07
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「聞いてなかったんやけど」
宿のイリスの部屋で、ケイティはじっとイリスを睨み付けている。イリスはあはは、と苦笑いで誤魔化す。
「ギルドに行ってみてもイリスはおらん。聞いてみたら、関係を根掘り葉掘り聞かれる。どうにか納得してもらえたら、この宿にいると教えられる。聞いてないんやけど」
「急に決まったからね。……うん。ごめん。気をつけるから」
「まあええけどな! ここの料理は気になっとったし! ようやった!」
「どっちなの……」
イリスが呆れながらため息をつく。クレイに視線を向ければ、肩をすくめられてしまった。
「まあそれはおいといて。商談といこか」
「はいはい」
ケイティはマイペース過ぎる。だが、それが少し有り難い。イリスがドラゴンと知っても態度を変えないでくれるのは嬉しいことだ。
イリスは空間魔法の穴を作り、そこからケイティに売るものを取り出していく。今回売るのはポーションではなく、異世界、つまりは日本の道具だ。道具といっても電化製品ではなく、ちょっとしたおもちゃや食料品ばかりだが。
「まずはこちら、単純に塩! いちきろぐらむー!」
「ぶふっ!」
「きたなっ!」
塩と言った瞬間、ケイティが飲んでいたものを噴き出した。正面にいたイリスが非難をこめて視線を向けても、ケイティはそれに気づかずに塩を呆然とした様子で見つめていた。
「これ、ほんまに塩なんか? 真っ白やけど」
「塩だよ。なめてみる?」
小さい穴をあけて、ケイティの掌に少しだけ落とす。ケイティはそれをなめとり、大きく目を見開いた。
「ほんまに塩や……。いや、さすがにこんなに買い取られへんで。高級品やないか」
「あっちだとこれで大銅貨一枚かな」
「やっすいな!」
それに関してはイリスも驚いたものだ。ここでは高級な塩も、日本では簡単に手に入る安い調味料の一つなのだから。
かといって、大量に持ち込むつもりはない。ハルカ曰く、市場が混乱するから、だそうだ。そう言ったハルカも、市場とかいうの、という曖昧な表現だったが。
「あっちの人がね、異世界で売るなら塩が定番だって言ってたけど、正しかったね」
「はあ……。イリスから異世界のものを買い取って欲しいって言われた時は驚いたもんやけど、ここまでとは思わんかったな……」
顔が強張っているケイティの隣では、クレイも笑顔が引きつっていた。どうやら掴みは成功らしい。
「お次はフィアから」
イリスに促されて、フィアも空間魔法の穴を作る。それを見て、ケイティがあんぐりと口を開けた。
「ん? どうしたの?」
「いや、えっと……。フィアも、使えるようになったんか?」
「がんばった!」
えっへん、と胸を張るフィア。かわいい。よしよしと撫でてあげると、もっとと言うように体を寄せてくる。そのまま抱き寄せて頭をなでなで。ついでに羽もなでなで。柔らかい。
「がんばったって……。がんばってもどうにかできるもんとは……」
「ケイティ。忘れちゃだめだ。この二人と接している時は常識は捨てないと」
「ああ……。そうやった」
なんだそれ。失礼なのではないだろうか。
――いや、すごく正しい判断だと思う。
――えー。
納得はできないが、ハルカがそう言うならそうなのだろう。
さて、と改めてフィアが穴からあるものを取り出す。取り出したのは六つ。小さな犬、猫、ペンギン、ブタ、タヌキの置物。頭に小さい穴が空いている。
「なんやこれ」
「貯金箱。こっちにはない?」
「あー……。あるにはあるけど、えらくかわいらしい貯金箱やな」
「子供にどう? ちなみにフィアも愛用してるよ」
フィアへと視線を向ければ、取り出した六つ目、招き猫の貯金箱を大事そうに抱えていた。ちなみに今は中は空となっている。こちらへ戻る前に、望に預けてきた。今日からはこちらのお金を入れる予定だ。
「なんか、塩と違って、まあ形はともかく、普通のもんやな」
「まあ高く売りたいからって持ってきてるわけじゃないしね」
ケイティに異世界のものを買わないかと持ちかけたのは、実はただの荷物整理のためだ。ついつい買いすぎたものを売れないかと思って声をかけた。フィアの貯金箱コレクションは、何故か二つずつ買っていたために売ることになった。フィアが作れる空間魔法の空間はまだ狭く、入れるものを減らした方がいい。
「まあええやろ。買い取らせてもらおか。次は?」
「私からはもう一つ」
空間魔法の穴をテーブルの上にあける。そしてそこからあふれ出してきたのは、大量の缶詰。種類は様々だ。
日本にいた時、感動したものの一つだ。缶詰。年単位の保存が可能で、しかも美味しい。これとご飯だけで食が進む。たくさん種類があると聞いて、思わず買い集めた。コンビニやスーパーを巡って集めたその数、なんと千個。ハルカと望に怒られたのは言うまでもない。
「これは缶詰って言ってね……」
そうしてイリスが説明すると、ケイティが目の色を変えた。
「すごいね……。行商の旅も楽になる」
「イリス! 作り方は! 作り方はわからんのか!」
クレイがしみじみといった様子で呟き、ケイティは身を乗り出して聞いてきた。答えはもちろん。
「知らない」
缶詰はイリスもすごいものだと思うが、作り方まで興味は覚えなかった。こっちでも日本の食べ物が食べられるということで買い集めたが、なくなればまた買いに行けばいいという程度の認識だ。ケイティは肩を落としているが、今後も作り方を覚えるつもりはないので諦めて欲しい。
「まあ、それでも十分やな。缶詰はこれ、何個あるんや?」
「とりあえず百個」
「おお……。まだあるの?」
「千個買った!」
「気持ちは分かる! けど阿呆やな!」
「ひどい!」
けらけらと楽しくなって笑うイリスとケイティ。クレイはどこか呆れた表情だ。
「とりあえず、前金として金貨一枚でどうや。あとは、売れた金額の三割を支払うってことで」
「うん。それでいいよ」
イリスとケイティが握手を交わす。これで、王都で遊び回るお金ができた。明日から早速フィアと一緒に回ろうと思う。
その後はさすがに持って帰れないということで、ケイティのいる商店に向かう。西の町の商店は支店だそうで、こちらが本店なのだそうだ。もっとも、ケイティは独自で商いをしていることが多く、どちらかと言えば取引相手の感覚に近いらしい。
その本店も四階建てで、その三階は泊まり込む従業員のための仮眠室や在庫の保管室となっているらしい。そこに置かせてもらうそうだ。イリスは本店の前で荷物を預けたので、内装は分からない。興味もない。
預けた後は四人で宿に戻る。最初は部屋で食事を取る予定だったが、食堂で食べることにした。別に見られて困るわけでもないし、宿泊客が全員高位ランクならそれなりに信用できるはずだ。
宿の食堂はギルドに併設されているものと大差ない。丸テーブルがいくつか並び、宿泊客であろう何人かがすでに食事を取っている。美味しそうな匂いだ。
「いやあ、Sランクの料理を食べられるなんてなあ。楽しみや」
ケイティの頬が緩んでいる。どうやら本当に楽しみらしい。それなら、もっといいものにしてあげよう。
――何するの?
――あの食材を出してみようかなって。
――ああ……。戻る前日に買ったあれだね。
こういうこともあろうかと、買った直後にマフラーと同じような保護魔法をかけた食材だ。今が使い時だろう。多分。
食堂の奥にある厨房に向かう。カウンターの向こう側では仏頂面の初老の男が料理をしていた。何かスープを煮込んでいる。美味しそうな匂いだ。食べたいが、今はまた別件の用事だ。
「食材の持ち込みはここでいいの?」
イリスがそう言うと、料理人が勢いよく振り向いた。そしてこちらへと駆け足で向かってくる。イリスの目の前まで来ると、周囲を見て、何故かため息をついた。なんだか呆れられたような、落胆されたような、そんな感じだ。ちょっと不愉快。
壁|w・)塩はどっかの神主の入れ知恵です。




