閑話
ギルドの冒険者視点です。
最近、ある二人組の冒険者がよく話題に上るようになった。その二人が登録に来た時は俺もいたので、どんな二人かは知っている。知っているからこそ、噂と結びつかなくて少し困っている。
噂の二人は、女の子の二人組だ。一人はローブ姿で顔を見たことはないが、声から判断すると十代の中頃だろうか。本人曰くそれなりの治癒士らしく、本当にそうなら貴族のお抱えを拒む珍しい治癒士だ。
もう一人はまだ幼い女の子で、こちらは天族という珍しい種族だ。ローブの方を姉と慕い、よく二人で行動している。
この二人が有名になったきっかけは、この幼い女の子、フィアの誘拐騒ぎの時だ。俺はその場にいなかったが、ケビンが走り回って探していたことは聞いた。他にも何人か協力していた冒険者がいたそうだ。
結果としては、無事に助けられて、後日二人一緒にギルドに顔を出している。ただその時から、ある噂が広まり始めていた。
曰く、誘拐犯のグループからたった一人でフィアを救い出した。
曰く、救い出したどころかたった一人で壊滅に追い込んだ。
曰く、追い込むどころかたった一人で全員の心を叩き壊した。
それを聞いた時はさすがに嘘だろうと思っていたが、ケビンに聞いたところ、答えは得られなかったが目を逸らされた。それが、何よりの答えだ。どうやらローブ姿の方、イリスは治癒士でありながらとても腕が立つらしい。
フィアの方も、後日注目されることになった。なにせ、次に姿を現した時は、大きな犬のような魔獣の背に乗っていたのだから。使い魔、とのことらしいが、正直疑ってしまう。
使い魔というのは、契約者が契約したい魔獣を打ち負かし、屈服させて、主従の契約を結ぶことで使役される魔獣のことだ。つまりフィアはあの魔獣を倒したということだが、それはあり得ないだろうと思ってしまう。ではイリスかとも思うが、さすがに魔獣を倒せるほどではないだろう。
だが実際にその魔獣はフィアに付き従っている。常にフィアを背に乗せ、街を練り歩く。数日でその姿は有名になり、この街では知らない者はいなくなってしまった。
で、そのフィアだが、今は俺の隣にいる。
「よろしくお願いします」
フィアと、そしてそれの動きに合わせて魔獣も頭を下げてくる。
今日はこのフィアからの依頼で、この周辺でごく稀に見かけることのある魔獣を狩りに行くことになっている。この大陸一美味しい肉とも言われている魔獣だが、見かけることすら稀なのでなかなか捕まえることはできない。捕まえることができれば、数年は遊んで暮らせるほどの金が手に入る。
だがフィアの目的は売り払うことではなく、食べることだそうだ。もったいないとは思うが、そういう依頼なのだから俺が口を挟むことでもないだろう。
俺はこの魔獣を何度も見つけ出している。何度も、というが一年に一度だけだが、それでも儲けはかなりのものだ。この魔獣しか狩らないせいで、登録から二十年も経っているのに未だCランクなのが困ったところだ。まあ不便はしないからいいのだが。
俺が狩ってこようかと聞きもしたが、どうやらフィアは自分で捕まえたいらしい。珍しいことだが、きっと大好きなお姉ちゃんに食べさせてあげたいとか、そういったところだろう。微笑ましいことだ。
「探し方は教えられないぞ」
「うん。それでいいよ」
時間をかけて、ようやく形にした狩猟方法だ。おいそれと教えることはできない。教える相手は、きっと今後もいないだろう。子供ができれば、話は別だが。
そんなわけで、俺はフィアと共に街の外に出る。ぶらぶらと、平原を歩いて行く。目的の魔獣は足跡を残すようなことはしてくれないため、微かな手がかりを見つけ出すことが重要だ。
さて、本腰入れて探すとしよう。
微かな手がかりを見つけ、そこからさらに手がかりを追っていき、そうしてようやく目的の魔獣、小さなウサギの姿をしたファトムラビを見つけることができた。真っ白な姿でとても可愛らしいが、その脚力は他の追随を許さない。逃げに徹すれば一瞬で姿を消すし、攻撃に転じれば大岩すらも粉々に砕く。捕まえるためには不意打ちしかないのだが。
「ちっ。これはだめだな」
目の前のファトムラビはその足から血を流しており、さらにゴブリンの集団に囲まれていた。とてもではないが、捕まえることはできそうにない。ゴブリンを倒してもすぐに逃げられるだろうし、それ以前にあの集団は危険すぎる。
ゴブリンは弱い魔獣として有名だが、集団になった時の危険度は計り知れない。Bランクですら真正面からの戦いを避けるだろう。狡猾にして残虐。何をされるか分かったものではない。
「悪いがあれはだめだ。別のやつを探そう」
俺がフィアにそう言うと、しかしフィアは首を振った。
「大丈夫だよ。ね、ディアボロさん」
ディアボロと呼ばれた魔獣がゆらりと立ち上がる。いや、いくらなんでも、ほとんど犬の魔獣がゴブリンの集団を相手に何かできるとは……。
そう思った直後、ディアボロが口を開けて、魔力が集まり始めた。あまりにも強大な魔力に思考が停止してしまう。何が起こっているのか想像もできない。その魔力は炎へと変じて、そしてディアボロはその炎をゴブリンの集団へと吐き出した。
爆発。炎上。炎に包まれるゴブリンたち。ゴブリンの悲鳴が響き渡る。阿鼻叫喚。いや、さすがにちょっと、これは……。それより少し待ってほしい。このディアボロ、本当にフィアの使い魔か? 下手をすればAランクのケビンすら太刀打ちできないほどに強いんじゃないか?
はっと我に返った時には、すでに炎は消えて、ゴブリンは灰も残っていなかった。さすがに、ゴブリンに同情しそうになってしまう。きっと訳も分からず死んでいったことだろう。
ただ、この威力だと、ファトムラビすら殺してしまっていそうだが……。
そう思っていたのだが、不思議なことに草木は一切燃えておらず、ファトムラビも無事だった。きょとんと、不思議そうに固まっているのがおもしろい。そしてかわいい。いつもこれを殺すのが苦痛だ。だが、生きるためには必要なことだ。
「すげえな……。よし、それじゃあ捕まえるか」
俺がそう言うと、しかしフィアは首を振った。
「ちょっと待って」
「ん? どうした?」
「うん。ディアボロさん、お願い」
ディアボロがゆっくりと前に出る。いや、逃げられると思うんだが。しかし予想に反して、ファトムラビはじっと近づかれるのを待っていた。二匹は見つめ合うと、小さく口を動かしているようだ。まさか、会話しているのか?
やがて、ディアボロがファトムラビを背中に乗せて戻ってきた。まさかこんな、穏便に捕まえてくるとは思わなかった。
フィアはディアボロからファトムラビを受け取ると、易しく撫で始めた。ファトムラビが気持ちよさそうに目を細めている。これはなかなか、いい組み合わせだ。うん。かわいいじゃないか。子ウサギを撫でる少女。絵になるな。子ウサギの方は正真正銘の魔獣だが。
「そいつ、どうするんだ? 飼うのか?」
「うん。その予定」
「はは。なるほどな。そりゃ確かに、肉を買うわけにはいかないな」
この依頼はケビンを仲介している。ケビンの紹介ということで割安で引き受けたが、それでもかなりの金額だ。なにせ売ればいい値のするファトムラビを捕まえに行くのだから、そのファトムラビより安いわけがない。
正直、肉を買った方が早いだろうと思ったのだが、飼うことが目的なら話は別だ。飼いたい思うやつがいるとは思わなかったが。……いや、待て、食べることが目的だと言ってなかったか? まあ、気が変わったのならそれでもいいのだが。
「それじゃあ、帰りましょう!」
嬉しそうにしながら、街へと向かうフィア。俺はその後に続きながら、ふと、邪念がよぎった。このままフィアを力尽くで説得して、ファトムラビをうっぱらえば丸儲けじゃ……。
頭の片隅でそう思ってしまった瞬間、俺はディアボロに押し倒されていた。
「は、え……?」
「人間」
ディアボロが、口を開いた。間違い無く、人間の言葉だった。
「フィアに手を出せば、殺す。お前だけではない。お前の家族、友人、知人、全て皆殺しにしてくれる。……理解は、できたか?」
俺は、頷くことしかできなかった。とてもではないが、分からないなんて口が裂けても言えない。ディアボロはよしと頷くと、フィアの方へと走っていく。心臓が暴れ回っている。なかなか、治まらない。
なんてものを従えてやがる。人間の言葉を解するってことは、間違い無く上位の魔獣だ。あの伝説のケルベロスのような、規格外の魔獣ということだ。
俺は、どうやら、あの二人組をまだ甘く見過ぎていたらしい。
俺はよろよろと立ち上がると、フィアたちを追った。もう力尽くでなんて言葉は、かけらも思い浮かびはしなかった。
その依頼の後、俺は度々フィアに話しかけられるようになった。あのファトムラビを見せてくれる。どうやらフィアは俺がかわいいものが好きだと思っているらしい。否定はしない。だが正直なところ、やめてほしい。今後、狩ることが難しくなる。いや本当に、情が移るからやめてくれ……。
壁|w・)たくさんブクマが増えたよ! ポイントが増えたよ!
ありがとうございます、とても嬉しいのですよー!
嬉しくなったからさくっと閑話を投下しておきます!
もちろん、明日もいつも通り更新しますよー。
このウサギさん、とある交渉の結果、フィアのペットになりました。
実は食べるという目的もあながち間違っていなかったり……。
その辺りは、いずれ本編にて。
幻のウサギ→ファントムラビット→ファトムラビ
安直だー!




