13
「…………。はい?」
すでに出兵した後。つまりこの国にすでに勇者はいない。
「…………。なんで?」
「いや、なんでって……。急いでいたから、かな」
「…………。王子が意識を失ったのって、いつ?」
「五日前って聞いてる。王子の意識がなくなって、慌てて冒険者ギルドにSランクの要請を出して、それからすぐに出発したって」
「えー……」
まさかの手遅れだ。シュウにエリクサーを渡した意味がない。いや、後始末という意味合いでは間違いないのだが、まさか最初から失敗するとは思わなかった。
――うん。まあイリスの計画だし。
――うん……。
――え、あれ? 本当に落ち込んでる? ちょ、待って、落ち着いてイリス。こういうこともあるから。大丈夫、まだ取り返せるから。ね?
――うん……。がんばる……。
――よしがんばれ! いい子だからがんばれ!
頑張ろう。内心で少し、いや本当に少しだけ落ち込んでいたが、すごく、いやちょっと元気が出てきたから頑張ろう。
「うん。仕方ないか。じゃあシュウ。代わりの条件としては、私のことは他言無用ってことで。ちなみにビルドーとクレイ、商人のケイティは知ってるよ」
「分かった。けどそれだと僕がもらいすぎだから、他にも何かあったら遠慮無く言ってほしい」
「うん。まあまた何か考えておくね」
シュウはいい人だと思う。きっとここでいらないと言っても譲らないだろう。自分が忘れない限り、いずれ何か頼むことにする。
――問題はイリスが忘れる可能性が高いってことだね。
――いやいやまさか……。否定しないけど。
正直なところ、どうでもいいと思っているのが本音です。
私は勇者を追うから王子の方はよろしく、とシュウを送り出して、イリスもここを出ることにする。五日前に出発ならまだまだ大丈夫だ。少なくとも、果て無き山にすら間違い無くたどり着いていないだろう。ドラゴンが協力しているなら話は別だが。
「フィア。ちょっと出かけてくるから、部屋から出ないようにね。一応結界かけていくから。缶詰は適当に食べていいよ」
「はーい」
フィアの返事をしっかりと聞いて、イリスは宿を後にした。
・・・・・
馬車に揺られながら、響子は少しでも魔力の質を高めようと瞑想を続ける。自分の魔力を意識して、余分なものを取り除いて、純度を高めるイメージだ。もちろん簡単ではないが、少しずつ、響子の魔力は強くなっている。
先日、ついに魔王討伐へと出発することになった。何でも王子の意識がなくなってしまい、本格的に時間がなくなってきたためだそうだ。意識を失ったと聞いて響子は慌てたが、どうやらこの呪いは意識を失ったところが折り返しになるらしい。
だが逆に言えば、残り半分を切ってしまったということだ。あとは道中で魔法の訓練を続けることになり、こうして旅が始まった。
同行者は多い。百名ほどの兵がこの旅に同行するらしい。それに伴い、馬車も数え切れないほどになっている。一部は食料などのためだけに馬車を使っているそうだ。
響子の周囲には腕が確かな将校や、S及びAランクが集まっている。響子を守るためだそうだ。響子には自分にそれほどの価値があるとは思えないのだが、Sランクの冒険者曰く、魔法の威力だけならSランク以上だそうだ。体術に関しては良くてDランク相当と笑われてしまったが。
旅は今のところ順調だ。人数が人数なのでとても騒がしい。自然と一部の兵士とは仲良くなっている。特に同じ女性の兵士とはよく話している。響子のために、そういった女性の兵士もある程度側に置いてくれているそうだ。
ただ、このほとんどの兵士が、響子を守る盾だと思うと気が滅入りそうになる。
強力な魔獣、及び魔族が現れた時は、彼らは命を捨てて響子を守ることになる。彼らが命がけで時間を稼ぎ、響子が魔法を放つ。最初からそう説明されているし、彼らも納得の上らしいが、やはり響子としては気分の良いものではない。
兵士は消耗品。そんな考え方など、平和な世界で生まれ育った響子にできるはずもないのだから。
「どうしたの? 響子」
自分を呼ぶ声がして顔を上げる。隣に座る女だ。響子よりも一つ年上で、兵士としては中堅よりもやや下。だが響子と最も仲が良いということで隣にいることになっている。腰まで届く金髪を首元で縛っていて、やや勝ち気な印象だ。口も少し悪いが、でも優しい。名前はセルディ。響子のことを日本の発音で呼べる数少ない存在だ。
「ちょっといろいろ考えちゃって」
響子がそう言うと、セルディは少し呆れているようだった。
「まだ気にしてるの?」
「当たり前でしょ。私を守るための肉壁だなんて言われて、納得できるはずないじゃない」
「納得しなさい。私たちの目的は魔王討伐よ。そのためならこんな命ぐらい、いつでも使ってやるわ」
「…………。分からないよ……」
確かにこの世界は、人族にとっては危険な状態らしい。だがだからといって、そう簡単に命を使うと言われても納得なんてできない。誰かがしなければならないというのは分かるが、それでも……。
「まあまだまだ時間はあるわけだし、気持ちの整理はつけておきなさい」
「うん……」
「ほんと、しっかりしてよ……」
セルディが頭を撫でてくれる。姉みたいに。なんだか少し、嬉しい。そのままセルディに撫でられていると、唐突に馬車が止まった。
「なにかしら」
セルディが剣に手を触れる。同乗している将校や冒険者もそれぞれの武器を手に持つ。
「なんだこの感じ……」
冒険者の一人が眉をひそめ、そしてすぐに、苦虫を噛みつぶしたような表情になった。なんでだよ、と小さな悪態が聞こえてくる。
将校が叫んだ。
「セルディ! 勇者様を後方へと避難させろ!」
「了解しました!」
「え? え?」
セルディが響子の腕を掴み、馬車を飛び降りる。駆け足で後方へと向かう。
「な、なに? セルディ、どうしたの?」
「分からないわよ! でも多分、やっかいな魔獣が出たと……」
そう言った直後、何かの遠吠えが聞こえてきた。聞いただけで恐怖で身が強張る遠吠え。本能から震え上がる恐怖の声。
誰かの叫び声が聞こえた。
「ケルベロスだ!」
・・・・・
壁|w・)少し短め、です。
ついにケルちゃん、王都に近づきました。
山をこえ、谷をこえ、そもそもの問題として王都の場所が分からずに右往左往して。
ようやくたどり着くかと思いきや、人間の集団に遭遇。
がんばれケルちゃん! 君の未来は明るいかもしれない!