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「やあああ!」
裂帛の気合いと共に剣が振り抜かれる。響子が振り抜いた剣は相手の剣をはじき飛ばした。
響子はゆっくりと息を吐き出すと、剣を鞘に収めた。相手を見ると、相手を務めてくれた兵士は苦笑いを浮かべていた。
「いやはや、さすがは勇者様です。もう私では太刀打ちできませんね」
「いえ。危ないところでした。身体強化の魔法がなければどうなっていたことか……」
残念ながら、響子に剣の才能はなかった。目の前の、たまたま呼ばれた一般の兵士に何とか勝てる程度だ。それも、身体強化の魔法を使った上で、だ。何もなしにやれば、間違い無く負けていただろう。
「魔法を覚えたばかりだというのに、それだけの身体強化の魔法を使えれば十分ですよ。それに、魔法士である勇者様の護衛は我々が務めます。勇者様は後方でそのお力を振るってください」
そう言ってもらえると、少しだけ心が軽くなる。正直なところ、今でも怖いのだから。自分が魔王と戦うなんて、考えられなかったことだ。
「ですが、隊長から聞きましたが、あまり時間も残っていないそうです。できれば二週間、長くて三週間が限度とのことでした」
「その後は……、訓練が終わってなくても、行くことになるんですか?」
「そうなります」
予想はしていたが、なかなか厳しい。今のところ魔法の訓練に重きを置いているが、それまでに魔王を倒せるほどに強くなれるのだろうか。
もしも、倒せなければ。
そこまで考えて、響子は勢いよく首を振った。考えてはならないことだ。私は必ず、あの世界に、日本に帰るのだから。
「ああ、陛下がいらっしゃいました」
「え」
兵士に促されて訓練場の入口へと振り返る。そこには、王様が護衛を引き連れてやってくるところだった。兵士が跪き、響子もそれに倣おうとして、
「よい。キョウコ殿は楽にしてくれ」
王のその言葉に、響子はそのまま立っていることにした。
「キョウコ殿。今日は会ってやってほしい者がいる」
「はあ……。誰、でしょうか?」
「俺の息子だ」
王の息子。それを聞いて、響子は首を傾げた。会ってほしいと言われれば会うが、かといって会う必要があるとも思えない。次期国王に会うことは不思議ではないのだが、今まで王の息子、つまり王子がいることすら響子は聞かされていなかった。もっとも、王の年齢を考えればいて当然ではあるが。
不思議に思うが、気にするほどのことでもないだろう。今まで必要がなかったから教えてもらえなかっただけかもしれない。響子はそう考えて自分を納得させると、王へと頷いた。
「分かりました。会います」
「うむ。ありがとう。では早速行こうか」
「え……? 今から、ですか?」
「うむ。そのつもりだが、何かあるか?」
あると言えばあるし、ないと言えばない。響子はどう説明したものかと困っていると、護衛の一人、長い茶髪の女騎士が微笑みながら王へと言った。
「陛下。そこは女心を察してあげてください。誰か。湯浴みの用意を」
「む……。なるほど。訓練後だから汗をかいているのだな」
「陛下。そこは何も言わずにおくべきところです」
「む……。女心は複雑だな」
ふむ、と王が腕を組み、女騎士がやれやれと首を振り、その場のいる全員が楽しそうな笑顔を見せる。
とても良い雰囲気だ。それだけで、この王が皆から慕われているのがよく分かる。
ともかく、女騎士が察してくれて助かった。響子は安堵に顔を綻ばせ、案内に来たメイドに連れられて訓練場を後にした。
こんな世界の湯浴みだ。日本のような風呂は期待できないだろうと思っていたのだが、水そのものを出すことは魔法で容易にできることらしく、また、水を温めることも魔法でやはり容易にできるそうだ。そのため、日本のように各家庭に風呂があるとまではいかないが、日本で言うところの銭湯のような施設はあるらしい。
湯浴みを終えた響子は王の案内で、ある場所に案内された。王宮の側に建つ小さな塔だ。その塔の内部は下部にその塔で働く使用人たちの部屋や作業場があり、最上階が王子の部屋となっているらしい。つまりは、分かりやすいほどに隔離されていた。
「もしかして、何かご病気とかなんですか?」
響子がそう聞くと、王が驚いたように目を瞬かせた。
「分かるのか?」
「まあ、その……」
「いや、これだけ露骨に離していれば、気づいて当然か」
一人で納得したように、王は何度も頷く。そのまま黙って王の言葉を待っていると、王が口を開いた。
「俺の息子は呪いにかかっている。魔王にかけられた忌まわしき呪いだ」
「呪い、ですか?」
「そうだ。石になる呪いだ」
石になる。ゲームなどでは時折見るものだが、実際にそういった呪いがあるとは思わなかった。
塔に入り、すぐ側の螺旋階段を上っていく。ここで働く者の人数は多いようで、喧噪が聞こえてくる。指示を出したり、仰いだりといった声だ。ただ、その喧噪は普段からというわけではなく、王が突然来訪したからであるらしい。
どうやらこの王様、事前の連絡はしていなかったようである。迷惑だろう。少しだけ同情してしまう。
階段を上り続け、最上階にたどり着く。最上階は扉が一つあるだけだった。つまりはこの階全てが王子のための部屋であるらしい。
王がノックをして、そして扉を開けた。遠慮も何もない。
部屋はとても広い造りだ。だが、驚くほどに何もない。学校の職員室よりも広いだろう部屋だが、奥の窓際にベッドがあり、その側にテーブルといくつかの椅子があるだけだった。他には本当に、何もない。
「調子はどうだ?」
王がベッドへと向かいながら大声で言う。するとベッドに寝ていた誰かが、こちらへと顔を向けた。
整った顔つきの少年だった。年は十代半ばがもう少し上ぐらいだろうか。ただ、かわいそうなほどに痩せている。濁ったような目を王へと向けていた。
「ああ、父さん……」
「大丈夫か?」
「まあ、一応ね……」
「めくるぞ」
「うん……」
首を傾げる響子の目の前で、王がベッドのシーツをめくる。露わになる少年の体。それを見て、響子は息を呑んだ。
少年の下半身は、灰色だった。王が軽く叩くと、固い音がなる。石、だった。
「これが魔王の呪いだ。解呪ができる種族を探さなければならない。残された時間は、少ない」
「解呪のできる種族ですか?」
「そうだ。魔族を統べる魔王の家系か、もしくは龍人と呼ばれるドラゴンの特徴を持つ種族だ。龍人は魔族側の土地で隠れ住んでいるために、どこにいるのかは分からない」
なるほど、と響子は頷いた。見てしまった以上、できるなら助けてあげたい。だがそのためには、
「とても強い魔王を倒して解いてもらうか、どこにいるのか分からない龍人を探すか、なんですね」
「そうなる」
どちらも難しい。だが残りの時間が限られているなら、やはり魔王を倒す方がいいのかもしれない。問題は倒せるか、だが。
「よろしく頼む」
王がそう言って頭を下げて、響子は困ったような笑顔を見せた。
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