06
「ギルドカードのご提示をお願いできますか?」
「ん。……ところでこの子も一緒に泊まりたいんだけど、大丈夫?」
自分のカードだけでなく、フィアのカードも差し出しながら言う。ローズはもちろんですと頷いて、
「別の部屋をご用意することはできませんが、同じ部屋に泊まっていただけるのなら問題ありません」
「ベッドは?」
「一つだけではありますが、二人なら一緒に並んで寝られる程度の大きさがありますよ」
どうやらなかなか大きなベッドらしい。そのベッドも楽しみだ。フィアと一緒に寝ることになるが、特に問題はない。
「確認しました。こちら、カードをお返しします。部屋は四階をお使い下さい。鍵はこちらです」
ローズから鍵を渡される。四階なら最上階だ。いい部屋、かもしれない。それはつまり料金が高いということなのでは、と思ったが、値段を聞くと他の宿と大差ないとのことだった。高位ランクの特典みたいなものだろうか。
「あとで友達が二人来るんだけど、部屋に入ってもらうのはいい?」
「もちろんです。ご希望であれば夕食も人数分お持ち致しますが」
「あ、ほんとに? じゃあ四人分、お願い」
「畏まりました」
あの二人が食べるかどうかは分からないが、食べなければイリスが食べればいい。
「じゃあフィア、いこっか」
「うん!」
見てわかるほどにわくわくしているフィアを伴って、イリスは階段を上っていく。
四階には部屋が五つあった。長い廊下に扉が並ぶ。どれも等間隔に並び、部屋の大きさにそれほど違いがないことが分かる。鍵に書かれている番号は、四○五。右端の部屋のようだ。
早速右端の扉に向かい、鍵を開ける。扉を開けて中を確認してみる。
なかなか大きな部屋だ。手前と奥の部屋の二つがあり、手前はテーブルやいすなどの家具がある。この一部屋だけでも、麓の村の家よりも大きいかもしれない。その奥の部屋はベッドがあり、さらには大きな窓があった。
「おっきい!」
フィアが部屋を見回しながら言う。イリスは頷きながら、テーブルに置かれている紙を手に取った。ローズがしなかった細かい説明が書かれている。窓は特殊な造りをしているそうで、部屋から外は見ることはできるが、外からは見えないようになっているらしい。
「日本にもそんななのがあったけど、同じかな?」
――いや、さすがに違うでしょ。魔法か何かじゃないの?
なるほど、言われてみれば確かに魔力を感じることができる。何とも妙な魔法を作っているものだ。暇人がいるらしい。
――イリスにだけは言われたくないと思うけど。
――失礼な。
自分はこう見えてそれなりに忙しい。主に見聞を広めるために。あと食べるために。
――ついでがメインだよねどう考えても。
そんなことはない。……と、思う。
「お姉ちゃん! ふかふかだよふかふか!」
「んー?」
フィアに呼ばれたので奥の部屋に行ってみる。フィアは顔を輝かせて大きなベッドを叩いていた。イリスも触れてみると、なるほど確かにふかふかだ。イリスとしては日本の布団ぐらいが丁度良いのだが、これもこれで、悪くはない。
窓からの景色もなかなかのものだ。この建物が一番高い建物というわけではないので見晴らしが良いというわけではないのだが、表の通りの様子を見ることはできる。大勢の人が行き交い、談笑している姿を。一台だけ走っている幌馬車は、どこかの商店のものだろうか。
さらに空を見れば、今日は雲一つ無い快晴だ。夜には星空を楽しめるだろう。この世界で過ごしていた時は何とも思わなかった星空だが、日本のことを思い出すととても大切なもののように思えてしまう。日本では、あまり星は見えなかったから。
――空気が汚れてるらしいからねー。
――科学すごいって思ってたけど、一長一短だね。……あ、そう言えばハルカ、私まだ電車に乗ってない!
――あ、うん。なんで今思い出したのか分からないけど、次乗ろうね。
未知のもの。素晴らしい。楽しみだ。
「さて、あとはケイティ待ちだね。もう少ししたら、ギルドに行ってみようかな」
それとも、窓から見ていれば分かるだろうか。イリスは通りの様子を見ながら、そんなことを考えていた。
・・・・・
時を同じくして。その通りを一台の幌馬車が走っていた。中にいるのは、王とその護衛が二人。どちらもAランク相当の実力者だ。そして王の向かい側にもう一人。街の景色を眺める黒髪の女。
楠響子だ。
ここに来た時に着ていた服ではなく、用意されたドレスを着ている。初めて着るそれはかなり動きづらいが、他に着るものもない。訓練の時は動きやすい衣服が許されるため、それまでの我慢だ。
「王都はいかがかな、勇者殿」
王が問うてくる。優しげな表情の王に、響子は苦い笑みを浮かべた。
「勇者はやめてください」
「そうであったな。失礼した、キョウコ殿」
一応は謝ってくれるが、どうせまたすぐに勇者と呼ばれるだろう。響子が勇者だということを知らしめたいらしい。そんな自覚がない響子としては迷惑なことこの上ない。ただ言っても無駄だということは分かっている。この数日、一切改善されていないのだから。
「街は平和に見えます。本当に魔族というものに滅ぼされようとしているんですか?」
響子がこの世界に呼ばれた時、出迎えたのはこの王を始めとするこの国の貴族たちだった。彼らは誰もが口を揃えて言った。人族を滅ぼそうとする魔族を討ち果たしてほしい、と。すでに人族は滅亡寸前だと。
だがこうして街の様子を見てみれば、誰もが笑顔で暮らしている。そのような悲壮感はどこにも見えない。
「この王都が最後の街だというだけだ。それに、こんな時だからこそ、皆明るく振る舞っているのだ」
そういうもの、なのだろうか。響子には経験のないことなので、いまいち分からない。
それにしても、と思う。どうしてこうなったのか、と。
望にあの映像について問いただし、その帰りに足下に魔方陣が出現して、そうして気が付けば薄暗い地下室らしき部屋にいた。まるでどこかの小説の勇者召喚のようだ。使い古されたそれに自分が巻き込まれるとは思わなかった。
現実世界に嫌気がさしていれば、渡りに船とばかりに喜んだかもしれない。しかし響子には元の世界でやり残していることがいくつもある。何よりも両親が心配する。こんな知らない世界のために戦いたくなんてない。
だが王たちは、帰るためには魔王を倒さなければならないという。莫大な魔力を持つその魔王を討ち果たせば、その魔力を使って送還ができると。どこまで信じていいのか分からないが、かといって判断基準なんてものは持ち合わせていないので、一先ず彼らに協力している。
いつか必ず、帰れることを信じて。
「……あれ、あの建物、他よりも大きいですね」
ふと、目に入った建物について言う。王もそれを見て、ああ、と頷いた。
「高位ランクの冒険者のための宿だな。あそこに泊まるのはAランクの冒険者か、Sランクといった最早人外とも思える強者たちだ。まさに魔窟だぞ」
「その人たちに頼めばいいじゃないですか」
「それでも届かない、ということだ。案じなくとも、キョウコ殿にはSランクの冒険者を超えるだけの才能がある。自信を持ってほしい」
「そんなもの、いらないですけど」
響子は大きくため息をつき、再び外を見る。その大きな建物を。
どうせなら、自分も冒険者となる方が気が楽だな、と。頭の片隅で思ってしまう。無論、そんなことはできるはずもないのだが。
今はとにかく、生き残ることを考えなければならない。生き残って、魔王というものを倒して、帰ることを。
恐怖で震えそうになる体を意志だけで抑えつけ、響子は静かに目を閉じた。
壁|w・)言葉が通じているのは理由があります。
いずれ近いうちに、本編で触れますよー。