05
ビルドーの話では、AランクとSランクのみが宿泊できる宿であるらしく、それ故に実りのある話ができると言われているらしい。難しい依頼に向かうための仲間集めにも適しているのだとか。ただその辺りはイリスには関係のないことだ。ふうん、と聞き流すと、ビルドーは苦笑しながら次の説明に入る。
その宿で料理をしているのは、料理人が集まるギルドでSランクを保持していた者らしい。競うことに疲れて、自由に料理をすることを条件にその宿に入ったのだそうだ。故に夕食に何が出るかは分からないが、味は保証されているそうだ。
そんな料理人だが。食材が持ち込まれた時は最優先で調理してくれるとのことだ。理由は分からないが、いつものことらしい。
「Sランクのお前ならいつでも歓迎だ! どうだ?」
「んー……。フィアも一緒だけど、それはいいの?」
「高位ランクが低位ランクを連れていることなどよくあることだ! 弟子を取る者も多いからな!」
「ふむふむ……」
イリスにとっては悪い話ではないように思える。ケイティたちには説明すればきっと分かってもらえるだろう。
「じゃあ、そこにしようかな」
イリスがそう言うと、ビルドーは満面の笑顔を浮かべた。
「うむ! まいどありだ! 場所はここから三つ隣の建物だ!」
「近いね」
「だろう! ちなみに隣は低位ランク御用達の安宿! その隣が中位ランクが好む一般的な宿だ! 低位と中位は競争率がかなり高いがな!」
ビルドー曰く、三つともギルドが運営しているらしい。それを聞いて、なるほどとハルカが頷いた。
――どうしたの?
――うん。つまりはイリスを管理下に置きたいってことだろうね。誰かの目の届く場所にいてほしいってことだと思う。
――へえ……。それは、えっと……。悪いこと?
――んー……。当然のことだと思う。特にドラゴンって知ってるならなおさらね。良い宿なら別にいいんじゃない? 気に入らなければ出ればいいよ。
――分かった。
管理下と聞くと少し不愉快だと思ったが、確かにハルカの言う通り、気にくわなければ別の宿に行けばいいだけのことだ。それまでは利用させてもらおう。
「もう行っていいの?」
イリスが聞いて、ビルドーが頷く。
「ああ! 暇があれば依頼を受けに来てくれ!」
「気が向けばねー」
お金には困っていないので暇つぶし程度になるだろう。お金に困れば、積極的に働くだろうが、この後にある予定のケイティとの取り引きを考えれば、それもなさそうだ。
イリスが軽く手を振って部屋を出る。その後に、しっかりと頭を下げたフィアが続いた。
さて、ギルドマスターご自慢の宿に行くとしよう。
・・・・・
「…………。行ったか」
気配が完全に遠ざかって、ビルドーはゆっくりと息を吐いた。かつてないほどに緊張した。
以前、Sランクの申請が来た時は久しぶりだなと思っただけだった。Sランクとは特殊な立場の者か、人外と思えるほどの戦闘能力を持った者に与えられるランクだ。故に申請そのものが少なく、今も人族では両手の指で数えられる人数しかいない。だからこそ、最初は何かの間違いではないかと思ったが、詳細を聞いた時は肝が冷えた。
ドラゴンが人間の姿を取り、紛れ込んでいる。想像したことがなかったわけではない。人間の想像の埒外にあるドラゴンなのだから、そういった個体がいるかもしれないとは考えたことがあった。だが考えたことがあるだけだ。確認なんてできないし、できたとしてもどうすることもできない。
それが、まさかドラゴンの方から接触してくるとは思わなかった。しかも天族を庇護下に置いているとは。その天族が攫われた顛末を聞いた時は、よく街が無事だったと思ったものだ。特に、こうしてイリスというドラゴンを間近に見て、強く思った。
ビルドーも以前はSランクの冒険者だった。戦闘能力の方でSランクとなった方だ。それこそ、ケルベロスが相手であろうと、簡単にとはいかないだろうが勝てる自信がある。ドラゴンでも、知り合いのSランクと協力すればどうとでもなるだろうと思ったことがあった。
だが、あれはだめだ。直接見て、肌で感じて、確信した。勝てる勝てないの次元ではなく、勝負にすらならない。こちらが全力で挑んでも、彼女にとっては遊びの感覚で終わらせてしまうだろう。彼女を見た瞬間、恐怖でどうにかなりそうだった。
「まったく……。せめて俺が死んでから来てくれたらいいものを……」
ため息をつき、その場に座る。大声を出していたのも、声が震えているのを悟られないようにするためだった。他にも何か方法があったかもしれないが、考える余裕もなかった。
規格外。Sランクの上があればさっさと与えて隔離するところだ。
「だが……」
ここで敵意なく依頼を受けてくれるのなら、たまっている依頼を減らせるかもしれない。特に、彼女ならあの件を解決できるかもしれない。今は別のSランクが方法を探っているが、ドラゴンなら探さなくても本人がどうにかできてしまうかもしれない。
しかし直接頼むことはできなかった。もしドラゴンを利用しようとしていると考えられたらと思うと、頼みなどできるはずもない。
「どうにか、それとなく……。いや、しかし……」
ビルドーは床に座りながら、どうにかできないかと考えを巡らせていた。
・・・・・
「今日もおにくはおいしいなー!」
「なー!」
――平和だなあ……。
ギルドから出てすぐに、何かの屋台があった。お肉を焼いていた。買った。食べた。美味しい。フィアと一緒に頬を緩めて堪能中である。
「おっちゃん! もっと!」
「あいよ!」
「私もー!」
「ちゃーんと、フィアにもあげるよー!」
再び差し出されるお皿。それに盛られた山盛りの焼き肉。味付けをしているようには見えないのに、止められないおいしさだ。
そう、例えるなら。……何だろう?
――無理に例えなくても。
そう。例えるならハンバーグから五十点引いた感じだ。
――しかも分からないし。
表現というのは難しい。そんなことを考えながらも口は動かす。うまうま。
一心不乱にフィアと一緒に食べていたが、いつの間にか周りに人が増えてきていた。何故かイリスと屋台を見ている。何の用かは分からないが、イリスは食べるので忙しい。
「おかわりー!」
「まだ食うのか!? しゃあねえなあ!」
すでに焼かれていたお肉がさらに盛られる。さすがおっちゃんだ仕事が早い。初対面だが。
その後、五皿ほど食べきってから、イリスはようやくその場を後にした。少し離れた直後に大勢の人がその屋台に集まっていたが、どうしたのだろうか。美味しいので気持ちは分からなくはないが。
さて、と目的地に向かう。目的地といっても目と鼻の先で、すでに見えている。
目的の宿は周囲の建物と大差なく、四階建ての建物だった。外装は同じだが、しかし大きさはなかなかのものだ。二つ分の敷地を使っているのか、横に大きな建物となっている。
「おっきい!」
隣ではしゃぐフィアに頬を緩めながら、フィアを促して中に入る。
中も一般的な宿と同じような造りだった。カウンターがあり、上階へと続く階段がある。一階は食堂だけだが、他にもここで働く従業員が泊まる部屋があるそうだ。
その説明をしてくれたのは、カウンターにいる女主人だった。ローズと名乗った女主人は、イリスが入ってすぐにこちらへと笑顔を向けてくれていた。
壁|w・)べ、別に私が焼き肉を食べたいからって焼き肉を出したわけじゃないですからね!