02
涙目の秀明が望から仕事を押しつけられ、休憩所を追い出されてから数分。イリスはフィアと一緒に休憩所にいた。目の前には醤油味のお煎餅。ぱりぱりとした食感が心地良い。隣ではフィアも夢中で頬張っている。
「また何か欲しいものでもあるのか?」
向かい側に座る望が聞いてくる。その手にはデジカメといものが握られており、イリスが手渡したあちら側のアクセサリーを写真に収めていた。ねっとおーくしょんで出品するとのことだ。以前のテーブル代よりも高く売れたら、また何か買ってくれるらしい。楽しみだ。
「お布団が欲しいな。ふわふわで柔らかいやつ。私とフィアの二人分」
「フィア? その子のことか?」
「うん。私の眷属。かわいいでしょ?」
イリスがフィアの頭を撫でると、フィアはくすぐったそうに笑った。それを横目で見た望が確かにと頷く。
「眷属ってのはよく分からないが、かわいいな。子供はいいものだ」
――イリス。望に言ってほしいことがあるんだけど。
ハルカからの突然の指示。よく分からないが、そのまま聞いてみる。
「望。ハルカからなんだけどね。……ろりこんだったんだね」
「違う! 失礼な……!」
なんだかちょっと怒っている。どういう意味だったのか聞いてみると、
――本当はちょっと違うらしいけど、あれだね、小さい女の子が好きなのかってことだね。
「へえ……」
フィアを抱きしめて少し下がる。きょとんと首を傾げるフィアはやっぱりかわいい。そんな中、望の表情が険しくなった。
「おい。ハルカのやつ、余計なこと言ったな?」
「小さい女の子が好きなんだね。ふうん」
「だから違うって言ってるだろ!」
そんな騒がしいやり取りは、健一が帰ってくるまで続くことになった。
日本に滞在している間、イリスは今回も新橋家の世話になることになった。もちろんフィアも一緒だ。新橋家の面々にフィアを紹介すると、皆快く迎え入れてくれた。
「フィアは天族なんだよ」
夜。子供同士なためか何故か遠慮している健一に、イリスはそう教えた。今は食後の一時だ。今日の晩ご飯は唐揚げだった。美味しかった。
「天族って何ですか?」
「んー……。見る方が早い、かな」
イリスがフィアへと目を向けると、それだけで察してくれたのかフィアは立ち上がると変身魔法を解く。そうして露わになるのは、淡い金色の翼だ。驚き固まる健一と、おお、と驚きを顔にする望。へえ、と健一の両親も目を丸くしていた。
「翼人なんて呼ばれ方もしてるかな。ちなみに翼には触らないであげてね。ちょっと怖いことがあって、翼に触れられるのを怖がるから」
「そうか……。分かった」
全てを把握できたわけではないだろう。何も教えていないのだから。それでも、何か感じるものがあったのか、大人組三人は神妙な面持ちで頷いてくれた。健一も、よく分かっていないようだが、とりあえずは約束してくれた。
ちなみにだが、イリスが触ることに関しては特に嫌がられない。むしろ甘えるようにすり寄ってくる。やっぱりかわいい。
「普段は私と同じように変身魔法を使って翼を隠してるからあまり気にしなくてもいいよ」
「うん……」
頷いた健一は、余計に縮こまってしまっている。どうやら余計なことを言ってしまったらしい。フィアも、どうしていいのか分からずに不安そうだ。
見かねた望が咳払いをすると、健一の頭に手を置いて、
「改めて、望だ。よろしく、フィア。で、こいつは健一。仲良くしてやってほしい」
「は、初めまして! 健一です! よろしくお願いします! 友達になってください!」
突然叫び始める健一。イリスとフィアが目を丸くして、そして何故か秀明は面白そうに目を細めていた。美枝も、あらあらと頬に手を当てている。
「青春だな……」
どちらともなくつぶやいている。意味が分からない。
「えっと……。よろしく、ね……?」
おずおずといった様子でフィアが微笑むと、健一は顔を真っ赤にしていた。
翌日。イリスは巫女の服を着て、掃除をしていた。今回の目的はハンバーグだが、前回と違って特にこれといったイメージはない。ただ、できるだけ美味しいハンバーグが食べたいとは思っている。そのことを望に相談したところ、有名な店に行けばほぼほぼ間違い無いそうだ。
店に行く。つまりは、お金がいる。というわけで、イリスはせっせと掃除に励んでいる。
フィアもイリスと一緒に掃除をしている。小さい箒を持って、イリスの隣で真似をしている。かわいい。とりあえず撫でておく。たださすがに、フィアのサイズの服はなかったそうなので、今大急ぎで作っているとのことだ。こっそり完成を楽しみにしている。
のんびりと、掃除を続ける。以前はイリス目的の人間が大勢来たものだが、今はもういなくなってしまったようで、静かなものだ。掃除に集中できて、なかなかいい。
そう思っていたのだが。
「ああ! 本当にいる!」
入口の方からの大きな声。見ると、健一とそのクラスメイトの女の子、かなちゃんがいた。以前健一と毎日のように一緒に帰ってきていたので、顔は知っている。だがそれほど深い付き合いはしなかったため、フィアからの知っている人かという問いには何とも言えないと答えるしかなかった。
「イリスさん! 戻ってきたんですか!?」
そのかなちゃんが聞いてくる。イリスは頷いて、
「また一ヶ月だけだけどね」
「ああ……。そうなんですね。それで、その子がイリスさんの妹さんですか?」
かなちゃんがフィアを見ると、フィアはびくりと体を震わせて、そっとイリスの陰に隠れてしまった。どうやら警戒しているらしい。大丈夫だよ、と頭を撫でてあげると、恐る恐るとだが体を出した。
「あの……。フィア、です」
「わあ! かわいい!」
「ひゃっ!」
かなちゃんがフィアに抱きつく。突然のことにフィアは反応できず、そのまま抱きつかれてしまった。かなちゃんがフィアを撫で回して、フィアはどうしていいのか分からずにただただ困惑しているようだ。正直なところ、見ていて結構面白い。
――友達ができるのはいいことだしね。
ハルカの言葉にも頷いておく。あちらの世界では子供たちに非はなかったが、その後の出来事をどうしても思い出してしまうのか、フィアはあちらの世界の子供と遊ぼうとはしなくなっていた。常にイリスかディアボロにひっついている。
だがこの世界なら。日本はあちらよりもずっと治安がいい。少なくとも、奴隷なんてものは日本にはないように見える。人攫いもそうそうないはずだ。……多分。
それに、何よりも。かなちゃんに詰め寄られているフィアの様子は、少しだけ楽しそうに見える。この世界なら、きっと大丈夫だろう。
「ところで、自己紹介ぐらいしてあげたら?」
イリスがそう言うと、かなちゃんはどうやら本当に忘れていたらしく、はっとしたような表情をしていた。フィアから少し離れて、頭を下げる。
「かなです」
「かな、さん?」
「かなちゃんがいいな」
「かなちゃん!」
「うん! フィアちゃん!」
こうして、フィアに日本での友達ができた。
・・・・・
その日の夜。
望は自室でノートパソコンを開き、とあるホームページを閲覧していた。ホームページの名称は、イリスファンクラブ。もちろん、現在居候中のあのドラゴン娘のことだ。今日は健一のクラスメイトが来ていたと聞いたので、もしかしたらと思って閲覧していたのだが、案の定だった。
掲示板には書き込みがあった。会員ナンバー三。イリスさんが戻ってきた、と。ご丁寧にイリスの写真まである。フィアが写っていないのは、さすがに配慮してくれたらしい。イリスの方は本人が許可を出してしまったことがあるので、仕方が無い。
当然ながら掲示板はなかなかの騒ぎだ。変わらない人気に苦笑が漏れてしまう。このファンクラブのメンバーは比較的、言い方は悪いがまともな人が多いため、強く止めるつもりはない。イリスが拒否を示せば話は変わるが、今のところはそれもない。
早速明日お参りに行く、という書き込みまである。どうやら、明日からまた忙しくなりそうだ。
「そう言えば、フィアも一緒に掃除をしてたな……」
白銀の髪の巫女の隣で一緒に掃除をする、金髪の幼女。フィアの巫女の服ができあがったら、また騒ぎになりそうだ。今からそれを想像するだけで疲れそうになるが、まあイリスがどうにかするだろう。
望はそう考えて、別のホームページの閲覧を始めた。
さて、ハンバーグの美味しい店はどこだろうか、と。
壁|w・)なんてカオスな神社なのでしょう。