01
第四話開始、なのです。
果て無き山の洞窟。イリスの住処となっているそこに、今はある客人が訪ねてきている。それはとても大きく、イリスの本来の姿よりも大きく、そして強い。つまりは父のレジェディアだ。レジェディアは静かに、目の前のテーブルを見下ろしていた。人の姿になっているイリスと、そしてその眷属であるフィアが座っている。
イリスから招待されて、喜び勇んで来たのがつい先ほど。あまりの嬉しさに咆哮を上げて、全世界の魔獣たちを怯えさせてしまったが、まあよくあることだ。気にしてはいけない。
久しぶりに親子のスキンシップができると思っていたのだが、来てみればイリスは人の姿をやめようとはしないし、それどころかレジェディアに人の姿を取れと言う。あまりにも不遜な言葉だ。これがディアボロなどといった魔獣なら即座に殺していたものを。
無言で拒否を示すレジェディアと、無言で促すイリスの見つめ合い。睨み合いではない。少なくともレジェディアは、イリスを睨み付けるようなことはしない。しかしここはそろそろ、父の威厳を示してがつんと言うべきか。
「お父さんを嫌いになりそう」
「よし分かった少し待て」
即座に掌を返した。イリスに嫌われるぐらいならドラゴンとしてのプライドなんて世界の彼方に捨ててこよう。
目を閉じ、意識を集中させる。光がレジェディアを包み、そして小さくなっていく。光が消えると、目線の高さがかなり低くなっていた。
「おー……」
イリスが尊敬の眼差しを向けてくる。少し得意になっていると、イリスがレジェディアの周りを回り始めた。どうやらレジェディアの人間の姿を見ているらしい。
レジェディアの変身した姿は、オールバックの白銀の髪に筋骨たくましい体つきをしている。年は中年程度に見えるはずだ。イリスの姿を考慮して、親子で通じるように設定してみた。そう説明すると、イリスはほうほうと納得したように頷いた。
「お父さんかっこいい!」
「そ、そうか。ふふふ……」
娘に褒められると悪い気はしない。レジェディアは頬を緩めて、イリスに促されて椅子に座った。目の前のテーブルには、料理がある。イリスお気に入りのオムライスというものだ。とても美味しい、と聞いている。世界で一番とまで言うほどだ。
早く早く、と急かされて、レジェディアはスプーンを手に取り、オムライスを食べてみる。なるほど、確かに美味しい。素直にそう思える。だが、
「そこまで夢中になるほどか……?」
レジェディアがそう小さくつぶやいた瞬間、
「は?」
イリスから濃密な殺気が放たれてきた。レジェディアはすぐに察する。あ、逆鱗だこれ。
「い、いや! 実に美味しい料理だ! うん! 世界で一番美味しいとも!」
「だよね!」
にっこりと満面の笑顔。レジェディアだけでなく、隅で様子を見守っていたディアボロとケルベロスも安堵のため息をついた。
どうやらイリスにとって、何かしら思い入れのある料理なのだろう。そう判断して、レジェディアは食べ進める。美味しいことは確かなので、すぐに食べ終わった。
父に認められて嬉しかったのか、鼻歌を歌いながら後片付けを始めるイリス。その姿を眺めながら、それにしても、とテーブルにつくもう一人を見る。
イリスの眷属、フィア。先ほどの殺気の中、顔色一つ変えていなかった。平然と受け流してオムライスを食べ進めていた。オムライスに夢中だったのか、それとも。
そこまで考えて、レジェディアは自嘲気味に笑った。考えすぎだな、と。
ともかく、こうして様子を見ている限りでは、イリスは良い影響を受けているようだ。このまま、成長してほしいと思う。
そう。成長、してほしいのだ。
イリスは気が付いているだろうか。自分がどれだけな特異な存在なのかを。
ドラゴンに寿命というものは存在しない。死による個体数の減少も確認されておらず、もしもあったとしても、それはすぐに補充されることになる。つまりは、生物でいうところの生殖が必要のない存在だ。
その中にあって、唯一父を持つドラゴンの子供が、イリスだ。
当然ながら偶然生まれた存在ではなく、世界の意志により生まれた、彼女の希望の子だ。世界の意志にではあるが、しっかりと望まれて生まれてきた子だ。そして、今ではレジェディアにとっても、かわいい愛娘だ。
イリスのためにも、そして彼女のためにも。このまま、成長してほしい。イリスを眺めながら、レジェディアはそんなことを思っていた。
その後、レジェディアは上機嫌のイリスに見送られて、浮島に戻っていった。
後日、フィアが訓練と称してイリスから毎日のように本気の殺気を叩きつけられていると聞いた時は、自分の娘の正気を半ば以上本気で疑ったのは言うまでもない。
・・・・・
レジェディアが帰った後、さてとイリスはフィアに声をかける。練習の成果を見せてもらおう、と。フィアは頷くと立ち上がり、
「へんしーん!」
大声で、気の抜けるような声を発した。間違い無くイリスの影響の気がする。
フィアの体を光が包み、そして消える。いつものフィアの姿。ただし、特徴的な翼は消え失せていた。成功のようだ。
「これで私も一緒に行ける?」
フィアの問いに、イリスは笑顔で頷いた。
「もちろん。じゃあ、行こっか」
そう言って、イリスが向かう先は黒い穴。日本に続くものだ。留守をよろしく、とディアボロとケルベロスに叫んで、黒い穴へとフィアと共に入っていった。
今回、日本に行く際に、フィアをどうするかで悩むことになった。おそらく一ヶ月ほど滞在すると思ったためだ。そうなるとまた、フィアはここで一人きりとなってしまう。ディアボロなどは側にいるだろうが、きっと寂しいことだろう。
そう考えたイリスは、ハルカと相談した結果、フィアも連れて行くことにした。ただし翼は目立つので、その前に変身魔法を教え込んだ。無事に習得できたので、今日から日本だ。フィアにたくさん美味しいものを食べさせてあげたいものだ。
いつもの小さい社から新橋家の神社に向かう。休憩所に顔を出すと、見知った男の顔があった。
「…………。何してるの?」
「んあ? ……うお!?」
そこにいたのは、横になって堂々と寛ぐ神主である秀明だ。秀明はイリスの顔を見て、すっかり顔を青ざめさせている。なるほど、さぼりか。
「のぞむー! おじさんがさぼってるよー!」
「おいばかやめてくださいお願いします!」
その後、駆けつけた望により特大の雷が落ちた。イリスは報酬として、望からお煎餅をもらった。美味しかった、とだけ言っておく。
壁|w・)ちょっと短め。ごめんなさい。
イリスについては、少しずつ明かしていこうと思います。
まだまだ先のことでしょうし、そんな設定よりも美味しい食べ物が大切なのです。