。
人間の方の王城も立派だったが、こちらの方がすごいと思える。お金がかかっていそうだ。
ファナリルと共に馬車を降りて、城へと向かう。大きな門が開き、城の中へと案内される。
だだっ広い大きな部屋に、大勢の人間が並んでいた。全員が魔族だ、と思ったが、どうやら龍人族も数人いるらしい。その集団の中央に、一際大柄な魔族がいた。
大きな角が特徴的なその男が前に進み出てくる。そして深く一礼した。
「魔族の王、ドルモアと申します。ドラゴンの姫君たるイリス様にお目にかかれて、光栄です」
「王様がそんな簡単に頭を下げていいの?」
「イリス様だからこそです。ドラゴンの方々のご尽力により、人族との戦争が回避されております。我々ではまずできないこと。それを為し得た方々の姫君に対して、頭を下げずにいることなどできるはずもありません」
「お、おお……。えっと……」
気づけばその場にいる全員が頭を下げていた。人族とは随分と違う反応だ。まあ人族の王と会った時は前提から少し問題があったので仕方なかったのかもしれないが、これはこれで少し反応に困る。
イリスが黙ったままでいると、王が上目遣いにこちらを見てきた。イリスの反応を待っているのは分かるのだが、どう反応すればいいのか分からない。
――ふぃあ! へるぷ!
たまらず妹分に念話で助けを求めてみると、
――お姉ちゃんがんばって!
応援だけが返ってきた。
――いや、まずフィアに助けを求めちゃだめでしょ。
――じゃあハルカ! へるぷ!
――じゃあって何かなじゃあって。別に気にしなくていいでしょ。
気にしなくてもいいと言われてもやっぱり困る。仕方なく、本当に何も考えずに対応することにした。
「まあ、うん。今日は急に来ちゃってごめんね」
気にせずに。つまりは先ほど言われた内容には触れないでおく。王は薄く苦笑を浮かべながら頭を上げた。
「いえ。事前にお伝えしていただき、感謝致します。前回は気づかなかったとはいえ、本当に申し訳ありませんでした」
「あー……」
前回というのは、まさに門前払いされたあの時のことだろう。
「別にあれは正しい対応だったと思うから、いいよ気にしなくても。あ、そうだ。お菓子は美味しかった?」
「スイートポテト、というお菓子のことでしょうか。とても美味でした。今まで食べたお菓子の中でも最も美味しかったと断言できます」
「おお、なかなかの高評価。嬉しいね。今日はまた別のお菓子を持ってきたよ。期待していいよ」
「ほほう。それは楽しみになってしまいますね」
「私はお昼ご飯が楽しみだね!」
「そちらはお任せ下さい。ファナリルより聞いた時から、準備させていただいております」
「おお! 魔王は美食家って聞いたからね、期待できそうだね!」
「いえいえ、私など……」
お互いに緊張がなくなり、食べ物談義が始まる。スイートポテトの感想から、今日の昼食のメニュー、気に入れば夕食も用意できるということなど、二人で話を進めていく。
しばらく話し続けて、誰かの咳払いでそれは中断された。
「陛下、そろそろ……」
ファナリルの声に、うむ、と魔王が頷く。
「うん。ごめんね、魔王。あ、そうそう。話し方、楽にしていいよ。堅苦しいのは嫌いだから」
「そうか。ではそうさせてもらおう」
順応が早いな、とは思うが、イリスにとっては好ましい点だ。敬語は話すのも聞くのも疲れる。
魔王自らの案内のもと、最初に通されたのは広い食堂だった。様々な調度品が並ぶ豪奢な食堂で、この点はイリスはあまり好きではない。しかしハルカ曰く、威厳を示すためにもある程度は必要とのことなので、仕方ない部分もあるのだろう。
大きなテーブルにはすでにパンなどが並んでいる。この後に様々な料理を出してくれるとのことだ。お好きな席にと言われたので、遠慮無くイリスは一番近い席に座った。
イリスの隣には当然フィアが座り、その逆隣はファナリルが座る。料理の説明役だそうだ。ファナリルの向こう側には、龍人族の男。
「私の父です」
ファナリルが言って、男が頭を下げた。
「ルードロアと申します。ルードとお呼び下さい」
「うん。ルードね。よろしくー」
――ファナリルのお父さんってことは、龍人族の長だね。大物だ!
――あ、そうなるのか。
「龍人族の代表ってことでいいの?」
念のために聞いておくと、そうなりますとルードが頷いた。随分と若い代表だと思う。見た目は三十か四十ぐらいではなかろうか。もっとも、年老いた龍人族の外見などイリスは知らないので、もしかするとそれなりの年なのかもしれない。
「それでは、料理を運ばせよう」
ドルモアがそう言って手を叩く。すると食堂の扉が開き、次々と料理が運ばれてきた。魔族の料理は最初から全てテーブルに並べ、それぞれ好きに選んで取るという形らしい。バイキングみたいだ、とはハルカの感想だ。
テーブルに並んだ大皿は十。その全てに料理が盛られている。大きな肉のステーキや、新鮮そうなサラダ。どれもが美味しそうだ。
皆と共にお祈りをして、早速肉をたぐり寄せた。