21
思わず真顔でイリスが言うと、ケイティが不愉快そうに顔をしかめた。ごめん、と謝ると、ケイティは仕方なさそうに肩をすくめた。
「まあいっつもこれやったからな。その反応で当たり前やと思うし、望むところや。……ちょっと、思うところはあるけどな」
「あはは……」
と、そこまで話したところで、イリスの服をフィアが引っ張ってきた。どうしたのかと、隣に座るフィアを見る。フィアの視線はじっとオムライスに注がれている。そう言えば、食べていいとは言っていない。
「ああ、そうだね。これ、良ければ食べてみてよ。私が大好きな料理なの」
「すごい。ドラゴンの、料理。人族でも、食べられる、の?」
「うん。それはもちろん」
異世界の人間の料理なのだから、当然食べられる。それを説明するつもりはないが。
そしてオムライスを食べたケビンたちの反応は、三者三様だった。
ケビンとカトレアは警戒しつつ一口食べて、その次に大きく目を見開き、そしてすごい勢いで食べている。どうやら気に入ってくれたらしく、イリスとしては嬉しい限りだ。
ケイティとクレイも最初は同じ反応だったのだが、こちらは味を楽しむというよりも調べているといった様子で食べている。自分たちで作れないか考えているのかもしれない。聞いてくれたら作り方ぐらい教えるのだが。もっとも、教えるのはイリスになるので今のようには作れないだろうが。
クレモアという貴族は、一口目からずっと同じ様子で食べている。しかし心なしか、一口目よりも食べるペースは早いので美味しいとは思ってくれているようだ。
様子を見ているイリスとフィアも、当然スプーンを動かしている。オムライスはやはり至高である。異論は言ってもいいが認めない。
やがて全員が食べ終えたところで、ケイティが言った。
「イリス。作り方教えて。金貨一枚でどうや」
「いいよ。あとでレシピを作ってあげる」
「よっしゃあ!」
全身で喜びを表現するケイティ。他四人はそのケイティを苦笑と共に見ている。
「さて、それじゃあ話をするか、イリス」
ケビンがそう言うと、他四人が姿勢を正した。中央に座るのはクレモアだが、仕切るのはケビンらしい。イリスはケビンを見て、先を促す。
「まず、俺たちをここに呼んだ目的はなんだ?」
「へ? んー……。人を呼ぶってやってみたかったのと、聞きたいこととかあるんじゃないかなって呼んだんだよ。怒っているとかそんなのはないから」
これはハルカに言われたことだが、あの呼び方ではイリスがフィアの件で怒っているんじゃないかと思われているかもしれないとのことだった。確かに怒ってはいるが、それはあの男たちに対してであり、ケビンたちは関係のないことだ。それに、知らない土地でフィアを一人にしたイリスの責任もある。
イリスの言葉に、ケビンたちは明らかに安堵の色を浮かべた。どうやらハルカの予想通りだったらしい。
「ではこちらから一つ聞いてもいいかな?」
クレモアが聞いて、イリスが頷く。
「いいよ」
「街に来た目的を聞いてもいいかな? 何か、あるんだろう?」
目的と聞かれても、イリスの目的は美味しい食べ物と、あとは人間の生活を見てみたいというちょっとした興味だ。それ以上も以下もない。
イリスがそう説明すると、クレモアはなおも怪訝そうに眉をひそめて、
「本当に?」
「うん。一応言っておくけど、人族を監視するとか、そんなことはないからね。お父さんに何か聞かれたら答えたり調べたりはするかもしれないけど、その程度だよ」
そうか、とクレモアはゆっくりと息を吐いた。一気に緊張を解いたような、そんな気配がする。良くも悪くも、イリスの想像以上にドラゴンという立場は影響力があるようだ。今後は、もう少し慎重に行動しよう。
ただ、今回のことでイリスは別に後悔していることはない。フィアが危ない目にあったのだから、助けるのは当然だ。もしもまた同じことがあれば、次は我慢がきかないかもしれない。
念のためそれを言ってくと、全員の顔が引きつった。意味が分からない。
その後の話し合いでは、フィアの件での謝罪の他、今後は様々なことで便宜を図ってくれることになった。そんなものは必要なかったのだが、どうしてもと言って相手も譲らなかった。ハルカ曰く、安心を買いたいんだと思う、とのことだ。よく分からない。
もらえるものはもらっておけ、ということで、有り難く受け取ることにした。物ではなかったが。
まず一つ。今後、イリスが領主の館を訪ねれば、最優先で対応してくれるそうだ。だから問題が起こったら先に頼ってくれと言われた。これはつまり、今回みたいに先走らないでほしいということだろう。
「まあ、善処する」
「はは……。お願いしておくよ」
次に、冒険者としてのランクをSまで引き上げてくれるそうだ。全ての依頼を無条件で受けることができ、また逆に断ることもできる。他、Sランクなら様々な施設で便宜を図ってくれるとのことだ。
「Sランクなんてあったの?」
「ギルドでの説明にはないけどな。特別な立場の人か、もしくは人外と思えるほど戦闘能力が高い者に与えられる、特殊なランクだ。イリスの場合は両方当てはまるな。ははは。笑えねえ」
笑いながら教えてくれるケビン。笑ってるじゃない、とは言わないでおこう。なんだか疲れているように見えるし。
最後に、もし金が必要になったら、限度はあるが用意してくれるとのことだ。これは素直に有り難い。ポーションで足りなくなったらお願いしてもいいだろう。
「最終手段として私の鱗を売ろうと思ってたんだけどね」
「やめてくれ頼むから」
全員から止められてしまった。意味が分からない。自分の鱗はそれなりに綺麗だと思っていたのだが、人間にはお気に召さないらしい。
――そういう問題じゃないから。
ハルカが呆れているが、ではどういうことなのか。疑問に思うが、ハルカは気にしなくていいよと教えてくれなかった。
「あー……。では、そうですね。では、その、一枚だけ、誰にも言わないので、一枚だけ、頂いても……?」
突然クレモアがそう言い出した。イリスがちょっと落ち込んでいるのに気づいたのかもしれない。ぱっとイリスが顔を輝かせると、クレモアはほっとため息をついた。
とりあえず尻尾を出す。にゅるんと。目の前の五人、どころかフィアまで大きく体を仰け反らせているが、ちょっと失礼ではないだろうか。その尻尾からぺりっと一枚、鱗を取る。少し痛いが、その程度だ。またすぐに元に戻るし、痛みも人間で言うところの毛を抜いた程度の痛みのはずだ。
「はい、どうぞ」
尻尾からはぎ取った鱗を差し出す。尻尾だけは本来のサイズで出したので、それなりに大きい鱗だ。人では抱えなければ持てないだろう。クレモアはそれを震えた手で受け取った。重いせいか、周囲の人が慌てて支えたが。
「これは……、素晴らしい……。家宝にさせていただきます!」
そんな大げさな。イリスはそう思ったのだが、なんだかクレモアは本当に感動しているようだ。どうにもむずがゆく思ってしまう。そんなにいいものではないと思うのだが。
「あ、私からお願いしてもいいかな?」
「何なりと」
クレモアの対応がすごく丁寧になったような気がする。不思議に思いながらも、言う。
「今後、フィアの護衛代わりにディアボロを同行させようと思ってるんだけどね。いいかな?」
「それは……」
クレモアが返答に窮している。それも当然だろう。人間たちにとっては、ケルベロスですら驚異となるそうだ。それよりも強いディアボロが街に居座るとなれば、分かりましたと頷くことは難しいと思う。
だがそれは、今更ではないだろうか。
「私が言うのもなんだけど」
「はい」
「フィアに何かあって私が怒って暴走するより、ディアボロが冷静に対処する方が被害が少なくなると思わない?」
あの時、ハルカが止めていなければ、恐らくあの建物どころかその周辺は焼け野原になっていただろう。その程度には、我を忘れそうになっていた。
「分かりました。イリス様の使い魔ということで、私の方から連絡しておきましょう」
「うん。よろしく」
これでフィアは安全だ。ディアボロも変身魔法は使えると思うので、誰かと遊ぶ時は子犬の姿にでもなってもらえばいい。使えないのなら、使えるようになってもらおう。あの程度の魔法、一日あれば覚えられるはずだ。
その後は少しの雑談の後、解散という流れになった。真面目な話が多かったが、また街で会うこともあるはずなので別にいいだろう。
彼らの帰り際、また来てねと言えば、笑顔で頷いてくれた。きっと来てくれることだろう。その時までに、料理の数を増やしたい。
がんばれハルカ。
――人任せ!? いや、いいけど。それぐらいがんばるけどね。
さすがはハルカだ。頼りになる。すごい。かっこいい。ぶ、ぶらぼー?
――ねえ、イリス。イリスは私を褒めればほいほいやっちゃう子だとか思ってない?
――え? 違うの?
――そんなこと……。…………。ちくしょう、否定できない! いや、やるけどさ!
料理方面はハルカに任せるつもりなので、是非とも頑張ってほしい。頼りにしているのは、本当なのだから。
――う、うん……。がんばる……。
さて、冒険者登録もできて、それなりに多くの人と知り合うことができた。その上、イリスが活動しやすいように整えてくれることになっている。ここまですれば、一先ずは十分だろう。
もうしばらくあの街で食べ歩きをした後は、またちょっと出かけることにしよう。
――次の目的は?
――んー……。オムライスもいいけど、たまには他の料理も食べたいんだよね。何かお勧めはある?
――お勧めかあ……。ハンバーグ、かな?
――よしじゃあハンバーグのために日本に行こう!
――相変わらずくだらない理由だね! そんなイリスが大好きです!
くだらないとは失礼な。美味しい食べ物は何よりも尊いものだ。お父さんとかよりずっと尊いのだ。
――やめたげて! お父さんが再起不能になるから!
――例えだよ例え。お父さんも大好きだよ? フィアの方が大好きだけど。
――お父さんの嫉妬が今から見えるよ……!
眷属は特別なのだ。きっとそうだ。
とにかく、次はハンバーグだ。ハンバーグに行こう。今から楽しみだ。
――ハンバーグに行こうって何……。いや、もういいけどね……。
ハルカの嘆きを、イリスは笑って誤魔化した。せっかくだし、フィアも連れて行こうかな。そんなことを考えながら。
壁|w・)第三話終了、なのです。
次は閑話を挟んでから第四話、再び日本へ行きます。
あ、違った。ハンバーグへ行きます。
ちなみに二回目になるので省きましたが、帰りもケビンが「てんいー」しました。
イリスが腹を抱えて笑い転げたという裏話。
消える間際に、本当は転移って言うだけでいいよ、とネタ晴らしして後悔に叩き落としたかもしれない。
壁|w・)節目だし、たまには、いいよね……?
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あと『取り憑かれた~』からいらっしゃった方、こんな話でごめんなさい、です。