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龍姫イリスの異界現代ぶらり旅  作者: 龍翠
第三話 異界:初めての街と冒険者
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20

 胸を張る相棒がかわいい。ケビンが頬を緩めていると、ケイティがこちらの会話に興味を覚えたのか話に入ってきた。


「魔力のコントロールというのは、どういったことを教えたのですか?」

「うん。使う魔法を、弱くしたかった、らしい。理由は、分からないけど」

「………まさか……」


 ケイティが視線を少し下、隣を歩くディアボロへ。正確に言えば、その背のフィアへ。フィアもこちらの会話が聞こえていたのだろう、顔をこちらへ向けると、


「弱いポーションを作る練習だったよ。そのままじゃ効果が高すぎるからって」

「ああ、やっぱり……。ということは、もっと良いポーションが作れるのですか?」

「うん。欠損しても治せるって。あと、ケイティさん、その話し方、気持ち悪いよ?」

「ほっとけや」


 ケイティの目が細められ、フィアがびくりと体を震わせる。まるで怯えたかのように。まさかそこまでの反応があるとは思わずに謝ろうとしたところで。

 濃密な殺気がケイティを包んだ。


「ひっ……」


 見れば、ディアボロがこちらを睨み付けており、ケルベロスもこちらへと意識を向けている。どうやらフィアが怯えたことが原因らしい。あの程度で怯えるとは思わなかったが、原因は間違い無くケイティだろう。


「ケイティ。忘れちゃだめだよ。あの子は多分、今はまだ人の感情に敏感だから」

「あ……」


 クレイに指摘されたことで、ようやくケイティも気が付いたようだ。ただケイティの気持ちも分からなくはない。何か悲壮感のようなものがあればともかく、今の怯えがなければフィアは本当に普段通りだ。

 そう、見た目は普段通りなのだ。あの痛々しかった翼も、今ではとても綺麗で、柔らかさを取り戻している。おそらくはイリスの治癒なのだろう。並の治癒士ではできないはずだ。


 その後もしばらくケルベロスの背で揺られ続け、やがてたどり着いた行き止まりには、小さな青い玉が浮かんでいた。見覚えのある玉だ。確か、そう。ケビンがイリスから渡された転移魔法の玉と同じものに見える。


「多分、同じもの、だね。思い出して、ケビン。ここは、イリスが住んでいる山への、近道」

「ああ、なるほどな……。近道ってそういうことか」


 確かにこれなら距離などあってないようなものだろう。本当に便利な魔法だ。人間でも使えるようになれればいいのだが、そうなると魔族との戦争が本格化するだろう。この島を挟む必要がなくなるのだから。

 ディアボロが青い玉に触れて姿を消して、次にケルベロスが触れる。またあの一瞬の浮遊感の直後、周囲の景色がわずかに変わった。変わった、といっても同じ洞窟内だ。少し雰囲気が違うといった程度だ。ただ、洞窟の出口がなくなり、上に続く階段が現れていた。


「案内はここまでだ。階段を上れば、姫様が住まう場所となる。失礼のないようにな」


 ケルベロスから下りたケビンたちは階段へと向かう。ディアボロたちはそんなケビンたちを黙って見ていた。監視、なのだろうか。


「あ、そや。ちょっと気になったんやけど」


 不意にケイティが声を上げる。クレモアが眉をひそめたが、今回は何も言わなかった。どうやら口調を取り繕う方が不興を買うかもしれないと、フィアの反応から考えたらしい。


「なんでイリスのことを姫様って呼んでるん?」


 そう言えば、と思い出す。村の人も、イリスのことは姫様と呼んでいた、と。ディアボロは何でも無いことのように、淡々と答えた。


「龍王レジェディアの娘だからだ」

「ああ、そっか、それなら納得や! ……え?」

「姫様がお待ちだ。早く行け」


 ディアボロに促されて、ケビンたちは階段を上る。頭の中で繰り返されるのはディアボロの言葉。龍王の娘。ドラゴンの頂点の、その娘。


「なるほど、つまりこの会談、下手をすればドラゴンとの全面戦争か」


 クレモアの呟きに、全員が顔を青くしたのは言うまでもない。

 正直なところ、聞きたくなかった。


   ・・・・・


 階段を昇ってきた姿を見て、イリスはお、と短く声を上げた。準備もたった今終えたところだ。何とか間に合ったらしい。とてもがんばった。


 ――がんばったのは私じゃないですかねえ!?

 ――うん。ハルカはすごいがんばった。ありがとう。

 ――あ、うん……。もっとほめろ。

 ――ハルカすごい! かっこいい! えらい!

 ――えへへ……。


 日本で聞いた。ハルカのことを何と言ったか。……そうだ。ちょろいだ。


 ――おい。


 ハルカの声を聞き流し、イリスは少し後ろへと振り返る。そこに用意されていたのは、日本で買ってきた大きなテーブルだ。望に無理を言って用意してもらった。お金は望に立て替えて貰っている。望から言われたことは、異世界の装飾品でも買ってきてくれ、とのことだった。ねっとおーくしょんで売るらしい。ねっとおーくしょんって何だろう。美味しそうな響きだ。


 ――食べ物じゃないよ。


 望との会話を思い出していると、ハルカに呆れられてしまった。残念だ。響きはとても美味しそうなのに。


 ――でも美味しいものを買えるよ。


 なんだやっぱり美味しいものじゃないか! 素晴らしい! ねっとおーくしょん、食べたい!


 ――あ、うん……。説明が大変そうだ……。


 さて、そのテーブルの上にはオムライスが並べられている。ケビンたちが五人で転移してきたことは気配で察していたので、ハルカにお願いして大急ぎで作ってもらった。イリスは何もしていない。ただオムライス食べたいなと思っていただけだ。

 やがてケビンたちがこちらへと歩いてくる。何故か全員が妙に緊張しているようだが、何かあっただろうか。


「いらっしゃい。……どうしてそんなに緊張してるの? ディアボロかケルベロスに何か言われた? もしそうならちょっと物理的に怒ってくるけど」

「物理的ってなんやねん! いや、説明はいらん! なんもない! なんもないからな!」

「んー? そう? それならいっか。何かあったら遠慮なく言ってね。ではでは、どうぞ」


 イリスが座るように促すと、五人は顔を見合わせてから椅子に座り始めた。

 用意してもらったテーブルは長方形のものだ。五人が並んで座る程度には大きさがある。ケビンたちには並んで座ってもらった。理由は単純に、全員の顔を見えるようにしておきたいから。彼らに対してはそれなりに親しみを覚えているが、だからといって全て信用しているわけではない。

 何よりも、見知らぬ男が一人いる。


 イリスは五人の中央に座る男を見る。こちらを油断なく見据える男は、どこかケイティの面影があるように思える。もしかしたら親子というものかもしれない。

 イリスに見られていることに気が付いたのか、その男が立ち上がって頭を下げた。


「お初にお目にかかります、ドラゴンの姫君。私は……」

「待って」


 イリスが止めると、男は怪訝そうに眉をひそめた。しかしイリスはそれどころではない。今、聞き逃せない単語があった。

 なんだドラゴンの姫君って。いや間違いはないけど、誰から聞いた。


「ディアボロって魔獣から、龍王の娘だと聞いたぞ」


 不思議に思っているとケビンが教えてくれた。なるほど、なるほど。

 あとで怒る。

 その瞬間、ディアボロが寒気で震え上がったそうだが、イリスには関係のないことだ。


「うん。まあいいか……。私、人の社会の堅苦しい挨拶って分からないから、適当でいいよ。私も適当にするから。で、だれ?」


「そうかい? それじゃあ、改めて。領主のクレモアだ。辺境伯だよ」

「えっと……。貴族っていうのかな? よく知らないけど、偉い人だよね。どうしてここに?」

「娘が世話になってるから、挨拶をと思ってね。急に訪ねるのは失礼だとは分かっていたけど……」

「ん。別にいいよ。それよりも、ケイティって貴族だったんだね。……見えない……けど……」


 改めてケイティを見る。ケイティは薄く苦笑を浮かべていた。どうやら自覚はあるらしい。そのケイティが言う。


「自由にやらせてもらう代わりに、関係性が分からんようにするって約束やからな。口調も行動も、貴族らしからぬものにしてるんよ」


「へえ。じゃあ貴族らしくもできるの?」

「もちろんですわ、お嬢様」

「気持ち悪い」

「おい」


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