06
夜になり、晩ご飯にカレーライスをご馳走になってから、イリスは喫茶店に向かう。ちなみにカレーライスはとても美味しかった。オムライスほどではないにしても、あれも至高の料理の一つに数えてもいい。ぽかぽかでからからでうまうまだった。
――意味が分からない。
喫茶店の明かりが最小限になっていることを確認して、裏口、つまりは家の玄関に向かう。インターホンを押すと、すぐに恵が出てきた。
「待たせてごめんなさいね。これぐらいで足りるかしら」
白い紙箱が十箱。なかなかの量だ。そのうちの一つを開けてみると、楕円形の黄色いお菓子が十二個ほど並んでいた。一つつまんで、口に入れてみる。焼き芋よりも甘いが、かといって嫌な甘さではなく、お芋特有の甘さもしっかりと残っている。美味しい。
「美味しい!」
「ふふ。ありがとう。また作って欲しいお菓子があったら、遠慮無く言ってね」
「うん! その時はよろしく!」
紙箱をビニール袋に入れてもらい、新橋家へと向かう。
そうして意気揚々と帰宅したイリスが見たものは、
「そこでお姉ちゃんが助けに来てくれたの! 悪い人たちを一人で全部倒しちゃって!」
「なるほど! さすがはドラゴン様です!」
姉の武勇伝を自慢する妹分と、それをとても興味深そうに聞くファナリルの姿。
なんだこれ。
「おかえり、イリス」
笑いをかみ殺している望の声。後ろへと振り返ると、にやにやと意地の悪い笑顔を浮かべている。
「少し前からずっとあの調子だぞ。大好きなお姉ちゃんの自慢をしてる。素敵でかっこいいお姉ちゃんの自慢を、な」
「…………」
どうしてか、妙に気恥ずかしい。しばしの間固まっていたイリスは、やがて頷いて、
「帰る」
「どこにだよ」
外に出ようとしたイリスだが、望によりあの混沌としたリビングへと突っ込まれてしまった。裏切り者め。
その後、ファナリルからも話を求められたが、全てにおいて口を閉ざしておいた。
翌日。フィアにいつもの掃除を任せて、イリスはファナリルと共に、彼女が作った穴へと向かう。すでに場所は分かっているので、転移で移動できるのでとても楽だ。
そうして黒い穴をくぐった先は、森の中だった。
「…………。変わってるように見えないんだけど」
「私も最初は驚きました。でも植物の種類はどれも違いますよ」
「ふうん……」
残念ながらイリスは植物の種類なんて覚えていない。ファナリルもイリスが興味を持っていないことに気づいたのか、苦笑いするだけでそれ以上は何も言わなかった。
「はい。閉じて」
「分かりました」
ファナリルが黒い穴に手をかざし、何事かを唱え始める。同時に地面に何か模様を描き始めた。魔方陣、だろうか。
「んー……。どれぐらいかかりそう?」
「一日あれば大丈夫です」
「…………」
予想以上に長かった。だが繋げるために一ヶ月使っているのなら、一日で閉じるというのはすごいことなのかもしれない。普通なら繋げることすらできないことを思えば、才能に溢れていると言えるだろう。
だが、自分で開けた穴ぐらい自分で閉じろと言いたいところだが、一日も待っていられない。
「すとっぷ」
「はい? えっと……。止めろ、ということですか?」
「うん」
イリスの表情から言葉の意味を察して、ファナリルが手を引く。代わりにイリスが穴の前に手をかざす。
「よいしょ」
掛け声の一つで穴が閉じた。
「え」
呆然とするファナリル。イリスは気にすることもなく、周囲の空間に揺らぎがないかを確認。
――あるとどうなるの?
――ほとんどは何もないよ。勝手に修復される。ただごく稀に揺らぎが大きくなって、おっきな裂け目になって、周囲のものを呑み込んじゃったりするらしい。
――へえ……。
――大陸が消える。
――こわっ!
この世界ではまだないはずだが、別の世界で起きたことがあるらしい。管理されていない空間の裂け目や穴は危険なのだ。
今回は揺らぎは発生していないようだ。よしと頷いて振り返ると、呆然としたままのファナリルと目が合った。
「どうしたの?」
「いえ……。格の違いと言いますか、なんというか、いろいろと感じていたところです。神童だなんて言われて、調子に乗っていたと思い知りました」
「神童! かっこいい! 私もそんなのが欲しい!」
二つ名、というやつだろうか。日本の漫画を読むとそういったものがよくあった。ちょっとかっこいいと思ってしまう。神炎の、とか、黄昏の、とか。かっこいい。ハルカだけでなく望にも理解されなかったどころか、ちゅうにびょうなんてよく分からないことを言われたが。でもフィアは共感してくれたので十分だ。
「イリス様なら……えっと……。龍姫、とか?」
「ん? 私のお父さんが龍王って言ったっけ?」
「え?」
「ん?」
二人で首を傾げる。イリスはどうしたのかと心配そうに。ファナリルは何を言われたのか理解できていないように。やがてファナリルが一気に顔を青ざめさせた。
「あ、あわわわ……」
「泡? まあ、いいか。ほらほら行くよ。案内して」
「わたしはなんてことを……」
茫然自失となりつつあるファナリルを歩かせる。大丈夫なのか心配になるが、まあ歩ける間はきっと大丈夫だ。多分。
――ファナリルに心の底から同情するよ……。
意味が分からない。
この森は魔王の城から近い場所にあるらしい。一時間ほど歩けば、そこはもう魔族の王都だった。人族の王都と似通っているが、住んでいるのは当然魔族ばかりだ。それだけで新鮮だ。
「イリス様、そのフードは?」
「どこかの誰かみたいに騒がれても困るからね」
「あ、えっと……。そ、そうですね……」
そっと目を逸らすファナリルと、小さく笑うイリス。実際のところはイリスもそこまで怒っているわけではない。だが目立ちたくないのは事実なので、これで問題は無い。周囲から視線を感じるが、きっと気のせいだ。
ファナリルの案内で、街の奥へと向かう。大通りの最奥に王城があるとのことだった。
「イリス様。本当に会っていかれるんですか?」
「もちろん」
イリスがここまで来た目的。それは魔王だ。美食家という魔王なら、この世界の美味しいものを知っているだろう。それを是非とも教えてもらうために、ファナリルと一緒にここまで来ている。魔王が協力的ならいいのだが。
大通りをしばらく歩き続けると、大きな門にたどり着いた。この先は城の敷地となっており、勝手に入ることは許されていないそうだ。少し遠くに、大きな城を見ることができる。
門の側には魔族の兵士が二人立っていた。近づいてくる二人に対して警戒しているのが分かる。
イリスとファナリルが兵士の側まで行くと、兵士は持っていた剣で地面を軽く叩いた。彼らの挨拶、なのだろうか。
「お帰りなさいませ、ファナリル様。そちらの方は?」
「ただいま戻りました。こちらは、えっと……。大事なお客様です。陛下との謁見はできますか?」
「事前の連絡がない者を通すわけにはいきません」
壁|w・)感想返しができていなくてごめんなさい。
どうしても12月と1月はお仕事がふざけんなというぐらい忙しくなるのです。
読んではいるので、何かあればくださると嬉しいですよー。