01
果て無き山の洞窟。今その洞窟には、この世界の支配者と言っても過言ではない存在、龍王レジェディアが険しい顔で目の前のものを睨んでいた。彼の目の前にあるのは、彼と比べるととても小さなもの。そして、ドラゴンを倒しうる人類の最終兵器だ。
最初こそ鼻で笑ったレジェディアだが、今の光景を目の当たりにしては考えを改めるしかない。
なぜなら、彼の愛娘であるイリスが、すでに陥落してしまっているのだから。
「ふへー」
「ふへー」
意味の成していない声を発して、のんびりだらりぐーたらしているイリスとその眷属のフィア。この二人が今まさに入っているのが、人類の最終兵器。即ち、こたつである。
「ほらほら、お父さん。おいでおいでー」
「む、むう……」
最初、イリスから念話がきた時は驚いた。内容がとんでもないものだったからだ。
曰く、人間の最終兵器だ、ドラゴンにも有効だ、私はもうだめだ動けない、というもの。娘の危機に駆けつけるために慌ててこうして飛んできてみれば、だらけている娘の姿。
意味が分からない。
「イリス。これは何だ?」
念のために問いかけてみる。返答は、とても短いもの。
「こたつ」
「それが……人類の最終兵器……?」
「そうそう」
「俺には、お前が自分から入っているように見えるが……」
「ぬくぬくで出たくないの。動けないのー」
「のー」
「…………」
内心で頭を抱えたくなってきた。きっとイリスの中ではハルカが呆れかえっているか、同様に頭を抱えていることだろう。あの人間の少女には苦労をかけて申し訳ないと思ってしまう。今回はわりと本気で思ってしまう。
「くだらん。何が最終兵器だ。そんなくだらんことに時間を割くな」
レジェディアが一笑に付した直後、
「は?」
遠慮も容赦もない殺気がぶつけられてきた。あ、地雷だこれ。
「お父さん、その喧嘩買うよ?」
喧嘩、ときたか。思えばレジェディアは娘と本気でぶつかり合ったことはない。ふっと小さく笑い、父は言った。
「良かろう。たまにはお前と本気でやりあうのも悪くは……」
「お父さんなんて大嫌い」
「ぐはあ!」
精神攻撃は卑怯だ。娘から嫌われるなんて考えたくない。
「なにが王様なのかなー。体験もせずに否定とか、器ちっちゃいね。娘として情けないよ」
「ぐ、ぐう……!」
「金輪際娘と思わないでください」
「ごふう……!」
突っ伏した。なんて攻撃だ。だめだ、娘に勝てる気がしない。
いともたやすく行われるあっさりとした下克上。他のドラゴンが見たら何を言うだろう。またか、と気にも留めないだろう。
「お、俺が悪かった……」
「許す。ほらほら、入って」
許された。心の底から安堵のため息をつく。そのまま人の姿になり、イリスの向かい側に腰を下ろした。そのまま、布、だろうか。その中に足を入れる。
「む……」
暖かい。熱くもなく、ぬるくもなく、ほどよい温もり。快適な温度。これは、いい。
「はい、お父さん」
イリスから渡されたのは、橙色の果実。むいておいたよ、という言葉から察すると、このまま食べていいらしい。この果実はさらに細分化できるようで、イリスは自分の分を食べて見せてくれた。
「ふむ」
半分に割り、さらに半分に割って、口の中へ。甘みと酸味の不思議な調和。なかなかに美味しい果実だ。これはなかなか、いいものだ。
「うまいな」
レジェディアの率直な感想に、でしょ、とイリスは笑っていた。
結果。堕落龍が増えた。
・・・・・
浮島にこたつが常備された。その数五。さらに父用に一。計六。これらを用意したのはもちろん、イリスから依頼を受けた望だ。さすがに望も予想していなかったのか、追加をお願いした時は、ドラゴンはどうなってんだと呆れかえっていた。こたつが悪い。
今では一つのこたつにつき四体のドラゴンが、交代でだらけているらしい。もちろん人の姿で、だ。ドラゴンの誇りとはなんだったのか。
――これでいいのかドラゴン……。
――まあもともと、やることのないドラゴンが多いからねー。私も以前までは今以上にぐーたらしてたし。
――まあねえ。私を食べちゃうぐらいだったもんね。
――反省してます……。
今となっては懐かしい出来事だ。あれがなければ、今もイリスは浮島で、人の世界を知らずにのんびり過ごしていたかもしれない。悪かった、とは言わないが、今ほど楽しくはなかっただろう。
――ともかく、これでやることはやったでしょ。日本に行く?
ハルカの問いに、そうだねー、と気のない返事をしておく。父の買収もできたし、そろそろ行こうかなとは思う。
父たちドラゴンには無償でこたつを譲ったわけではない。昔の呪いが未だに残っていることを伝えて、解呪漏れがないかの確認と、あった時の解呪をお願いした。その報酬として渡している。人間と魔族の問題だろう、と気乗りしていなかった父も、こたつを用意すると言えば一発だった。さすがこたつ。人類の最終兵器。
――それはいいから。
――ふむう……。
仕方ない、とイリスはもぞもぞとこたつから這い出る。寒いと感じるわけではないが、ちょっと寂しい。
「フィアー。日本に行くよー」
「んー……」
こたつでお昼寝をしていたフィアが出てくる。フィアの方は少し寒いと感じるのか、小さく体を震わせている。
「はい。ぎゅー」
「ぎゅー」
フィアの体を抱きしめて温めてあげる。フィアは嬉しそうに頬を緩めてされるがままだ。うん。かわいい。たださすがに抱きしめたままでは動けないので、寒くないように防寒の魔法をかけておく。防寒といっても、周りの空気がちょっと暖かくなる程度の魔法だが。
フィアはドラゴンのような鱗を持った種族ではない。いずれこういった魔法も教えてあげないといけないだろう。暑くて、もしくは寒くて動けませんでした、なんて笑い話にもなりはしない。
フィアはとことことディアボロの側まで行くと、その手を取った。
「む……。行くのか」
「うん」
「分かった」
くあ、と欠伸を一つ。するりとフィアの影の中へと潜り込んだ。
その間にイリスは空間魔法の穴に色々なものを突っ込んでいく。ケイティたちを迎えに行った時に適当に買い集めた装飾品を大量に。あとは、セルディから響子への手紙だ。
壁|w・)精神攻撃は基本。