02
セルディは日本での生活の後、王都まで送り届けた。簡単な手紙を王様宛にしたためて持たせたので、悪い扱いにはならなかったようだ。本当に簡単な手紙で、内容も、響子の親友だから連れて行ってたけど、用事が終わったので帰します、というものだ。
間を置いて様子を見に行った時に、何故かその手紙が妙な解釈をされて扱いが貴族のそれと似たものになったと遠い目をして言っていたが、まあ悪い扱いではないので良いだろう。多分。
準備を終えて、フィアを呼ぶ。駆け寄ってきたフィアの手を握り、黒い穴をくぐった。
「焼き芋が食べたい」
「一気にシンプルになったな」
望に伝えると何故か笑われた。意味が分からない。
「オムライス、ハンバーグときたから、もっと難しい料理でも言ってくるのかと思ったんだけどな。焼き芋ぐらい、あっちにないのか?」
「あったけど、ハルカがもっと美味しいものが日本にあるって言ってたから」
「あー……。なるほど」
納得したように何度か頷く望。やはりハルカの言う通り、美味しいお芋があるのだろう。雑誌で特集が組まれるほどだ。期待できそうだ。
「よし。いくつか種類を集めよう。その間、また掃除とか頼めるか?」
「いいよー。お小遣い稼ぎにもなるし」
また写真を撮られることになるだろうが、お小遣いをもらえるので文句はない。また商店街に買い物に行こう。
「うん。まあ、ほどほどにね」
望はその様子を見て、何故か苦笑していた。
翌日からイリスとフィアの巫女もどきの生活が再スタートした。そして何故か、その日から写真を撮られるようになった。一体どこから情報を仕入れているのか。不思議に思いながらも、迷惑ではないので放っておいている。
最近ではあまりポーズの要求をされることがない。どうにも彼らの中では、普段通りに生活しているイリスとフィアを撮影することがブームらしい。謎である。
余談だが、彼らの情報源はかなちゃんである。健一からかなちゃんへと連絡され、かなちゃんがファンクラブの掲示板で報告するという流れが確立されているそうだ。
時間が空いた時に買い食いのために商店街に行ったが、この時も歓迎された。最近見なかったからと心配されていたらしい。お金を払っていないのにコロッケとかジュースとかたくさんもらってしまった。望曰く、年長者の多い商店街ではイリスはみんなの娘もしくは孫のような扱いなのだとか。イリスの方がずっと年上なのだが。
そんなことを望に言うと、望は無表情で、
「大丈夫だ。見えないから」
「ならいっかー。……ん? 馬鹿にされた気がする」
「気のせいだ」
気のせいなら問題ない。イリスとしても美味しいものを食べられるのは幸せなのだ。
そうして一週間過ごして。ようやく望から準備ができたと連絡を受けた。
新橋家の庭に用意されたのはたき火の用意。そして大量の、芋。望曰く、ほっくりからねっとりまで集めたそうだ。
「五種類二十個ずつの計百個だ。これだけあれば十分かな?」
「十分だけど……。いくら使ったの?」
「それなりに、だな。心配しなくても、イリスが持ち込んだものを売ったお金はまだまだ残ってるよ」
イリスが持ち込んだ装飾品、異世界風アクセサリーはかなり好調な売れ行きのようだ。得意先にはファンクラブのメンバーも含まれているらしい。そろそろ彼らの中にも色々と察しそうな人がいるかもしれないが、あえて何も言ってこないのは彼らなりの優しさなのだろうか。
「お、そろそろ焼けてきたな。ほら。フィアも」
「わーい」
「わーい」
望から熱々の焼き芋を受け取る。まずは一般的なほっくり焼き芋からだそうだ。食べてみると、これはあちら側で食べたものによく似ていた。こちらの方が味が濃厚だが。
「うん。美味しい。これはなかなかいいものだー」
「だー」
フィアもにこにこと嬉しそうだ。かわいい撫でよう。
「お次はこれだ」
次の焼き芋はこの中で一番ねっとりしている品種とのことだ。ねっとり、というのがハルカから聞いた時もよく分からなかったが、割ってみるとなるほど確かに、ねっとりだ。ハルカ曰く、天然のスイートポテト、との評価。スイートポテトって何だ美味しそう今度食べたい。
――また今度ね。それより、冷めるよ。
――それは困る!
ぱくりと一口。見た目以上にねっとりねばねばしている。手にべたべたとつくのが少し鬱陶しいと感じてしまうが、それ以上に美味しい。先ほどの焼き芋よりもずっと甘く、濃厚だ。料理ではなく単純に焼いただけでこの味なのだから恐れ入る。日本は食べ物の魔境だ。
「イリスはねっとりの方が好きなんだな」
望の言葉にイリスが首を傾げる。たき火で暖を取りながら、望が言う。
「食感とか味とか、全然違うだろう? 結構好みが分かれるんだよ。ほっくりが好きな人もいれば、ねっとりが好きな人もいる。ちなみにおじさんはほっくり派だ」
「ふうん……。人それぞれなんだね」
イリスは望の言う通りねっとりの方が好みだが、好みが分かれるというのも理解できる。同じ焼き芋だというのに、全く違うもののように感じられるのだから、片方が嫌いというのもあり得ることだろう。イリスとしては両方好きだが。
「それにしても、今回はあっさり食べられたな」
「ん?」
「いつも満足いくものを食べるまでに色々あっただろう? オムライスの時はハルカの母親のことがあったし、ハンバーグの時はかなちゃんのじいさんのことがあったし」
「あー……」
なるほど、確かに言われてみれば、一番の目的として決めたものを食べる前にはいつも何かしらあった。それを考えれば、今回はあっさりとしたものだ。まあそんな大きな面倒事が毎回あってはたまらないのだが。
――人はそれをフラグという。
何か、ハルカがすごく不穏なことを言った気がする。きっと気のせいだ。
「フィアはどっちの焼き芋が好みなんだ?」
「うんとね、ねばねばしてる方!」
「そうかそうか。よし、じゃあ次はこっちだ。ほら、イリスも」
「ありがとー」
フィアと一緒に受け取り、焼き芋を二つに割る。湯気が立ち、美味しそうな匂いが鼻をくすぐる。そして口を開けて食べようとして、
「…………。えー……」
食べずに口を離した。大きくため息をつく。どうしたのかとフィアと望の視線を受けて、イリスはそっと目を逸らした。
――ハルカのせいだ。
――え、いや、何が? ちょっと意味が分からないんだけど。
――空間、こじ開けられた。
――ちょ……。まじですか。
――まじなのです。
今回は平和だと思った矢先にこれだ。なんかもう、なんなんだ。実は自分は呪われているのではなかろうか。
「のぞむー」
「な、なんだ?」
「空間こじ開けられた。感覚的に、繋がってるのは私の世界かなー」
「おいおい……」
望の頬が引きつっている。響子の騒ぎの時からそれほど間もないのだから、当然と言えば当然だ。
「今回も召喚か?」
「んー……。違うね。穴だけ。私と同じことを誰かがやったみたいだね。まったく、困ったちゃんがいるね」
「突っ込むべきなのか? 流すべきなのか?」
「私はいいんだよ! 私だからね!」
「おい」
壁|w・)私はねっとり派。
焼き芋多くね? → お持ち帰り用もあるよ!