09
「んー……。お肉のお礼代わりになるのなら」
「はは。別に料理ぐらいいいんだけどね。じゃあせっかくだし、その料理のお代として答えてもらおう」
こほん、とシュウが咳払い。周囲にさっと視線を走らせて、誰も聞き耳を立てていないことを確認する。その様子に、大事な話なのかなとイリスも肉をよけて、しっかりと聞くことにする。本音を言えばお肉を食べ続けたいが。
「聞かれたくない話?」
「ああ。そうだね」
「ん。分かった。かべー」
「え?」
周囲の空気を軽く操作する。そうして作ったのは、薄い空気の壁だ。イリスとシュウの座るテーブルだけを囲む壁で、音の振動を通らないようにするためのものだ。ちなみに結界としても優秀で、ある程度の衝撃は防ぐことができる、と思う。試したことがないので分からないが。
何となく周囲に何ができたのか察したのだろう。シュウはわずかに目を瞠り、次に感心したようにイリスを見た。
「すごいな……。さすがはSランク。魔法士かい?」
「治癒士」
「…………。治癒士って何だっけ?」
シュウの頬が何故か引きつっている。いまいち意味が分からずにイリスが首を傾げると、ハルカが嘆息したのが分かった。気持ちは分かる、と。イリスは分からない。
「まあ、助かるよ。それじゃあ聞きたいことだけど、エリクサーって知ってるかい?」
「あー……」
もちろん、知っている。イリスが、というよりドラゴンが知らないはずのない秘薬だ。確か、最後に人間の世界に出回ったのはイリスが生まれるよりも前だと聞いている。彼らにとっては、まさに伝説上の秘薬というわけだ。
――ドラゴンに関係のある薬なの?
――うん。材料が私たちドラゴンの血。
――まじで?
――まじで。
作り方は簡単。ポーションにドラゴンの血を混ぜれば完成だ。注意点として、血の濃さやポーションそのものの効果によって、エリクサーの効果が変わってくる。もっとも、できるだけ弱く作っても、部位欠損程度を治すぐらいにはなるはずだが。
「知ってるのかい?」
シュウが身を乗り出して聞いてくる。イリスは答えて良いのか迷いながらも、この程度隠しても仕方がないだろうと素直に答えることにした。
「知ってるよ。ドラゴンの血を使って作るお薬だよね」
「な!? ドラゴンの血だって!?」
シュウが勢いよく立ち上がる。どうやら知らなかったらしい。もしかすると、人間はエリクサーの材料を知らないのだろうか。そうだとすれば、もしかしなくても、やらかしたかもしれない。
――さすがイリス。定期的にやらかすね。
――むう……。
不本意な評価ではあるが、実際にやらかしたのだから言い訳もできない。シュウを見ると、驚愕に目を見開いたままだ。少しだけ気まずく感じて、イリスはそっと目を逸らした。
「それは、確かなのかい?」
我に返ったシュウがイリスへと問うてくる。ここで冗談だと言うのもいいかもしれないが、しかし。
シュウの目を見る。縋るような目だ。ようやく見つけた手がかりに縋るような目だ。その目を見れば、少なくとも自分のために探しているわけではないというのが分かる。
「どうして探してるの?」
そうイリスが問うと、シュウは言葉に詰まってしまった。何か答えられない事情があるのかもしれない。だがそれは彼の事情であり、イリスには関係のないことだ。
「私に答えさせようとしてるのに、自分のことは言えないの?」
そう言うと、シュウがはっとしたように息を呑んだ。次に、自嘲気味に笑う。最後に大きなため息をついて、シュウが言った。
「ああ、そうだね。僕だけ情報をよこせってのは、対等じゃないね。肉の価値よりもずっと高い情報だ」
――いや肉の方が高い。
――ぶれないね。
心の中で即答すると、ハルカが呆れたのが分かった。仕方ないじゃないか、イリスにとってはただの血を使った薬なのだから。まあ、おいそれと教えるつもりもないが。
「それじゃあ、こちらも腹を割って話そう」
シュウが咳払いをして、続ける。
「僕はこの国の、ある貴族の子供と知り合いだ。誰が、とは聞かないでほしい。これに関しては、向こうとの契約もあるからね」
「はいはい。続きどーぞ」
「ああ。その子供が、生まれつき呪いにかかってる。ずっと昔、まだ魔族と直接争っていた時に先祖がかけられた呪いらしくて、数代おいてから表面化する呪いだそうだ」
「うわあ……。陰湿な呪いだね……」
――そんな呪いがあるの?
――あるよ。子供に引き継がれるたびに少しずつ強くなる呪い。その子供の時に、表面化するほど強くなったんだろうね。
――最低な呪いだね……。
まったくだ、と内心で頷く。イリスもそういった呪いがあるのは知っているが、まさか本当に使っているような馬鹿がいるとは思わなかった。形だけの魔法、呪いだと思っていたのだが。
「その呪いを消すために、エリクサーが必要なんだね」
「ああ。そういうことだよ」
なるほど、と納得する。シュウが言う呪いは、直接見たことはないがかなり強い呪いだと聞いたことがある。ただの治癒では治すことなどできないだろう。おそらくだが、イリスの治癒ですら治すのには苦労するはずだ。
――治せないわけじゃないんだね。
――んー……。多分治せるとは思うけど、間違い無く疲れるからやりたくない。
――イリスが疲れるってすごいことだと思う……。
父に教えてもらった知識だが、この呪いは当時の魔族の王、つまり魔王が作り出した呪いのはずだ。戦争が長期化することを見越し、広範囲に無差別で振りまいたと聞く。人間の体の中で、人間では治せないほどに強い呪いに成長する呪い。すぐに効果が表れるものなら当時の治癒士が対応できただろうが、シュウが話したような育った呪いなら人間には治せない。
だがドラゴンが果て無き山を支配して介入した時に、その呪いも密かに解いてまわっていたはずなのだが……。しかし広範囲に全力の治癒をかけただけらしいので、漏れがあったとしても不思議ではないか。
以前のドラゴンたちの治し忘れ。もとは彼らの戦争の産物だが、少しぐらいなら協力してもいいだろう。
「エリクサーの作り方だけどね。ポーションにドラゴンの血を混ぜるだけで作れるよ」
さらりと。ただの世間話のごとく、教えた。言われた側のシュウは唖然としていたが、すぐに内容を理解したのだろう、勢いよく頭を下げてきた。
「ありがとう! 感謝する!」
「んー。まあドラゴンの血を手に入れないといけないから大変だろうけど、がんばれ」
全力を尽くす、とシュウは頷いて、勢いよく立ち上がった。ドラゴンの情報を集めてくる、と食堂を出て行く。冒険者ギルドにでも向かったのかもしれない。
――あっさり信じるとは思わなかったよ……。
少しだけ呆然としてシュウを見送ったイリス。心の中でつぶやくと、ハルカが笑いながら、
――今まで手がかりすらなかったみたいだからね。それに、同じSランクということで信用したんじゃないかな。
――ふうん……。そんなもの、なのかな。でもどうやってドラゴンの血を手に入れるつもりなのかな。唯一分かりやすい果て無き山のドラゴンの私はここにいるし。
もし本当に果て無き山のあの洞窟までたどり着けたのなら、血の少しぐらいあげてもいいが、かといってわざわざ待っていてやるつもりもない。彼らの問題は、イリスには何の関係のないものだから。
――まあ別に直接もらう必要はないよね。
――ん?
――何かの材料としてどこかが保管してるかもしれないし。まあ、古い血が使えるかは分からないけど。
――一応使えると思うけど。なるほどねー。
確かに、ドラゴンを探し出すよりもどこかに残っているかもしれない血を探す方が早いかもしれない。それに、そちらの方が間違いなく安全だろう。
がんばれ、と心の中で応援をしながら、最後のお肉を口に入れた。美味しい。
壁|w・)裏設定。
呪い。実はもっと早く、孫世代で効果が出る呪いのはずでした。
中途半端に治癒がきいて呪いが弱まっていたために、効果が遅くなっています。
……実はまだ数人、この呪いの保持者がいたりいなかったり。