04
お菓子で達成される目的って何だ。イリスが首を傾げると、ファナリルは説明してくれる。
ファナリルは留学として魔族の土地で暮らしているらしい。その彼女が暮らしているのは、なんと魔王が住む城とのことだ。何故そんなところでと聞けば、龍人族は以前から魔族と交流があり、ファナリルの父である龍人族の代表と魔王は特に仲が良いらしい。その龍人族の代表の娘を預かるなら是非我が城で、と魔王が言い張ったそうだ。
――気さくな魔王だね。
――まあ、日本人がイメージする魔王とは意味合いが違うからね。あくまで魔族の王様ってだけの話で、闇の王とかそんな意味合いじゃないから。
――なるほどねー。
そうしてファナリルは魔王城で世話になっていたそうだ。魔王の家族とも懇意にしているらしい。
その魔王だが、近々誕生日を迎えるそうで、その贈り物のためにこの世界に来たとのことだ。
「贈り物にこの世界をどうぞってこと?」
「そんなことしません!」
「あ、うん。冗談だから」
魔王は美食家だそうだ。普段から倹約家で、自分で使える金は可能な限りいざという時のために備蓄を続けているらしいが、唯一の例外が食らしい。美味しいものがあると聞けば、自ら出向いてでも食べに行くそうだ。
そんな魔王だが、未だに食べられていないものがある。それは人族の料理だ。魔王が興味を覚えないわけがないのだが、さすがの魔王も食べに行くことができない。なぜなら、唯一にして最大の障害があるためだ。
――果て無き山、つまりはドラゴンだね。
――あはは……。
ファナリルは、普段世話になっているからこそ、彼が食べたことのないものを贈りたいと思ったそうだ。だが人間の世界に行くことはできない。さてどうしたものかと思っていると、先日、とんでもないものを見つけてしまった。
「ドラゴン様ならお気づきだとは思うのですが、この世界に続くトンネルのような穴ができていたんです」
「…………」
なんだか、話の流れが……。
イリスの頬がわずかに引きつる。ファナリルが続ける。
人族の料理は難しいが、異世界ならどうだろうと思い立ったそうだ。この穴を目印にすれば、ファナリルでも異世界に繋がる穴が作れるだろう、と。そうして行動を開始したのが一ヶ月前であり、今日ようやく、無事に穴を繋げることができたとのことだ。
なるほど、とイリスは頷いた。
――私のせいか!
――あはははは!
穴を繋げたのはファナリルだが、目印になる最初の穴を作ったのは間違いなくイリスだ。それがなければこの子が異世界に来ることはなかった、ということになる。
イリスは内心で頭を抱え、すぐに、まあいいかと開き直った。別に誰も悪いことはしていないはずだ。多分。
「うん。ファナリルのお話はよく分かった。つまりは美食家の魔王に贈る食べ物が欲しいってことだね」
「はい。そうなります」
「よし。私にもせきに……いや、せっかくこうして知り合ったんだから、ちょっと協力してあげよう!」
「いいんですか!?」
「もちろん!」
だからさっさと帰らせて穴を塞がせよう。大丈夫だとは思うが、そのうちこの世界の神様に何か言われそうだ。
イリスは手早く片付けを始める。クッキーの入った缶はファナリルに押しつけて、テーブルと椅子を片付ける。そして、ファナリルの手を掴んで、言った。
「てんいー」
「え?」
ファナリルを連れて、転移。転移先はもちろん、新橋家の庭。
丁度庭の片付けを終えたところらしい望の目の前に転移した。
「おかえ……。なんだそれ!?」
望が言うのはもちろんファナリルのことだ。ファナリルの方は何故か望を見て凍り付いていた。その表情にはどこか恐怖があるように見える。
――まあ人族なんて初めて見るだろうし。この子、こっちの世界に来たばかりでしょ? こっちの人間が人族だけって知らないんじゃない?
――あ……。なるほど。
イリスはもう慣れきってしまっているが、確かにこの世界には人族以外の種族がいない。魔族も龍人族もいない。あちらでは、逆に人族の姿はほとんど見てこなかっただろう。戦争のことをどう教えているかは分からないが、それでも警戒すべき相手という認識にはなっているはずだ。
「ファナリル。この世界の人間は、人族だけだよ。魔族も龍人族もいない」
「そうなんですか!?」
「うん。で、この人は信用できるから。望って人で、私の協力者みたいなもの」
ファナリルは信じられないといった様子でまじまじと望を見ていたが、すぐに失礼なことをしていると察したのだろう、慌てて望へと頭を下げる。
「失礼しました! 龍人族のファナリルと申します!」
「あ、ああ……。新橋望だ。まあ、イリスの協力者、で間違いはないかな」
「わあ……」
先ほどまでとは違った、尊敬の眼差し。心なしか、瞳が輝いているように見える。どうやらイリスの、つまりはドラゴンの協力者ということで尊敬の対象になったらしい
「で、望。この子はファナリル。龍人族の子で、魔王への贈り物を探しに来たんだって」
「魔王への贈り物? それでなんで地球に来てるんだ?」
「魔王は美食家らしいよ。人間の料理を手に入れに来たんだって」
「美食か。……イリスといい、そっちの世界は不味いものしかないのか?」
いやいやまさか、と記憶を探る。確かに日本の料理と比べると見劣りするものは多いが、それでも美味しいものは間違い無くあった。そう伝えると、望はかなり疑わしそうにしていた。
「まあいいけど。で、何を用意するつもりなんだ?」
「焼き芋?」
「おい」
呆れたような望の声。ハルカも頭を抱えているようだ。冗談だよ、と言いながら、しかし焼き芋がだめとなると何も思い浮かばない。
――料理も焼き芋も冷めちゃうでしょ。
――まあ、それは確かにねー……。じゃあどうするの?
――冷めてても食べられるもの、ということで、スイートポテトはどう?
スイートポテト。少し前に料理名だけ聞いた。今言うということは、冷めても美味しいものなのだろう。それは少し興味がある。
――お芋を使うお菓子だね。誠司さんにお願いしたら?
困った時の料理人、誠司だ。本人にはいつでも頼ってほしいと言われているので、問題はないだろう。望にそのことを伝えると、納得したように頷いた。どうやら望も賛成らしい。
「頼みに行く間、ファナリルは預かっておけばいいのか?」
「さすがに目立つからね。お願い」
ファナリルの体がわずかに震えた。どうやら、イリスのいない場所で人間と一緒にいるということが怖いらしい。別の世界の話とはいえ、魔族と戦争をしていた種族だ。無理もないかもしれない。
「望。フィアは?」
「ゴミ捨てだ。すぐに戻ってくるはずだけど」
望がそう言った直後にフィアが戻ってきたようだった。ひょっこりと庭に顔を出したフィアは、イリスの姿を認めて破顔して、次にファナリルを見て眉をひそめた。初めて見る龍人族に警戒しているらしい。
「フィア。おいで」
イリスが声をかけると、おずおずといった様子で出てきて、そしてすぐにイリスにしがみついた。そっとファナリルを見て、すぐに顔を隠して。その様子に、ファナリルの方が笑顔を浮かべた。
「かわいい子ですね」
「うん。天族のフィア。私の眷属」
「…………。はい?」
信じられないものを聞いたかのようにファナリルが絶句する。イリスは特に気にすることもなく、フィアをなでくりなでくり。くすぐったそうにしつつも身を寄せてくるフィアはやっぱりかわいい。
「私とフィアはこっちにいる間はこの家でお世話になってるんだよ」
「そうなんですか?」
「うん。フィアが一人でこの家にいることもよくあるよ。だから、今更君が増えたところで問題ないよ」
イリスが何を伝えたいのか察したのだろう、ファナリルは申し訳なさそうに俯き、はいと頷いた。素直なのはいいことだ。