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胸を張る相棒がかわいい。ケビンが頬を緩めていると、ケイティがこちらの会話に興味を覚えたのか話に入ってきた。
「魔力のコントロールというのは、どういったことを教えたのですか?」
「うん。使う魔法を、弱くしたかった、らしい。理由は、分からないけど」
「………まさか……」
ケイティが視線を少し下、隣を歩くディアボロへ。正確に言えば、その背のフィアへ。フィアもこちらの会話が聞こえていたのだろう、顔をこちらへ向けると、
「弱いポーションを作る練習だったよ。そのままじゃ効果が高すぎるからって」
「ああ、やっぱり……。ということは、もっと良いポーションが作れるのですか?」
「うん。欠損しても治せるって。あと、ケイティさん、その話し方、気持ち悪いよ?」
「ほっとけや」
ケイティの目が細められ、フィアがびくりと体を震わせる。まるで怯えたかのように。まさかそこまでの反応があるとは思わずに謝ろうとしたところで。
濃密な殺気がケイティを包んだ。
「ひっ……」
見れば、ディアボロがこちらを睨み付けており、ケルベロスもこちらへと意識を向けている。どうやらフィアが怯えたことが原因らしい。あの程度で怯えるとは思わなかったが、原因は間違い無くケイティだろう。
「ケイティ。忘れちゃだめだよ。あの子は多分、今はまだ人の感情に敏感だから」
「あ……」
クレイに指摘されたことで、ようやくケイティも気が付いたようだ。ただケイティの気持ちも分からなくはない。何か悲壮感のようなものがあればともかく、今の怯えがなければフィアは本当に普段通りだ。
そう、見た目は普段通りなのだ。あの痛々しかった翼も、今ではとても綺麗で、柔らかさを取り戻している。おそらくはイリスの治癒なのだろう。並の治癒士ではできないはずだ。
その後もしばらくケルベロスの背で揺られ続け、やがてたどり着いた行き止まりには、小さな青い玉が浮かんでいた。見覚えのある玉だ。確か、そう。ケビンがイリスから渡された転移魔法の玉と同じものに見える。
「多分、同じもの、だね。思い出して、ケビン。ここは、イリスが住んでいる山への、近道」
「ああ、なるほどな……。近道ってそういうことか」
確かにこれなら距離などあってないようなものだろう。本当に便利な魔法だ。人間でも使えるようになれればいいのだが、そうなると魔族との戦争が本格化するだろう。この島を挟む必要がなくなるのだから。
ディアボロが青い玉に触れて姿を消して、次にケルベロスが触れる。またあの一瞬の浮遊感の直後、周囲の景色がわずかに変わった。変わった、といっても同じ洞窟内だ。少し雰囲気が違うといった程度だ。ただ、洞窟の出口がなくなり、上に続く階段が現れていた。
「案内はここまでだ。階段を上れば、姫様が住まう場所となる。失礼のないようにな」
ケルベロスから下りたケビンたちは階段へと向かう。ディアボロたちはそんなケビンたちを黙って見ていた。監視、なのだろうか。
「あ、そや。ちょっと気になったんやけど」
不意にケイティが声を上げる。クレモアが眉をひそめたが、今回は何も言わなかった。どうやら口調を取り繕う方が不興を買うかもしれないと、フィアの反応から考えたらしい。
「なんでイリスのことを姫様って呼んでるん?」
そう言えば、と思い出す。村の人も、イリスのことは姫様と呼んでいた、と。ディアボロは何でも無いことのように、淡々と答えた。
「龍王レジェディアの娘だからだ」
「ああ、そっか、それなら納得や! ……え?」
「姫様がお待ちだ。早く行け」
ディアボロに促されて、ケビンたちは階段を上る。頭の中で繰り返されるのはディアボロの言葉。龍王の娘。ドラゴンの頂点の、その娘。
「なるほど、つまりこの会談、下手をすればドラゴンとの全面戦争か」
クレモアの呟きに、全員が顔を青くしたのは言うまでもない。
正直なところ、聞きたくなかった。
・・・・・
階段を昇ってきた姿を見て、イリスはお、と短く声を上げた。準備もたった今終えたところだ。何とか間に合ったらしい。とてもがんばった。
――がんばったのは私じゃないですかねえ!?
――うん。ハルカはすごいがんばった。ありがとう。
――あ、うん……。もっとほめろ。
――ハルカすごい! かっこいい! えらい!
――えへへ……。
日本で聞いた。ハルカのことを何と言ったか。……そうだ。ちょろいだ。
――おい。
ハルカの声を聞き流し、イリスは少し後ろへと振り返る。そこに用意されていたのは、日本で買ってきた大きなテーブルだ。望に無理を言って用意してもらった。お金は望に立て替えて貰っている。望から言われたことは、異世界の装飾品でも買ってきてくれ、とのことだった。ねっとおーくしょんで売るらしい。ねっとおーくしょんって何だろう。美味しそうな響きだ。
――食べ物じゃないよ。
望との会話を思い出していると、ハルカに呆れられてしまった。残念だ。響きはとても美味しそうなのに。
――でも美味しいものを買えるよ。
なんだやっぱり美味しいものじゃないか! 素晴らしい! ねっとおーくしょん、食べたい!
――あ、うん……。説明が大変そうだ……。
さて、そのテーブルの上にはオムライスが並べられている。ケビンたちが五人で転移してきたことは気配で察していたので、ハルカにお願いして大急ぎで作ってもらった。イリスは何もしていない。ただオムライス食べたいなと思っていただけだ。
やがてケビンたちがこちらへと歩いてくる。何故か全員が妙に緊張しているようだが、何かあっただろうか。
「いらっしゃい。……どうしてそんなに緊張してるの? ディアボロかケルベロスに何か言われた? もしそうならちょっと物理的に怒ってくるけど」
「物理的ってなんやねん! いや、説明はいらん! なんもない! なんもないからな!」
「んー? そう? それならいっか。何かあったら遠慮なく言ってね。ではでは、どうぞ」
イリスが座るように促すと、五人は顔を見合わせてから椅子に座り始めた。
用意してもらったテーブルは長方形のものだ。五人が並んで座る程度には大きさがある。ケビンたちには並んで座ってもらった。理由は単純に、全員の顔を見えるようにしておきたいから。彼らに対してはそれなりに親しみを覚えているが、だからといって全て信用しているわけではない。
何よりも、見知らぬ男が一人いる。
イリスは五人の中央に座る男を見る。こちらを油断なく見据える男は、どこかケイティの面影があるように思える。もしかしたら親子というものかもしれない。
イリスに見られていることに気が付いたのか、その男が立ち上がって頭を下げた。
「お初にお目にかかります、ドラゴンの姫君。私は……」
「待って」
イリスが止めると、男は怪訝そうに眉をひそめた。しかしイリスはそれどころではない。今、聞き逃せない単語があった。
なんだドラゴンの姫君って。いや間違いはないけど、誰から聞いた。
「ディアボロって魔獣から、龍王の娘だと聞いたぞ」
不思議に思っているとケビンが教えてくれた。なるほど、なるほど。
あとで怒る。
その瞬間、ディアボロが寒気で震え上がったそうだが、イリスには関係のないことだ。
「うん。まあいいか……。私、人の社会の堅苦しい挨拶って分からないから、適当でいいよ。私も適当にするから。で、だれ?」
「そうかい? それじゃあ、改めて。領主のクレモアだ。辺境伯だよ」
「えっと……。貴族っていうのかな? よく知らないけど、偉い人だよね。どうしてここに?」
「娘が世話になってるから、挨拶をと思ってね。急に訪ねるのは失礼だとは分かっていたけど……」
「ん。別にいいよ。それよりも、ケイティって貴族だったんだね。……見えない……けど……」
改めてケイティを見る。ケイティは薄く苦笑を浮かべていた。どうやら自覚はあるらしい。そのケイティが言う。
「自由にやらせてもらう代わりに、関係性が分からんようにするって約束やからな。口調も行動も、貴族らしからぬものにしてるんよ」
「へえ。じゃあ貴族らしくもできるの?」
「もちろんですわ、お嬢様」
「気持ち悪い」
「おい」