03
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美枝が本気を出した。それはもうすごいほどに。まさかサイズがサイズだからと巫女服を自作するとは思わなかった。朝、眠そうにしながらも自慢気に見せてくる美枝に、イリスだけでなく新橋家一同が戦慄していた。
「さあ、フィアちゃん。着てみて。イリスちゃんとお揃いだから」
「お姉ちゃんと? 着る!」
嬉しそうに美枝と一緒に部屋を出て行くフィア。変な影響を受けなければいいが。
「ねえ、健一、大丈夫だよね? 美枝から変な影響受けないよね?」
「イリス様はお母さんのことをなんだと……、あ、いえ、あれを見たらそう思いますよね……」
「気持ちは分かる。とても分かる」
望も何度も頷いている。少しだけ、心配になった。
「イリスさーん、お参りにきま……、うおお!?」
朝食後。早速フィアと一緒に掃除をしていると、お参りに訪れた男の人がとても驚いていた。その視線はフィアに注がれていて、フィアはきょとんと首を傾げている。
「あ、あの、イリスさん、そちらの子は?」
「ん? フィア。んー……。妹、かな」
「へえ……! この子の写真は?」
「許可してあげよう。かわいくとってあげてね」
「お任せください!」
男の人は千円札を手に取ると、それをまずはイリスに渡してくる。イリスはそれを受け取ると、今度はフィアに預けた。フィアがとことこと走って休憩所に向かっていった。休憩所には、招き猫の形をした貯金箱が置かれている。写真代はそこに入れられることになっていた。
ちなみに前回まではただの木の箱が置かれていたが、新橋家でフィアが一目見て気に入り、使わせてもらうことになった。そのためフィアはとても機嫌が良い。招き猫を持ち歩く姿はとてもかわいかった。
――重度の親馬鹿になりつつあるよね……。
――かわいくない?
――かわいいけど。
「あの、イリスさん」
そんなことをハルカと話していると、男の人が声を掛けてきた。
「はいはい?」
「できれば、あの子と並んでの写真を撮りたいな、と。お値段はどうしましょう?」
「んー……。一枚ごとの値段ってなってるから、二枚いいよ」
明確に決めているものではないため、それぐらいはイリスが決めていいだろう。フィアが戻ってきたところで、写真を撮ってもらう。社の前で一枚と、鳥居の前で一枚。ぷりんとあうと、というものをしたら、持ってきてくれるとのことだった。
男の人はお賽銭もしっかり入れて、何かお願い事をしてから帰っていった。うん。いいお客様だ。
その後も頻繁に写真を撮られた。フィアも大人気で、恥ずかしがりつつも丁寧に応じている。イリスの側から離れることは絶対になかったが。
その日はとても大忙しだ。ほとんどの人がイリスとフィアの写真を撮っていく。写真を優先するようにと美枝から言われているため、掃除がはかどらない。終わらなければそれでもいいそうだが、やりかけというのはどうにも気になる。
結局、夜になってそういった客がいなくなってから、フィアと手分けして掃除を終わらせることになってしまった。
「今日は大人気だったわね」
夕食時。美枝がにこにこととても嬉しそうに言ってくる。イリスは、そしてフィアも曖昧に笑っておく。悪い気はしないが、正直少し面倒だ。
招き猫にはなんと五万円近くも入っていた。単純計算だが、百枚前後の写真を撮られたということになる。暇人しかいないのか。
――みんなそれだけ待ってたんだよ。
――意味が分からない……。
イリスを撮るよりフィアを撮った方がいいと思う。
さて、今日の夕食はなんとハンバーグだ。ハンバーグを食べに来た、というイリスの話を聞いて作ってくれたとのことだった。
テーブルに並ぶのは、件のハンバーグと白いご飯にサラダ。早速ハンバーグにお箸を入れる。少し固く感じるが、こんなものだろう。
そのまま口の中へ。口の中でお肉がほどけるような感覚。なるほど、これはなかなか美味しい。ついつい夢中で食べてしまう。隣では、フィアもなかなかの勢いで食べていた。
「ごめんなさいね、もう少しうまく作れれば良かったんだけど……」
「へ? これで、へた……?」
こんなに美味しいのに。何も聞いていなければ、これだけで満足していたかもしれない。しかし、まだまだ美味しいハンバーグがあると聞くと、やはりそれを食べたいと思ってしまう。
「こっちで美味しいハンバーグの店を探しているから、もう少し待ってもらえるか?」
望の言葉。探してくれるというのなら、お言葉に甘えることにしよう。だがどうしてそこまで手伝ってくれるのだろうか。そう思っていると、
「予想以上に高く売れたからなあ……」
どうやらイリスが持ち込んだあちら側のアクセサリーが良い値段で売れたらしい。お布団の方も期待できそうだ。
「イリスは明日からどうするんだ?」
「掃除」
「そ、そうか……。いや助かるけどね……」
望が苦笑を浮かべている。何かおかしなことでも言ってしまっただろうか。
もちろん、ずっとここにいようとは思っていない。お金を少し貯めたら、どこか食べに行くのもいいかもしれない、程度には思っている。日本は広いのだから、きっとハルカの記憶にはない美味しいものもあるはずだ。
――同じ種類のものでも、全然味が違ったりするしね。お金がたまったら、ちょっと奮発して買ってみるのもいいと思うよ。
――ほうほう。
――あと、果物とかお魚とか、何でもとりたてが一番美味しいって聞くし。海とか山を巡るのもいいかもね。
――なにそれ楽しそう!
とても気になる。是非とも行きたい。だがそのためにはまずはお金を貯めないといけない。
「フィアちゃんはどうするの?」
そう聞いてきたのは美枝だ。フィアはハンバーグを呑み込んでから、
「その……。かなちゃんの家に、遊びに行こうかなって……」
――何それ聞いてない!
いつの間にそんな約束をしていたのだろう。イリスが固まっていると、でも、とフィアが小さな声で言う。
「一人で行くのは、怖くて……。あの、ね。お姉ちゃん……」
上目遣いにイリスを見つめてくるフィア。これはつまり、一緒に来てほしいということだろう。それぐらいならお安いご用だ、と思うが、しかし同時に、それでいいのかと思ってしまう。
あちら側にいる時は、まあ仕方がないとは思った。せめてある程度魔法が使えるようになるまでは、と。だがこちら側は、とても治安がいい。確かに初めての世界で緊張するかもしれないが、あちらと比べるとかなり平和だと言える。
テレビを見ていれば、確かに怖い犯罪などもあるようだが、それに巻き込まれる可能性の方が低いだろう。それに、犯罪を起こすのは大して訓練もしていない人間だ。今のフィアなら逃げる程度ならできるはずだ。
それれらを考えて、イリスが出した結論は。
「呼ばれたのはフィアだけでしょ? 私は行けないよ」
心を鬼にして、突き放すことにした。
「え……」
フィアが愕然と目を見開く。まるで捨てられたかのように、瞳を潤ませている。やめて、すごく心にくる。鬼が懐柔されちゃう。
――が、がんばれイリス!
ハルカがそう応援してくるが、気のせいだろうか、ハルカもすごく揺れている気がする。
壁|w・)写真1枚500円。
暇な時間なら、無茶な要望でない限りポーズの希望とか聞いてくれる、かもしれません。