08
「ガキの持ち込みか。期待できないが、何だ」
侮られている。イリスがむっとすると、ハルカが言う。
――こういう時こそ、あのカードの出番でしょ。
なるほど、と頷き、そっとSランクのギルドカードを差し出した。料理人はそれを見ると、大きく目を見開いた。
「ほう……。失礼した。それで? 食材はどこだ?」
「ちょっとまってねー」
空間魔法の穴を作る。料理人が驚いているが、この魔法を使ったら初めての人はほとんど驚く。もう気にしない。取り出すのは、大きな白い皿。それに載っているのは分厚いお肉。霜降りの、最高級とはいかないが、高価なヒレ肉だ。
他のお肉よりもずっと高かった。ハルカも食べたことがないらしい。思わず買った後に望に聞いてみれば、なんと牛一頭につき、三パーセントしか取れない貴重な部位なのだそうだ。まさに贅沢品。ありがとう牛。君のことは食べてる間は忘れ……、いや、食べる直前までは忘れない。
――もっと覚えてあげて。
きっと美味しいから無理だ。
そのお肉を見て、料理人は眼の色を変えていた。
「これは……。いい肉だな……。高ランクの魔獣に勝るとも劣らない肉だ。しかもこれは魔獣じゃないな。何の動物だ?」
「牛」
「牛? 労働力を食うのか?」
意味が分からずにイリスが首を傾げる。だがどうやらハルカは何となく察したようで、なるほど、とつぶやいていた。
――多分、この世界では牛は荷車を引いたりする役目なんだろうね。だから食べることはあまりないんじゃないかな。
――ふうん……。
納得できるようなできないような。ともかくそういうことらしい。
「この肉なら、手を加えるよりも単純に焼いた方が美味いだろうな。味付けは……、そうだ、試したい薬味がある。あれなら……」
ぶつぶつと独り言を続ける料理人。引き受けてくれるらしい。
「あの席にいるから、持ってきてね。四人前で」
「了解だ。四人分となると量が少し少なくなるな。何か他の料理も出そう」
「よろしくー」
お肉を預けて、席に戻る。ケイティとクレイは首を傾げていたが、フィアは目を輝かせていた。フィアはイリスが持っていた肉のことを知っている。それがとても美味しいお肉だということも。
「お姉ちゃん、あのお肉? えっと、ひれ、だっけ?」
「そうそのお肉。ちゃんと取り出す時に保護魔法は解除したよ」
「楽しみ!」
二人で笑顔を交わす。フィアもすっかり食いしん坊になったものだ。まったく、誰の影響だ。
――イリスだよ。
ハルカの声を聞き流し、ケイティとクレイに言っておく。異世界のいいお肉だと。それを聞いた二人も瞳を輝かせた。
さて、とても楽しみだ。
四人で談笑しながら待っていると、やがてカウンターの方から良い匂いが漂ってきた。料理人が器用に皿を四枚持って、こちらへと歩いてくる。そうしてイリスたちの前に出されたのは、しっかりと焼かれたステーキと、ごろごろと大きいお肉が入ったスープだ。料理人曰く、お肉はファトムラビの肉だそうだ。
肉はシンプルに焼いただけのようだが、茶色の粉状の何かが振りかけられている。聞いてみると、最近仕入れた調味料らしい。エルフが作ったのだとか。
――エルフの調味料だって! なんだかすごそう!
――うんうん。MPが全回復しそうだね。
――はい? えむぴー?
――あはは。何でもないよー。
首を傾げつつ、皆で食前の祈りをする。そしてすぐに、真っ先に、ステーキを口に入れた。
日本では赤みをある程度残した焼き方をしたりもするが、こちらはしっかりと中まで火が通っている。日本の食べ方の方が美味しいとは思うが、こちらも悪くはない。とても柔らかく、美味しい。エルフの調味料は肉の味を打ち消すようなものではなく、むしろ引き立てる役目になっている。これも素晴らしい。日本の料理人、誠司あたりに渡してみたいと思ってしまう。
「初めての食材だったが、なかなかおもしろかったぞ。よければまた持ってきてくれ」
料理人の言葉に、気が向いたらね、とイリスは手を振る。
「これもそれなりに高いお肉だったからねー」
「そうなのか。まあ、手には入ったらでいいさ」
「ん。その時はよろしくー」
おう、と料理人が笑いながらカウンターへと戻っていく。最初の第一印象よりも、とても気さくな人のように見えた。あれが本来の性格なのかもしれない。
ケイティとクレイの方へと視線を移すと、二人ともゆっくりと食べていた。しっかりと味わうように。
「こんな肉、次はいつ食えるか分からんからな……」
「同じく」
喜んでもらえたのなら何よりだ。フィアも一心不乱に食べている。見ているだけで微笑ましい。
――そんなことより、早く食べないと冷めるよ。
ハルカに言われて、イリスも慌てて自分の分を食べ始めた。
全て食べ終えた後、ケイティとクレイは帰っていった。次に会うのは明日の朝だ。三日ほどで王都を巡ることになっている。美味しいものを食べたいと要望を伝えたら、分かってると頷かれてしまった。ちょっとだけ納得いかない。ちょっとだけ。
今はまだ食堂で休憩中だ。宿泊客そのものが少ないのか、飲食客も少ない。そのため居座っていても怒られることはなさそうだ。
うとうとしているフィアを膝の上に載せて、優しく撫でながら周囲の様子を窺う。様子といっても、どんなものを食べているのか、という興味だ。イリスたちと同じようなシンプルに焼いただけの肉であったり、日本でいう唐揚げのような料理であったり、様々だ。人が食べているものは美味しそうに見えてしまうのは何故だろう。
唐揚げのような肉を見ていると、それを食べていた男と目が合った。全身鎧の戦士の男だ。その戦士はこちらをまじまじと見ていたかと思うと、おもむろに立ち上がってこちらへと歩いてきた。手には、先ほどまで食べていた料理の皿を持っている。
「やあ」
戦士は柔和な笑顔を浮かべた。格好と違い、優しげな人だ。戦士は料理の皿をイリスたちのテーブルに置いて、側の椅子に腰掛けた。
「一緒に食べるかい?」
「いいの?」
「いいさ。食事ってのは誰かと一緒の方が美味しいからね」
にこにこと笑いながら、戦士は肉をつまみ、口に入れる。うん、美味いと頬を綻ばせた。
「じゃあ、遠慮無く」
イリスも肉をつまむ。唐揚げのようだ、と思っていたが、持ってみた感触は唐揚げどころか生肉のようだった。なんだこれ、と思いながらも口に入れてみる。こりこりとした不思議な食感だ。味付けは薄めでさっぱりしている。先ほどのステーキのようなガツンとしたおいしさではないが、これはこれで悪くない。いくらでも食べられそうだ。
「フィアも……」
フィアが寝ぼけ眼のまま言う。苦笑しつつ、お肉をフィアの口に入れてやる。美味しい、と微笑んで、そのまま今度こそ眠ってしまった。
「ん? 寝ちゃったのかな」
「そうみたい。……あ! まさかすいみんやく!?」
「君は僕をどうしたいのかな?」
呆れたような戦士の言葉に、イリスは冗談だよと笑いそうになる。お肉をもう一つ口に入れて、そこで自己紹介をしていなかったと思い出した。
「私はイリス。そっちは?」
「ん? ああ。シュウだ。Sランクだよ」
「おお! すごい! ちなみに私もSランクだよ」
「え? ……本当に?」
「なんで疑うのかな?」
失礼な、と口を尖らせると、シュウは小さく謝って頭を下げた。さほど気にしていないので別にいいのだが。
「てっきりクレイの付き添いかと思ったよ」
「クレイは知ってるの?」
「まあ、一応ね。SとA、高位ランクの冒険者は全員覚えてる。そう言えばSランクが一人増えたって噂があったけど、君のことか」
「うん。多分そうだと思う」
そんな噂が流れているとは思わなかったが、イリスで間違いないだろう。名前や顔が知られていないのは、ギルドか貴族がうまく情報操作でもしたのだろうか。
「Sランクなら、ちょうどいいかな。聞きたいことがあるんだけど、いいかい?」