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龍姫イリスの異界現代ぶらり旅  作者: 龍翠
第五話 異界:初めての王都と勇者召喚
72/98

08

「ガキの持ち込みか。期待できないが、何だ」


 侮られている。イリスがむっとすると、ハルカが言う。


 ――こういう時こそ、あのカードの出番でしょ。


 なるほど、と頷き、そっとSランクのギルドカードを差し出した。料理人はそれを見ると、大きく目を見開いた。


「ほう……。失礼した。それで? 食材はどこだ?」

「ちょっとまってねー」


 空間魔法の穴を作る。料理人が驚いているが、この魔法を使ったら初めての人はほとんど驚く。もう気にしない。取り出すのは、大きな白い皿。それに載っているのは分厚いお肉。霜降りの、最高級とはいかないが、高価なヒレ肉だ。

 他のお肉よりもずっと高かった。ハルカも食べたことがないらしい。思わず買った後に望に聞いてみれば、なんと牛一頭につき、三パーセントしか取れない貴重な部位なのだそうだ。まさに贅沢品。ありがとう牛。君のことは食べてる間は忘れ……、いや、食べる直前までは忘れない。


 ――もっと覚えてあげて。


 きっと美味しいから無理だ。

 そのお肉を見て、料理人は眼の色を変えていた。


「これは……。いい肉だな……。高ランクの魔獣に勝るとも劣らない肉だ。しかもこれは魔獣じゃないな。何の動物だ?」

「牛」

「牛? 労働力を食うのか?」


 意味が分からずにイリスが首を傾げる。だがどうやらハルカは何となく察したようで、なるほど、とつぶやいていた。


 ――多分、この世界では牛は荷車を引いたりする役目なんだろうね。だから食べることはあまりないんじゃないかな。

 ――ふうん……。


 納得できるようなできないような。ともかくそういうことらしい。


「この肉なら、手を加えるよりも単純に焼いた方が美味いだろうな。味付けは……、そうだ、試したい薬味がある。あれなら……」


 ぶつぶつと独り言を続ける料理人。引き受けてくれるらしい。


「あの席にいるから、持ってきてね。四人前で」

「了解だ。四人分となると量が少し少なくなるな。何か他の料理も出そう」

「よろしくー」


 お肉を預けて、席に戻る。ケイティとクレイは首を傾げていたが、フィアは目を輝かせていた。フィアはイリスが持っていた肉のことを知っている。それがとても美味しいお肉だということも。


「お姉ちゃん、あのお肉? えっと、ひれ、だっけ?」

「そうそのお肉。ちゃんと取り出す時に保護魔法は解除したよ」

「楽しみ!」


 二人で笑顔を交わす。フィアもすっかり食いしん坊になったものだ。まったく、誰の影響だ。


 ――イリスだよ。


 ハルカの声を聞き流し、ケイティとクレイに言っておく。異世界のいいお肉だと。それを聞いた二人も瞳を輝かせた。

 さて、とても楽しみだ。




 四人で談笑しながら待っていると、やがてカウンターの方から良い匂いが漂ってきた。料理人が器用に皿を四枚持って、こちらへと歩いてくる。そうしてイリスたちの前に出されたのは、しっかりと焼かれたステーキと、ごろごろと大きいお肉が入ったスープだ。料理人曰く、お肉はファトムラビの肉だそうだ。

 肉はシンプルに焼いただけのようだが、茶色の粉状の何かが振りかけられている。聞いてみると、最近仕入れた調味料らしい。エルフが作ったのだとか。


 ――エルフの調味料だって! なんだかすごそう!

 ――うんうん。MPが全回復しそうだね。

 ――はい? えむぴー?

 ――あはは。何でもないよー。


 首を傾げつつ、皆で食前の祈りをする。そしてすぐに、真っ先に、ステーキを口に入れた。

 日本では赤みをある程度残した焼き方をしたりもするが、こちらはしっかりと中まで火が通っている。日本の食べ方の方が美味しいとは思うが、こちらも悪くはない。とても柔らかく、美味しい。エルフの調味料は肉の味を打ち消すようなものではなく、むしろ引き立てる役目になっている。これも素晴らしい。日本の料理人、誠司あたりに渡してみたいと思ってしまう。


「初めての食材だったが、なかなかおもしろかったぞ。よければまた持ってきてくれ」


 料理人の言葉に、気が向いたらね、とイリスは手を振る。


「これもそれなりに高いお肉だったからねー」

「そうなのか。まあ、手には入ったらでいいさ」

「ん。その時はよろしくー」


 おう、と料理人が笑いながらカウンターへと戻っていく。最初の第一印象よりも、とても気さくな人のように見えた。あれが本来の性格なのかもしれない。

 ケイティとクレイの方へと視線を移すと、二人ともゆっくりと食べていた。しっかりと味わうように。


「こんな肉、次はいつ食えるか分からんからな……」

「同じく」


 喜んでもらえたのなら何よりだ。フィアも一心不乱に食べている。見ているだけで微笑ましい。


 ――そんなことより、早く食べないと冷めるよ。


 ハルカに言われて、イリスも慌てて自分の分を食べ始めた。




 全て食べ終えた後、ケイティとクレイは帰っていった。次に会うのは明日の朝だ。三日ほどで王都を巡ることになっている。美味しいものを食べたいと要望を伝えたら、分かってると頷かれてしまった。ちょっとだけ納得いかない。ちょっとだけ。

 今はまだ食堂で休憩中だ。宿泊客そのものが少ないのか、飲食客も少ない。そのため居座っていても怒られることはなさそうだ。


 うとうとしているフィアを膝の上に載せて、優しく撫でながら周囲の様子を窺う。様子といっても、どんなものを食べているのか、という興味だ。イリスたちと同じようなシンプルに焼いただけの肉であったり、日本でいう唐揚げのような料理であったり、様々だ。人が食べているものは美味しそうに見えてしまうのは何故だろう。

 唐揚げのような肉を見ていると、それを食べていた男と目が合った。全身鎧の戦士の男だ。その戦士はこちらをまじまじと見ていたかと思うと、おもむろに立ち上がってこちらへと歩いてきた。手には、先ほどまで食べていた料理の皿を持っている。


「やあ」


 戦士は柔和な笑顔を浮かべた。格好と違い、優しげな人だ。戦士は料理の皿をイリスたちのテーブルに置いて、側の椅子に腰掛けた。


「一緒に食べるかい?」

「いいの?」

「いいさ。食事ってのは誰かと一緒の方が美味しいからね」


 にこにこと笑いながら、戦士は肉をつまみ、口に入れる。うん、美味いと頬を綻ばせた。


「じゃあ、遠慮無く」


 イリスも肉をつまむ。唐揚げのようだ、と思っていたが、持ってみた感触は唐揚げどころか生肉のようだった。なんだこれ、と思いながらも口に入れてみる。こりこりとした不思議な食感だ。味付けは薄めでさっぱりしている。先ほどのステーキのようなガツンとしたおいしさではないが、これはこれで悪くない。いくらでも食べられそうだ。


「フィアも……」


 フィアが寝ぼけ眼のまま言う。苦笑しつつ、お肉をフィアの口に入れてやる。美味しい、と微笑んで、そのまま今度こそ眠ってしまった。


「ん? 寝ちゃったのかな」

「そうみたい。……あ! まさかすいみんやく!?」

「君は僕をどうしたいのかな?」


 呆れたような戦士の言葉に、イリスは冗談だよと笑いそうになる。お肉をもう一つ口に入れて、そこで自己紹介をしていなかったと思い出した。


「私はイリス。そっちは?」

「ん? ああ。シュウだ。Sランクだよ」

「おお! すごい! ちなみに私もSランクだよ」

「え? ……本当に?」

「なんで疑うのかな?」


 失礼な、と口を尖らせると、シュウは小さく謝って頭を下げた。さほど気にしていないので別にいいのだが。


「てっきりクレイの付き添いかと思ったよ」

「クレイは知ってるの?」

「まあ、一応ね。SとA、高位ランクの冒険者は全員覚えてる。そう言えばSランクが一人増えたって噂があったけど、君のことか」

「うん。多分そうだと思う」


 そんな噂が流れているとは思わなかったが、イリスで間違いないだろう。名前や顔が知られていないのは、ギルドか貴族がうまく情報操作でもしたのだろうか。


「Sランクなら、ちょうどいいかな。聞きたいことがあるんだけど、いいかい?」


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