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龍姫イリスの異界現代ぶらり旅  作者: 龍翠
第四話 現代:ハンバーグ ~別れの味~
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閑話

 鬱蒼と生い茂る森の中。フィアは軽い足取りで歩いて行きます。ここは村の北側の森で、果て無き山の近辺では特に危険な森です。ただそれは以前までの話であり、フィアに限ってはとても安全な森になっています。

 フィアの前を歩くのは、この森を支配する魔獣、ディアボロさんです。ケルベロスさんと比べるととても小柄ですが、見た目に反して戦闘能力はとても高いそうです、以前、お姉ちゃんのお父さんがディアボロさんと会った時、魔獣では間違い無く五指に入る実力者とのことでした。


「ちなみにドラゴンを入れると?」

「あー……、その、なんだ。我らの鱗に焦げ目が……、あ、いや、嘘はいかんか……、いやしかし……」

「いっそのことこき下ろしてください。気を遣われる方が悲しくなります」


 ディアボロさんが涙目になっていました。その時はとても気まずい空気になってしまったものです。

 今はある子を探しています。フィアが探していることは気が付いているはずなので、きっとあの子もこちらを探してくれているはずですが。

 そう考えていると、茂みからぴょこんとウサギが跳びだしてきました。真っ白な可愛らしいウサギですが、正真正銘の魔獣です。フィアはその子を見て、ぱっと笑顔になりました。


「おいで」


 フィアがそう言うと、ウサギがフィアの胸の中に飛び込んできました。甘えるようにすり寄ってきます。とてもかわいいです。もふもふです。幸せなのです。


「戻るぞ」

「うん」


 ディアボロさんに先導されて、フィアは果て無き山に戻りました。




 果て無き山の、お姉ちゃんの住処となっている洞窟は、誰もいなければとても暗くなっています。昼間であれば、微かにですが四方の穴からの光がほんの少しだけ届いているのですが、それでも人間の目には何も見えないことでしょう。

 フィアはドラゴンの眷属となっているためか、そういった暗がりでも、微かな光さえあれば見ることはできます。ですが、暗いことは変わりません。


「んー……。とう!」


 気の抜ける掛け声をフィアが上げます。するとフィアの掌に、小さな光の玉が浮かび上がりました。周囲を照らしてくれますが、しかしやっぱり暗いです。


「まだまだ努力が必要だな」


 ディアボロさんが炎を吐き出しました。とても大きな炎が空中に留まり、周囲を明るく照らします。さすが、と言いたいところですが、今はちょっぴり悔しいというのが本音です。そのフィアの気持ちを察してくれたのか、ディアボロさんは苦笑して言いました。


「フィアはまだこれからだろう。姫様のお力を受けているんだ。俺すら超えていくだろう」

「がんばる!」

「その意気だ」


 フィアはディアボロさんと少しだけ会話をして、見送られながら黒い穴に入っていきました。もちろん、ウサギと一緒に。




 新橋家に戻ってきたフィアは、お姉ちゃんと一緒に新橋家と古川家の人たちを前にしていました。今いるところは、新橋家の台所です。皆がフィアが抱きかかえるウサギを興味深そうに見つめています。

 先ほどまではかなちゃんと一緒に、ウサギと遊んでいました。そのためかウサギは警戒心もなく、フィアの腕の中で船をこいでいます。


「まずは紹介。この子から」


 お姉ちゃんがそう言って、ウサギを指し示しました。


「ファトムラビ。かわいいけど、魔獣だよ」

「え」


 かなちゃんが口をあんぐりと開けて呆然としています。どうしたのでしょうか。


「ほとんど逃げることに特化してる魔獣だけど、その分足の力はすごくて、ちょっとした岩なら粉々になっちゃうから気をつけてね」

「え」


 かなちゃんが蒼白になっています。具合が悪いのでしょうか。


「ちなみに今からこのウサギを食べます」

「え」


 ああ、ついにかなちゃんの顔が真っ白に! 気が付けば周囲も息を呑んでいます。フィアが不思議そうに首を傾げると、思わずといった様子で料理人の誠司さんが言いました。


「その、その子はフィアちゃんのペットじゃないのかい? 本当に食べるのかい?」

「うん。いや別に、殺そうってわけじゃないから」

「はい?」


 意味が分からないといった様子の一同を無視して、お姉ちゃんから指示を受けます。フィアはウサギをお姉ちゃんに渡しました。


「この子とはちょっとした契約をしてるんだよ。はい、おやすみ」


 お姉ちゃんの声を受けて、ウサギは深く眠りました。これで、この子は何をされても痛みを感じないし、起きることもありません。

 そうして眠らせた直後に。ざくっと。やりました。

 ウサギが真っ二つです。見事に真っ二つです。どこが、とはあえて言いません。

 呆然とする一同の前で、お姉ちゃんは続けます。


「はい。ちゆ」


 ふわりと光が包んで、次の瞬間にはウサギが再生していました。もちろんお肉はそのままです。あ、お肉って言っちゃった。まあいいか。

 切られたはずのウサギは、見事に元通りになりました。


「うお……。すごいな……。話には聞いていたけど、ここまでとは思わなかった」


 望さんが感心したように言います。


「本当に、すごいわね……。ちなみに、どこまで再生できるの?」


 そう聞いてきたのはパティシエの恵さんです。お姉ちゃんが答えます。


「脳さえ残っていれば、まあ大丈夫かな」

「そ、そんなにか」

「うん。一応脳も再生できるのはできるけど、中身というか、記憶まではさすがに再生できないから、お父さんから禁止されてる」


 記憶がなければそれはもう別人と同じ、だそうです。それは何となく分かります。

 改めてお姉ちゃんの治癒の異常さを痛感しながら、先ほどのお肉を薄くスライスします。ちなみに血抜きはお姉ちゃんが変な魔法を使っていて、血の塊が浮かんでいます。これはこれで気持ち悪い。

 スライスして、軽く焼いて、完成。どうぞ、とイリスが差し出すと、皆が恐る恐るといった様子で食べていきます。そして揃って目を丸くしました。


「美味しい! 軽く焼いただけなのに!」

「まるで溶けるような肉に、濃厚な味わい、けれど後は引かない……。酒が飲みたいな」


 秀明さんがなんか言ってますが、美枝さんから睨まれて口を閉ざしました。いつもの光景です。

 ファトムラビのお肉はとても美味しいものです。ただそれは、やっぱりお肉の味なので、お肉が嫌いな人にとっては普通の肉よりもさらにまずいと感じることでしょう。幸い、ここにはお肉が好きな人しかいないようです。


「今度これでハンバーグを作ってほしいな」


 今回の目的はこれです。お姉ちゃんが笑顔で言うと、誠司さんは難しい表情になりました。


「肉の味が濃すぎて、なかなか難しいけど……。まあ、やってみよう」

「よろしく!」


 いつになるのか分かりませんが、ファトムラビのハンバーグが約束されました。今からとても楽しみです。


「ちなみに、契約って何ですか?」


 かなちゃんがお姉ちゃんに聞きます。そう言えば省略していました。お姉ちゃんが答えます。


「そんなに難しい内容じゃないよ。安全な環境を提供する代わりに、時折お肉を分けてねっていう契約。この子たちはとても弱い種族だから、逃げることができなかったらすぐに食べられちゃうんだよ」


 実際にフィアはその現場を見ています。この子を見つけた時はゴブリンたちに囲まれて、今にも殺されそうになっていました。そのことを説明すると、かなちゃんがとても悲しげに眉尻を下げました。


「それは……辛いですね……」

「一生逃げて隠れて、の繰り返しだからね……。仕方のないことかもしれないけど。まあ、だからかな。この条件をこの子は喜んで受け入れてくれたよ。今は私の家になってる山の麓でいつも走り回ってる。何も気にせずに、自由気ままに」


 ちなみにこの契約については森の魔獣たちにディアボロさんから説明されています。もしもこの子を食べた場合はどうなるか、そこまで説明されています。なので、森にいる限り、この子は安全です。


「それじゃあ、一緒に遊んであげてね」


 お姉ちゃんがそう言ってウサギを撫でると、ウサギが目を覚ましました。またフィアの方に飛び込んできます。それを受け止めて撫でてあげると、気持ちよさそうに目を細めました。

 その後は、かなちゃんを交えてまたウサギと一緒に遊んで、夜にはいつもの森に向かいました。


「またね」


 フィアが手を振ると、ウサギは小さな前足を懸命に振ってくれました。かわいい。

 ウサギが森の中に走って行くのを見送ってから、フィアも帰路につきます。なんとなく、寂しくなりました。帰ったらお姉ちゃんに甘えたいと思います。

 そんなことを思いながら、フィアは山へと帰っていきました。


果て無き山の麓、北の森の序列↓

イリス>フィア=ディアボロ>ウサギ>ケルベロス以下魔獣たち

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