05
クイナとしては門で警戒をするよりも、狩りに出る方が合っているらしい。クイナらしいなと思う。
「あとさ、その口調」
「はい? 口調?」
「そう。敬語じゃなくていいからさ。もっと気楽に話してほしいね」
初対面の礼儀としてハルカから教わっていたのだが、どうやらクイナはあまり気にしない性格のようだ。イリスとしても、この話し方は疲れるのでとても助かる。
「うん。分かった。それじゃあ、改めてよろしくね、クイナ」
イリスがそう言って手を差し出すと、クイナは照れくさそうにはにかみながらその手を取ってくれた。
・・・・・
白い少女、イリスが森の中に消えてからしばらく。クイナは長く、ゆっくりとため息をついた。
どうなることかと思ったが、無事に丸く収まって良かった、と心の底から思う。なにせ、相手は才能ある魔導師だ。あまり敵に回したい相手ではない。
もっとも、最初のその警戒はどこへやら、少し話している間にイリスの人柄を気に入ってそうそうに仲良くなってしまっていたが。
本来、才能ある魔導師というものは警戒すべき相手だ。才能のなかった治癒士ならただの保護対象として見られるが、才能ある魔導師はたった一人で十人以上を一度に屠れてしまう危険な存在だ。そこまでの才能などそうそうないはずだが、あの治癒の魔法から察するに、イリスは並外れた才能の持ち主だろう。
なにせ、逃げてきたわけでもなく、一人で北の森を歩いてきたのだから。今も北の森で寝泊まりするという規格外っぷりだ。どこの所属でもないのが不思議なほどだ。
いや、もしかすると東西どちらかの国の所属かもしれないが、クイナはそれほど頭が回るわけではないのでいくら考えても分からない。イリスの性格から考えて、本当に気ままに一人旅をしていそうではあるが。
「まあ、明日から退屈しなくて済みそうだよ」
クイナが笑ってそう言うと、
「まあそれはな。とんでもないものを引き入れたような気はするが、何となく、あの子は大丈夫そうだ」
男もそう言って頷いた。
「それにしても、フードの中が気になるね。赤い布を巻いていて口元も見えないし。どんな顔してるんだろうね」
「……ん? 長の前ではさすがに取っただろう?」
「いや、取らなかったよ」
男が大きく目を瞠り、その様子がおかしくてクイナは小さく笑った。
「普通なら外すのが礼儀だけど、あの子が取らないってことはそれなりの理由があるんじゃないかって思ってさ」
丁寧に接してくれていたにも関わらず、フードは一切取らなかった。もしかすると、顔に何かしら大きな傷跡でもあるのかもしれない。おそらく、長たちもそう考えたのだろう。
「もう少し仲良くなったら折を見て見せてもらうさ」
「その時は是非俺にも教えてくれ。かわいい人族だったら仲良くなりたい」
「死ね」
クイナが少し本気で男の股間を蹴り飛ばし、男は悲痛な叫び声を上げた。
・・・・・
山の洞窟に戻ったイリスは、とても機嫌良さそうに鼻歌を歌っていた。ちなみにこの鼻歌はハルカの記憶にあったものだ。団子の歌らしい。団子というものがよく分からないが。
――なぜその歌。
ハルカは少しだけ呆れながらも笑っているようだ。
――それにしても、無事に終わって良かったね。
ハルカが言って、イリスは笑顔で頷いた。
村に入るまでは不安で怖くてしかたなかったが、終わってみれば自分にとって満足のいく交流だった。特にクイナという親しい人ができたことが嬉しい。明日からが楽しみだ。
――イリス。楽しみなのは分かるけど、そろそろ寝たら?
――えー。もっとこう、達成感に浸りたい!
――すごく人間くさいドラゴンだ……。
そんなつもりはないのだが、もしそうならハルカの魂の影響を受けているのかもしれない。不快ではないので、別に構わないが。
その後、イリスは空を飛び回ったりハルカと雑談をしたりして、一夜を過ごした。
翌日。太陽が昇って、少し待ってからイリスは村に向かった。山の洞窟から村まではそれなりに距離があるのだが、転移魔法を使えるイリスには関係のないことだ。村からは見えない森の中に転移して、意気揚々と村へと向かう。
――治癒魔法もそうだけど、転移魔法もずるいよね。
――便利だよ。教えてあげようか?
――いや、どうやって私が使うの。
――そうだった。
こうして話をしているせいか、ハルカに体がないことを忘れてしまいそうになる。本人は気にしている様子はないが、嫌われたくはないのでもう少し発言には気をつけるべきか。
――あ、クイナだ。
ハルカの声に、イリスは村へと視線を戻す。北門の側に、クイナがいた。まだこちらには気づいていないようだ。
「クイナー!」
イリスが大声で呼ぶと、クイナは驚きながらもこちらに気づいたようで、笑顔で手を振ってくれる。イリスも元気よく手を振り返し、クイナの元へと駆けていく。
――犬みたい。
ハルカが小さく笑いながらそう言ったのが、微かに聞こえてきた。
クイナと合流して挨拶を交わしたイリスは、早速村の広場に向かった。
村の広場には飾り付けなどは何もない。ただただ本当に何もない広場だ。広場の周辺は家々が並んでいる。少し悩んだイリスは、村長の家の側で待つことにした。ここなら、狩りの報告とかで人の目につくかもしれない。
「なるほどね。まあイリスは格好からして目立つから、気にしなくても大丈夫だろうけど」
確かにイリスの白い姿はここの人からすると珍しいものだろう。
ここの村の人は行商人から買い取った衣服を着ているそうで、しっかりと丈夫に作られた衣服を着ている。他の町や村で着ているものと大差ないらしい。ただそれでも、白い服、しかも全身となると珍しいものだ。ここに来るまでも、小さな子供たちがイリスを好奇の目で見つめていた。
「分かりやすいのは確かだね。それじゃあ、ここにしようか」
クイナはそう言うと、ちょっと待ってな、とイリスを置いて村長に家に入っていってしまった。仕方なく、イリスはその場で待つことにする。そうしていると、こちらの様子を窺っていた子供たちが寄ってきた。男の子と女の子が三人ずつのグループだ。うち男女一人ずつが魔族らしく、男の子が黒い鱗に覆われていて、女の子は真っ白な翼を持っている。
「あの……。こんにちは……」
その白い翼の女の子が声をかけてきた。少し気の弱い性格なのか、おずおずといった様子だ。十歳ほどのようで、イリスよりも背が低い。
――子供と話す時は目線を合わせるといいよ。
――目線、だね。
ハルカの指示に従い、背をかがめて女の子の視線に合わせた。
「こんにちは。どうしたの?」
笑顔で問いかけると、女の子はえと、と何度か言葉を詰まらせつつも、
「外の人、ですよね? 何をしている人なのかなって……」
「外から来る人はみんな馬車とかで来るから気になったんだ」
女の子の言葉を補足してくれたのは人族の男の子だ。
どうやら外から来る人は馬車を使ってここまで来ることが多いらしい。
――行商人だと商品も積まないといけないしね。
――背中にのせればいいじゃない。
――よしイリス、体のサイズを考えようか。ドラゴンと一緒にしちゃだめだよ。
――あ、そっか。
人間というのは色々と不便だと思ってしまう。だが人間は美味しいご飯を作る。ドラゴンにはない良さもあるのは確かだ。
――人間の価値がご飯だけになってるような気がする!
――気のせい気のせい。
壁|w・)読み直しが間に合わぬ……!
まだだ、宣言通り一話目が終わるまでは1日3回更新するんだ……!
次話は明日6時に更新予定、ですよー。