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「たまたま知り合った方に、情報を教えられ、さらには材料までご提供いただきました。その方がいなければ、私は今も世界中を探し回っていたかもしれません」
「ふむ……。そうか。して、その者はどこにいる?」
「あー……」
何故か、シュウは気まずそうに目を逸らした。何か知っているのか、王子も頬を引きつらせている。どうしたのかと首を傾げる王へと、その報せが届いた。
「陛下!」
大慌てて室内に入ってくる男。大臣の一人だ。彼がこのような振る舞いをすることはあり得ない。つまりは、それだけのことが起こったということだ。
「どうした」
「ゆ、勇者殿と出立した兵が、ほぼ全員、戻ってきました……!」
「は?」
意味が分からずに素っ頓狂な声が出てしまう。それはあり得ないだろう。朝方、順調に旅を続けていると連絡が入ったところだ。あれからすぐに戻るとしても、数日かかるはずだ。それが何故、戻ってきたなどと……。
「ああ……。始まったか……」
シュウの呟き。この冒険者は何か知っているらしい。問い詰めようとして、しかしシュウの真剣な眼差しに貫かれて、思わず怯んでしまった。
「陛下。謁見の間でお待ちください。恐らく、今日中に彼女は来ます」
「彼女? 誰だそれは?」
「すぐに分かります。約束があるので、私の口からは言えませんから」
無礼、とは何故か思えなかった。何があっても口を割らないといった鋼の意志を感じる。それはつまり、それだけの存在に口止めをされているということだ。
例えば、そう。この世界の頂点、絶対者、ドラゴン、とか。
さすがにあり得ないな、と王は内心で自嘲しつつ、大臣と共に謁見の間へと向かった。
謁見の間に入ってからも、報告は次々に届いた。
戻ってきた兵士は負傷者も含まれているらしい。ほぼ全員が高位の治癒魔法をかけられているため、命に別状はないようだ。無事であった者からの報告によれば、道中でケルベロスと遭遇したそうだ。これだけでもお驚きだったが、その後になんとドラゴンまで現れたらしい。
その兵士は、おそらくドラゴンによるものだろう転移魔法で強制的に戻されたため、その後に何が起こったかは分からないそうだ。まだ勇者や将校数人が戻ってきていないのだが。
さらにしばらくして、その将校が戻ってきた。将校からの報告によれば、ドラゴンは勇者と何らかの繋がりがあったらしい。
「ドラゴンは……勇者殿を巻き込んだことに、ご立腹のようでした……」
「そう、か……」
まさかドラゴンと繋がりがあるとは思わなかった。これでも、召喚したことに罪悪感はある。罪悪感を覚える程度には非道なことだと自覚している。その非道が知り合いにされたのだから、ドラゴンが怒るのも当然だと言える。
しかし、このままではまずい。
相手はドラゴンだ。その怒りの矛先がこの国に向けば、どうなる分からない。せめて、自分の命で納得してくれればいいのだが。
王が対応に悩んでいると、ついにその時が訪れた。
「陛下!」
兵士が謁見の前へと駆け込んでくる。咎めるべきなのだろうが、そんな気も起きない。むしろ、彼の慌てようから、何があったのか察してしまい、緊張でそれどころではなくなった。それは王の周囲にいる大臣たちも同様で、誰もが身を硬くしていた。
「庭園に、ドラゴンが……!」
「すぐに行こう」
本来なら。王がここから動くなどあり得ないことだ。王直々に出迎えるなど、あってはならないことだ。だが今回は相手が相手だ。下手なことをして機嫌を損ねれば、どうなるか分からない。自分の命で済むなら安いものだが、最悪この王都を、国を滅ぼしてしまいかねない。
兵士と共に庭園に向かう。数代前の国王が趣味で作った庭園は、王城の屋上の一部を使って作られている。季節によって様々な花を見ることができる美しい庭園だ。今代の王である自分も気に入っている場所である。
その庭園、その空に、それはいた。
白銀の巨躯。伝承通りの姿。紛れもない、ドラゴンだ。
「おお……」
思わず跪いて祈りたくなったが、そんなことをしている場合ではない。さすがに、跪くわけにはいかない。王はドラゴンへと視線を向けて、口を開いた。
「お初にお目にかかる! 白銀の龍よ! 用件を伺いたい!」
ドラゴンはじっと王を見据えていたが、やがて視線を外した。不意に、ドラゴンが光り出す。何事かと思っていると、その光はどんどんと小さくなり、そして中庭に降り立った。光が消えて、そうして姿を現したのは、白銀の髪を風に散らす少女だった。
「勇者のことで話をしに来た」
端的な言葉。拒否権がないことが嫌でも分かる。王はつばを飲み込むと、こちらへ、と龍の少女を案内することにした。
龍の少女を案内した先は、豪華絢爛な食堂だ。時折訪れる他種族の代表者を歓待する時に使われることが多い。この少女をもてなすのにこれ以上にふさわしい場所はないだろう。
そう思っていたのだが。
「悪趣味だね」
少女がわずかに顔をしかめた。背中に冷たい汗が流れる。周囲の大臣も誰もが冷や汗を流している。気に障っただろうか、と少女を見ると、すでにもう感情は映していなかった。
案内した以上、他の部屋にするとも言えない。このまま続けることにする。
王は部屋の奥へと向かう。そこには小さな円卓がある。小さいといってもこの部屋の他のテーブルと比べればというだけであり、十人は座れる大きさだ。このテーブルも金や宝石などで飾り付けられているが、それでも他のテーブルよりはまだ落ち着いている。
「どうぞお掛け下さい」
「どこでもいいの?」
「はい。お好きな席に」
少女は特に迷うこともなく、一番近い椅子に座った。王はその対面に座る。王の両隣には、最も頼りにしている宰相と、軍部を統べる将軍が座る。他の大臣や兵士は退室して、メイドが三人だけ残った。
護衛ぐらいは残した方がいいと後に言われるかもしれないが、この少女相手に護衛が役に立つとは思えない。逆鱗に触れれば、そこで終わりだ。
「まずは自己紹介を……」
「いらない」
王の言葉を少女が遮る。そして、
「どうして勇者を呼んだ」
短い言葉。怒気を多分に含むその声には重圧すら感じられる。王は息を呑み、将軍すら顔を青ざめさせて口を引き結んだ。
「私の息子が、呪いにかかっておりまして……」
「うん」
「その解呪のために、お呼びしました」
「意味が分からない。それはこの世界の、君たち人間の問題のはずだけど。どうして他の世界の子を巻き込んだのかを私は聞いてるの。解呪のためって言うなら自分で探せばいいでしょ」
「それは……こちらで分かっている解呪の方法が、魔王の家系か、もしくはあちらに住む一部の種族に頼る方法だったためです。こちらの兵や冒険者だけでは見つけることはできないと判断しまして……」
「だから意味が分からない。何度も言うけど、自分たちでやればいいでしょ。できるできないは関係ない。あの子を巻き込んだ理由にはならないよ。……まあ」
言っても無駄みたいだね。
酷薄で冷たい言葉。青ざめる王へと、少女が続ける。
「まあそれでも、呼び出した子が納得して手伝うならまだいいよ。もしくは断られたら送り返す、でもいい。……どうして嘘をついた?」
一気に部屋の温度が下がった。そう錯覚するほどに、少女から冷たい目を向けられている。やはり、経緯は聞いているらしい。聞いているのなら、王の嘘も分かっているのだろう。
「間違い無くご協力いただくためです」
故に。これ以上の隠し事はしない。不興を買わないためにも、全て答えよう。
少女はしばらくの間、じっと王のことを睨み付けていたが、やがて大きなため息をついた。そして一言。
「面倒くさいなあ」
壁|w・)断罪を期待されていたら、ごめんなさい、と言っておきます。
ちょいと多忙につき、感想返しは休止します。
12月~1月はちょっとばたばたするのです。
見てはいるので、くれると嬉しいです。原動力になります。
よろしくお願いします、ですよ。




