07
それを聞いた村人たちは唖然としていたが、
「お母さん! 今日の晩ご飯、私が作るから!」
フィアの声で我に返っていた。フィアの母はフィアを撫でながら、言う。
「あの……。本当に、そんなもので、いいんですか?」
「うん。だめ?」
治癒の報酬としては高すぎただろうか。不安に思って首を傾げたが、フィアの母は勢いよく首を振った。
「腕によりをかけて作らせて……」
「だから! 私が作るの!」
「え? ああ、そうね。ちゃんと手伝ってもらうから……」
「そうじゃなくて!」
最初は内気そうだったのに、今は大勢の目の前でフィアが叫んでいる。これがこの子の素なのかもしれない。二人の言い合いはいつまでも平行線で、この場で答えは出ずに一度家に戻ることになったらしい。後ほど迎えに来ます、と二人は人混みの中へと消えてしまった。
残されたイリスは、さてどうしたものかと途方に暮れてしまう。目の前には、未だに数十人の村人が集まっている。その中には、こちらをちらちらと見てくる人間も何人かいた。
今度こそ助けろとばかりにクイナを睨む。クイナは笑いながら、肩に持っていたものをイリスに渡してきた。細長い筒、のように丸められた何か。
「なにこれ?」
「敷物だよ。筵さ。知らないかい?」
「何に使うの?」
「何って……。イリスが座るために決まってるだろ。そのままずっと立っているつもりだったのかい?」
呆れたような目で見てくるクイナに、イリスは真顔で頷いた。
「そうだけど」
「おい……」
呆れたような目が信じられないものを見るかのような目に変わった。失礼ではないだろうか。
――いや、今のはイリスが悪い。
――むう。納得いかない。
イリスから筵を取り上げて、クイナが手早く広げていく。意外と大きく、大の大人三人が寝ても余裕がありそうだ。座りな、とクイナに促されて、イリスはその筵に腰を下ろした。地面とは違った感触だ。柔らかくはないが固くもない不思議な感触だ。悪くない。
「気に入ったようだね」
イリスの表情が柔らかくなったことを察したのか、クイナが嬉しそうに言う。イリスも笑顔で頷いた。
「さて……。それじゃあみんな、聞いてくれ」
クイナが声を掛けると、村人たちが一斉にクイナを見た。うお、とクイナはわずかに体を仰け反らせながら、すぐに気を取り直して続ける。
「この子はイリス。旅の治癒士だよ。昨日、この村に来たんだ」
村人の反応は様々だ。驚いたり、疑い深そうにこちらを見たりと。クイナが続ける。
「この子はこの土地の美味しいものを食べたいらしくてね。美味しい食べ物と引き替えに治療してくれるらしいよ」
「量とか質とかは?」
村人の一人が聞いてくる。こればかりはクイナも答えられず、イリスへと視線を投げてきた。
――ど、どうしよう?
――イリスのやりたいように。
――うう……。
どうやら治癒の魔法が珍しいということは何となく理解し始めたが、それでもイリスにとっては治癒の魔法など片手間でできることだ。そんなものに、貴重なものをもらってしまうのは悪い。だからといって、何も要求しなければいつまで経ってもご飯が食べられない。
それなら、任せてしまおう。
「何でもいい」
「何でも?」
「うん。食べ物か飲み物、もしくはそれと交換できるお金なら、なんでもいいしいくらでもいい。お肉のひとかけらでも、治療してあげる。お任せします」
村人たちが顔を見合わせる。言っていることは理解できても、信じられないといった様子だ。クイナも驚きに目を見開いている。
「美味しいものが食べたいので、よろしくお願いします」
イリスはそう言って締めくくり、頭を下げた。
夕方。筵の上には村で作ったという保存食が溢れていた。干し肉や干し魚といったある程度日持つのするものばかりだ。イリスは宣言通りどんな些細な傷でも治した。小さな切り傷はもちろんのこと、外で走り回ってこけて、膝をすりむいて泣いていた子供も治してあげた。さすがにこのときは何ももらわなかったが。
皆が感謝を口にして、食べ物をイリスにくれる。明日からは料理とかも作って持ってきてくれるとのことだった。それが今から楽しみだ。
「イリス。この保存食、どうするんだい?」
「持って帰るけど?」
「いや、それは分かるけど、多いだろ? 預かってもいいよ」
クイナが気を遣ってくれているのは何となく分かるのだが、いまいち意味が分からない。全部持って帰ればいいだけだと思うのだが。
――いや、どうやって持って帰るの? 両手で抱えても溢れちゃうよ。
――適当な空間に入れておけばいいでしょ?
――ちょっと何言ってるか分からないです。
イリスは首を傾げながら、空中に円を描く。手早く入れるために少し大きめに。その円は黒くなり、ぽっかりと空中に穴が空いた。
「な……」
クイナが口を半開きにして絶句する。どうしたのかと思いながらも、イリスは保存食をその穴に入れていく。結構な量をもらったので、帰ってからが楽しみだ。
――アイテムボックスってやつ!? すごい、異世界だ! なんか感動した!
――なにそれ? 空間魔法で自分用の小さい異空間を作るだけだよ。
――むしろそれがなにそれなんだけど。
てきばきと保存食を穴に入れていき、全て入れ終えたところでようやくクイナが我に返ったようだった。はっとしたかと思うと、信じられないものを見るかのようにイリスを見てくる。ちょっと失礼ではないだろうか。
「治癒魔法だけでなく空間魔法にも適正があるなんてね……。イリス、実は高名な魔導師だったりしないかい? どこかの国のお抱えとか」
「そんなことないよ」
人間に会うのがこの村で初めてなのだから、そんなことはあり得ない。だがこの反応を見ていると、どうやら人間というものはドラゴンよりもできることが少ないようだ。もう少し、考えて行動しないといけないかもしれない。
――今更すぎる。
――あう……。
呆れたようなハルカの声に、イリスは視線を彷徨わせた。クイナはそんなイリスの様子を見て、怪訝そうにしていた。
その後、くれるというので筵も黒い穴に入れてから穴を閉じたところで、フィアがこちらへと走ってくるのが見えた。白い綺麗な翼がぱたぱたと動いている。治ったのが嬉しくてずっと動かしているらしい。
「イリスお姉ちゃん!」
そう叫びながら、イリスに抱きついてくる。イリスはそれを笑顔で受け止めた。なんだか妙に懐かれていて、戸惑いもあるがそれ以上にかわいいと思ってしまう。フィアの頭を撫でると、くすぐったそうに笑った。
「どうしたの?」
イリスが聞いて、フィアが答える。
「ご飯ができたから呼びにきたの。来てくれる?」
「うん。もちろん」
ついに。ついに初めてのご飯だ。しかも料理。期待に胸を高鳴らせながら、イリスはすぐに頷いた。
フィアに案内されて、村の中を歩く。クイナは途中まで一緒に歩いていたが、
「それじゃあ、あたしは先に帰るよ」
「あれ? 一緒に行かないの?」
「ああ。あたしがいても邪魔なだけだろ? しっかりと楽しんできな」
そう言ってイリスを撫でると、本当に帰って行ってしまった。監視も兼ねていると聞いていたので一緒に来ると思っていたのだが。
壁|w・)ふぁんたじーおなじみのアイテムボックスはこういう形になりました。
次話は夕方6時、18時までに更新予定、です。