05
後に残されたフィアはどうしていいのか分かりません。遊んでいてもいいって、どうしろと。勝手に指示を出すようなことはさすがに……、と思っていると、画面におっきな犬が出てきました。犬が、襲ってきます。人間を襲います。でもさすがに勝手に倒すだろう、と思っていると、何故か身動き一つせずに攻撃をされています。何をしているのでしょう。くそ、とかしまった、とか言う前に反撃しなさい。
本当にこちらが指示を出さなければ動かないのか。命までかけるとはどういうことか。もしかして、奴隷を使っているのか。そんなことで頭がいっぱいになりながらも、フィアはコントローラーを握ろうとして。
画面の中で、人間が死んでしまいました。
「あ……」
画面は倒れている人間を映しています。何か文字が出ていますが、この世界の文字を読めないフィアには意味が分かりません。呆然としていると、かなちゃんが戻ってきました。
「お待たせー。うん? どうしたの?」
「かなちゃん……。人間さんが死んじゃった……」
フィアが画面を指差すと、ああ、とかなちゃんは頷いて、
「ほい、と」
コントローラのボタンを押すと、人間が声もなく立ち上がりました。なにそれ怖い。
「狼系が出るところまで来てたのか。ごめんね」
ほいほい、と人間がばったばったと狼を切り倒していきます。そこまで見て、ようやくフィアは自分の勘違いに気づきました。
ゲーム。つまりは作り物。テレビのニュースで見るような本物の人間みたいなのに、これも作り物だったようです。あまりにも本物のようで、気づきませんでした。というよりも、今もちょっとだけ、実は本物ではと疑っています。
「かなちゃん、これって作り物なの?」
分からない時は素直に聞きましょう。そう判断して、かなちゃんに聞いてみます。かなちゃんは質問の意味が分からなかったのか首を傾げましたが、すぐに笑顔になりました。
「作り物だよ。この中で人が死んでも、本当に誰かが死んでいるわけじゃないから安心してね」
「そうなんだ……。ゲームってすごいね……」
ただ、フィアとしては、ちょっと怖くなってしまいます。テレビやゲームに慣れているこの世界の人なら大丈夫でしょうが、フィアにとっては気持ち悪いものです。
かなちゃんにごめんなさいと謝ると、かなちゃんは驚いていましたがすぐにかなちゃんも謝りました。気が付かなくてごめん、と。フィアの都合なのでかなちゃんが謝る必要はないのですが。
その後、ゲームはやめにして、アニメを見ることになりました。絵が動くという不思議なものです。小さい動物たちが自分たちの島を探検するというものでした。かわいらしい動物たちが楽しそうにしていて、フィアも楽しくなります。
それを見ていると、かなちゃんがお皿を差し出してきました。白いお皿で、その上にはテレビで見るような真っ白なふわふわケーキが載っています。
「わあ……」
見るからにふわふわです。受け取ったフォークで端っこを切り取ります。さほどの抵抗もなく、あっさりと切り取れました。緊張しつつも、ぱくりと一口。
甘い。とても甘いです。そして不思議な食感でした。白いものは口に含んだだけでとけてしまっています。他の部分、スポンジというそうですが、これがとても柔らかくて驚きです。あっという間に一口目を呑み込んで、また切り取って口に運びます。ああ、幸せ。
「美味しいでしょ? 私のお母さんが作ってるんだよ」
「すごい! 美味しい!」
「あはは。苺を上げる」
「わあ……!」
ちょこんと、かなちゃんが自分のケーキの苺を、フィアのケーキに載せてくれました。この果物も美味しいので、とれも嬉しいです。ぱくりと一口。うん。美味しい。
「うん。気に入ってもらえたみたいで、私も嬉しいかな。他にもたくさん種類があるんだけど」
それはとても、とても興味があります。こんなに美味しいものが、他にもいろいろあるなんて。
話を聞いてみると、今食べた定番のショートケーキの他にも、さらに甘いチョコレートとか、さっぱりとしたラズベリーケーキとか、ちょっとこってりなチーズケーキとか、いろいろあるそうです。すごく、食べてみたいです。
「今度、イリスお姉ちゃんと買いに来てもいい?」
そんなことを聞いてみると、
「うん。もちろん」
かなちゃんは笑顔で頷いてくれました。
迎えに来た健一さんと一緒に神社に帰り、イリスお姉ちゃんに今日の出来事を報告します。ゲームとか、ケーキとか、ケーキとか。あとおまけにケーキとか。とてもふわふわですごく美味しかったと何度も言って、様子を見ます。お姉ちゃんが、興味を持ってくれますように。
果たしてイリスお姉ちゃんは興味を持ってくれたようでした。瞳を輝かせて、フィアの話を熱心に聞いています。気のせいか、よだれが出ているような。
「ケーキ。お菓子。なるほど、お菓子もあるのか。なるほどなるほど。……美味しかった?」
「うん!」
「そっかあ……。いいなあ……」
食べたいな、とお姉ちゃんがつぶやいています。そして次の瞬間、よしとお姉ちゃんが立ち上がりました。
「お姉ちゃん? どこに行くの?」
「ちょっと望と交渉に」
フィアも知っているお団子の鼻歌を歌いながら、お姉ちゃんが部屋を出て行きました。もし買いに行くなら、フィアも連れて行ってほしいな。そんなことをフィアは考えていました。
・・・・・
――ケーキが食べたい!
――あはは。そうなると思ったよ。
新橋家に滞在中にイリスが口にしたものは、美枝が作るご飯とお煎餅や羊羹といった、ハルカ曰く和菓子と呼ばれるものだけだ。ケーキは確か、洋菓子というものだったはず。
もちろん、食べる機会はあった。前回の滞在中も、望からケーキとか食べてみるかと聞かれたことがある。だがその時はケーキというものが分からなかったし、イリスは羊羹に夢中だった。これよりは下だろう、と。結局栗を使ったという羊羹を買ってきてもらった。あれはあれで美味しかった。また食べたい。そもそも羊羹にも種類が……。
――イリスイリス。思考が脱線してる。
――あ。
今はそう、ケーキだ。あの時は羊羹を優先してしまったが、食べてきたフィアの話を聞くととても美味しそうだ。食べたい。すごく、食べたい。
そんなわけで。
「のぞむー!」
「おわあ!」
望の部屋に乱入。ちゃぶ台にパソコンというものを置いて調べ物をしていた望が跳び上がるほどに驚いていた。
望の部屋は整理整頓がしっかりされている部屋だ。棚がいくつかあり、綺麗に本や物が並んでいる。本もしっかりと種類分けされており、借りる時に便利だ。
余談だが、健一の部屋は逆に散らかっている。あっちこっちに物が散乱しており、よく美枝が怒っている。何か踏んで壊してしまうのが怖いので、健一の部屋には近づかないようにしているほどだ。
「イリスか。どうした?」
「うん。売れた? お金が欲しくて」
「また急に……。まあいいけど」
望は苦笑すると、立ち上がって棚の一つへと向かう。引き出しから取り出したのは、茶色の封筒だ。表に、イリス、と大きく書かれている。
このお金は、イリスが渡した異世界の装飾品を売ったお金だ。ファンタジー風アクセサリーとして売っているらしく、それなりのお金になっているそうだ。ネットオークションというものは本当に便利だ。
ちなみに、ネットオークションについての勘違いは先日正された。望に、ねっとおーくしょんが食べたいと言ったところ、とてもかわいそうなものを見る目で見られたからだ。とても屈辱だった、あの屈辱感は忘れない。絶対にだ。
ただ、今はともかくお金だ。受け取った封筒には、一万円札が三枚入っていた。結構な数を持ち込んだので少ないと思いそうになるが、望に買ってほしいと頼んだいくつかの料金が引かれているはずなので、こんなものなのかもしれない。
「で? 何を食べに行くんだ?」
「いやいや、どうして食べ物限定なの? 私だっていろいろと欲しいよ?」
「違うのか?」
「違わない」
反論ができない。すごい人間だ。イリスの思考を読んでいるかのような対応。侮れない。
――いや、イリスが単純なだけだからね?
そんなことはない……はずだ。