03
王都には西の街と同じように、四方に門があるそうだ。西門が一番大きく、正門とも言われているらしい。イリスたちが向かうのもその門なのだが、案の定と言うべきだろうか、とても混雑しているようだった。
「行商人だけじゃなくて、冒険者も多いからね。こればかりは待つしかないよ」
そう教えてくれたのはクレイだ。待つしかないのなら、大人しく待つとしよう。
フィアやケイティと雑談をしながら、列が進むのを待つ。かなり長い時間を待って、ようやく城壁の目の前にたどり着いた。御者台に座るクレイが代表して兵士と何かを会話している。
「多分荷物検査があるで」
ケイティのその言葉に、イリスは首を傾げる。
「西の街ではなかったのに?」
「これも違いの一つやな。まあ王様がいる街でもあるからな」
どうやらケイティの予想は正しかったようで、すぐに、乗りますよ、という声と共に兵士が一人乗り込んできた。ケイティが一つ一つ荷物を説明しながら兵士に中身を見せていく。その間、イリスとフィアは暇になる。ぼんやりと荷物検査の様子を眺めていると、
「ん? 天族とは珍しいですね」
その兵士がこちらへと視線を向けて、わずかに驚いたようだった。だがフィアを一瞥しただけで、すぐに視線を逸らしてしまう。興味がない、というよりは気を遣ってくれたようだ。
「ギルドカードの提示をお願いします」
検査の兵士とは別に、馬車の外から声を掛けられた。頷き、フィアのものと一緒に渡す。それを受け取った兵士は、イリスのカードを見て、ほう、と感嘆の吐息を漏らした。
「その若さでBランクとは、素晴らしい。今後の努力次第ではAランクに届くかもしれません。頑張って下さい」
「うん。ありがとう」
ギルドカードを返してもらい、笑顔を見せておく。兵士は少しだけ顔を赤くしながら、すぐにその場を去って行った。
イリスのBランクのカードは、ギルドでもらったものだ。Sランクのカードと一緒に渡されたもので、目立ちたくないのなら使ってくださいとのことだった。人によっては、イリスと同じように隠したり、もしくは堂々と名乗る者もいるのだとか。イリスも普段はBランクとして過ごすことになるだろう。それでも、この見た目でBランクというのは目立つようではあるが。
「よし。問題ありません!」
検査をしていた兵士が大声で叫ぶと、了解、という声が前方から返ってきた。すぐに、と通って良し、という言葉も聞こえてくる。無事に荷物検査は終えたらしい。馬車が動き始め、検査をしていた兵士が飛び降りた。
兵士に見送られて、門の中へと進む。薄暗い門を抜けた先は、田園地帯が広がっていた。道の先に、大きな建物がちらほらと見えている。街まではまだもう少しあるようだ。
「イリスはまずどこに行く予定? あたしらと一緒に来ても暇なだけやと思うけど」
少しずつ近づいている街の様子をわくわくしながら眺めていると、ケイティがそう聞いてきた。ケイティはここで商談を行うらしので、それに同行しても確かに退屈だろう。
「んー……。食べ歩きしながら、冒険者ギルドに行こうかな」
「了解や。こっちの話が終わったら向かうからな」
田園地帯を抜けると、一気に様子が様変わりした。あれだけ多かった田畑はなくなり、舗装された道や大きな建物が並ぶ。人も多く、中心からはまだ離れているというのに、西の街よりもずっと多くの人がいるとすぐに分かった。
「また後でな」
遠ざかっていく馬車を見送ってから、さてとイリスは街を見る。王都。人族のまとめ役が住む街だ。機会があれば、少し会って話してみたいと思うが、まあおそらくは無理だろう。
「お姉ちゃん! あれが美味しそう!」
フィアの声がして、指し示される先を見る。そこには大きなたき火があり、その火を使って何かを焼いているようだった。フィアと一緒に側に行き、それを見守る。イリス以外にも、数人の子供がその様子を見守っている。
火の番をしているのは女だ。二十代後半程度に見える女で、じっとたき火を睨み付けている。なんだか少し怖い。
「見ない顔ね」
不意に、その女が声を掛けてきた。話しかけられるとは思っていなかったので、返事に遅れてしまった。小さく咳払いをして、女へと言う。
「うん。ついさっきこの街に入ったところ。私はイリス。こっちはフィア」
女はこちらを一瞥して、いや、しようとして、フィアを見て凍り付いていた。フィアの翼を見て驚いているというのは分かる。フィアがそっとイリスの陰に隠れると、女はばつが悪そうに頬をかいた。
「ごめん。驚かせたみたいね」
「大丈夫。ところでこれは何か焼いてるの?」
「ええ。もうすぐ焼き上がるから、待ってもらえる?」
その言葉に従い、そのまま待つことしばらく。女は鉄でできた長い棒を持つと、それをたき火の中に入れた。中の何かを突いたようで、そのまま引っ張り出す。先端に、歪な形の何かが刺さっていた。果物、とは違うようだが。
――おお。焼き芋だ。
どうやらハルカは知っているらしい。どんなものかと聞くと、ほくほくしていて甘い食べ物、という答えが返ってきた。抽象的すぎてよく分からない。
女が次々と焼き芋というものを取り出していく。取り出した焼き芋は小さな木箱に入れられていく。子供たちが、待ってましたとばかりにその木箱に殺到した。
「あ! お姉ちゃん!」
慌てたようなフィアの声。これは早く参戦しなければ。そう思ったのだが、
「二人の分はあるから、そのまま待ってて」
え、と振り返ると、女はいたずらっぽくウィンクをしてきた。
「ほらほら! 焼き芋は大銅貨五枚よ! ちゃんとお金を払いなさい!」
子供たちからお金を受け取っていく。とても人気があるようで、あっという間に木箱の焼き芋はなくなってしまい、子供たちも解散してしまった。何となく、食べ逃したような気分になる。隣ではフィアも、不安そうにイリスの手を握ってきていた。
女はもう一度鉄の棒を取り出すと、また焼き芋を取り出した。今までのものよりも一回りは大きい焼き芋だ。それを三個取り出している。どうやらその焼き芋が最後だったようで、先ほどと同じ木箱に入れた後、魔法で水を作り出してたき火を消した。
「はい。どうぞ」
女が渡してきた焼き芋を受け取る。イリスとフィアで一個ずつだ。先ほどまでたき火の中にあったためか、なかなか熱い。
「大銅貨五枚だっけ?」
イリスが聞いて、女が答える。
「いいえ? 一個につき銀貨一枚よ」
イリスは一瞬怪訝そうに眉をひそめるが、しかしまあいいかと思い直した。この焼き芋は子供たちに売っていたものよりもずっと大きい。同じ金額ということはあり得ないだろう。
イリスが素直に銀貨を二枚渡そうとすると、女が慌てて首を振った。
「ごめん、冗談よ! 二個で銀貨一枚だから!」
「え? でも、大きいけど」
「いいから! 本当にいいから!」
何をそんなに慌てているのだろうか。不思議に思うが、それならと銀貨を一枚だけ渡した。ハルカから指示を受けて、焼き芋を二つに割る。黄色い断面からは湯気が立ち、いい匂いが鼻をくすぐってきた。
「フィア。皮は食べたらだめみたいだよ」
「はーい」
イリスと同じように二つに割り、そして一緒に焼き芋にかじりついた。
なるほど、これは美味しい。クッキーなどのお菓子の甘さではなく、ふんわりとした優しい甘さだ。子供たちが夢中になるのも分かる気がする。
「うん。美味しい」
「そうでしょう? 今のところは毎日売りに来てるから、良ければまた来てね」
「分かった。必ずまた来るよ」
女に挨拶をして、フィアと共にその場を離れる。もちろん、焼き芋は持ったままだ。途中で捨てるようなことは当然しない。しっかりと最後まで味わおう。
――そう言えば、ハルカが知ってるってことは、日本にもあるの?
――もちろんあるよ。しかも数種類。美味しいので有名なのは安納芋かな? 甘くてねっとりしててすっごく美味しい。
――なにそれ。すごく気になる!
やはりイリスが知らないだけでまだまだたくさんの美味しいものがあるらしい。日本に戻ったらその安納芋とやらを手に入れたい。そんなことを考えながら、イリスはフィアと共に王都の奥へと向かっていった。