06
内心で笑って誤魔化しながら、イリスは子供たちへと言った。
「私は治癒士だよ。商品は持ち歩いてないから、ここまで徒歩で来たんだ」
「治癒士!? 本当に!?」
何故か、翼の女の子が真っ先に、大きな反応を示した。イリスが少しだけ目を瞠っていると、その女の子は恥ずかしそうに俯いてしまう。他の五人は、その子を痛ましそうな目で見ていた。
「フィア。その翼を治せる治癒士なんてまずいないって言われただろ?」
男の子が翼の女の子にそう言う。どうやらこの女の子はフィアというらしい。翼が悪いのだろうか。
翼を持つ種族はその翼に特殊な魔力を宿している。その魔力を扱い、空を飛ぶことができる。翼が傷ついてしまうとその魔力を貯めることができず、空を飛べなくなってしまうはずだ。
「どこが悪いの?」
イリスが聞くと、フィアはそっと翼を広げた。
真っ白い、ふわふわの羽毛の翼だ。気持ちよさそうだ。だがその翼は、どこか骨が折れているのか不自然な広がり方をしていた。確かにこれでは、魔力を貯めることはできないだろう。
「翼ってなんか特殊らしくてさ、どんな治癒士も治せないらしいんだ」
「ふうん……」
男の子の説明に相づちを打ちながら、イリスはそっと翼を撫でた。女の子が恥ずかしそうに頬を染めて顔を背ける。何か特殊な意味合いでもあっただろうか。とりあえず治療に必要なので我慢してほしい。
「じっとしててね」
イリスがそう言ってもう一度翼を撫でる。すると翼が白い光に包まれた。驚く子供たちの前で、白い光は輝きを増し、そしてあっという間に消えてしまった。
呆然としている子供たちの前で、イリスはもう一度翼を撫でる。翼の魔力の流れも問題はない。
「治ったよ」
イリスがそう言うと、ぽかんと、全員が口を間抜けに開けて固まってしまった。どうしたのかとイリスが首を傾げていると、フィアが真っ先に我に返り、自分の手で翼を撫でた。目を丸くして、次に翼を動かしている。一対の翼を恐る恐るといった様子で動かし、次第に激しく動かして。
「痛くない……」
フィアが翼を撫でる。柔らかな羽毛に包まれた綺麗な翼を。イリスも自分の翼には自信があるが、羽毛はないので少し羨ましいと思ってしまう。
「本当に、治ってる……」
フィアがイリスを見る。そして、唐突にフィアの瞳から涙があふれ出した。
「ありがとう……、ありがとうお姉ちゃん!」
フィアがイリスに抱きついてきた。
「うわ……!」
――なにこれどうしたらいいの!?
――んー……。とりあえず、撫でてあげたら? もう大丈夫だよって。
ハルカの指示に従い、イリスはフィアの頭を優しく撫でる。フィアはずっと泣いたままだ。
「本当に治しちゃったのか!?」
「すごい! 治せる人がいるなんて……!」
どうやら他の子供たちもようやく我に返ったらしく、口々に自身の感動を言い表し始めた。たかが翼を治しただけで、大げさだ。そう思うのだが、
「ひっく……。ありがとう、お姉ちゃん……」
自分の腕の中で泣き続けるフィア。心から自分に感謝しているというのが伝わってくる。
うん。悪くない。むしろ、何となく、気分が良い。
しばらくそうしてフィアを撫でていると、子供たちの騒ぎに気が付いたのか、大人たちが集まってきた。イリスが子供たちにひどいことをしているように見えているのか、剣呑な雰囲気の者が多い。だがフィア以外の子供たちは泣いているどころか自分のことのように喜んでいるので、誰もが戸惑っているようだった。
大人たちが子供たちに経緯を聞いて、それを聞いた大人たちが驚いていく。まさか、信じられない、といった様子だ。
「本当に治ったのかい?」
恰幅の良い人族の女がフィアに声をかける。フィアは勢いよく顔を上げると、
「ほんとだよ!」
そう言って、大きく翼を広げた。今まではそれができなかったのだろう、どよめきが広がっていく。なんとも不思議な光景だ。
「また派手にやったもんだね」
いつの間に戻ってきたのか、クイナが呆れと少しの非難をこめた視線をこちらへと向けていた。肩に何か大きな荷物を担いでいる。
「ごめん。なんだか、すごい騒ぎになっちゃって……」
「フィアのことを治療してくれたんだろ? 騒ぎになって当たり前だよ。何やってんだか」
内容は呆れ果てたといったものだったが、声音はとても柔らかい。見れば、クイナは嬉しそうな笑顔でフィアのことを見ていた。
村の多くの人が気に掛けていたのだろう。それがよく分かる。
――いい人たちだね。
――うん。
ハルカの呟きに、イリスは小さく頷いて同意した。
少しずつ大きくなる騒ぎを、イリスは他人事のように眺めている。今のところ、騒ぎの中心はフィアなので、イリスが注目されるのはまだ先だろう。ただ、あまり多くの人に囲まれるのは少し怖いので、ほどほどのところで逃げるべきだろうか。
そんなことを考えていたからだろうか。
「通して! 通してください!」
突然、大きな声が聞こえてきた。女の声で、こちらへと近づいているようだ。思わずイリスが一歩後退ると、
「まあ待ちな」
クイナに肩に手を置かれた。逃がさないとでも言いたげに。裏切られたような気がしてクイナを見ると、クイナは苦笑して大丈夫だと肩をすくめた。
そうしている間に、一人の女がイリスの目の前まで出てきた。フィアと同じ、白い翼を持つ女だ。その女はフィアの手を握っている。
――お母さんかな?
ハルカの予想は恐らく正しいのだろう。翼の女はイリスに向かって、緊張した面持ちのまま深く頭を下げた。その意味が分からずに困惑してしまう。頭を下げることに何か意味があっただろうか。
――お礼とか謝罪とか。そういった気持ちを表すよ。私の世界と同じなら、だけど。
――なにそれ! ほとんど真逆の意味なのにどうやって判断すればいいの?
――えっと……。その場の流れ! 勢い! 多分今は感謝だ!
――人間の交流は分かりにくい……!
内心で怒りながらも、イリスは笑顔を浮かべた。とてもぎこちないものだったが。
「えっと……。何ですか?」
「フィアの翼を治していただきまして、本当にありがとうございます」
どうやら本当に感謝の気持ちだったらしい。小さく安堵のため息を漏らすと、
「それで、あの……。いかほど支払えばよろしいでしょうか?」
その言葉に、またイリスの頭は真っ白になった。
――いかほどってなに!
――お金のことを聞かれてると思う。多分だけど、他のところだとすごく高いんだろうね。
気づけば、いつの間にか周囲は静まり返っていた。誰もがイリスに意識を向けている。いや、よくよく聞いてみれば、お互いにいくら持っているかと聞いている声もある。助けを求めてクイナを見れば、クイナもじっとこちらを見つめていた。イリスの判断を待つかのように。
――ハルカ……。
――そ、そんな泣きそうな声で呼ばれても、代われないからね? イリスが欲しいものをお願いしてみたら? お金の価値は私も知らないし。
代われないと言いつつも、しっかりどアドバイスはしてくれる、イリスはそんなハルカが大好きです。
――あ、うん……。ちょっと照れる……。
さて、欲しいもの、と言われても、正直困るというものだ。ハルカに言うようにお金は価値が分からないし、かといって他の物も特に欲しいものはない。自分はご飯が食べられたらそれでいいのだから。
そこまで考えて、そうだ、と思い至った。
「ご飯が食べたい」
イリスがそう言うと、え、と周囲が固まった。聞き取りにくかっただろうか。
「お金とかいらないからご飯が食べたい。晩ご飯とか、私の分も欲しいです」
そう、自分は美味しいものが食べたくて人間の村にまで足を運んでいる。何かをくれるというのなら、美味しいものを求めてもいいだろう。
壁|w・)次話はお昼12時までに更新予定、予定は未定……!