04
――勝手にあがっていくのが、なんというか、私が住んでいたところじゃ考えられない……。
――そうなの?
――間違い無く警察を呼ばれる。あ、警察っていうのは……。
「村長! いるかい!」
ハルカと言葉を交わしていると、二階に上がったクイナが叫んだ。そしてすぐに、
「目の前にいるだろうが!」
そんな男の怒鳴り声が返ってきた。
二階のすぐの部屋も、一階と同じように広い部屋だ。ただこちらは村長が仕事をするための部屋のようで、部屋の奥で村長と、あと数人の男が集まっていた。
「確認せずに叫ぶのをやめろ。で、何の用だ。お前の今日の仕事は北門の見張りだったはずだが?」
「ああ。で、こいつがきた」
クイナがイリスを前に出す。まさか何の紹介もなく前に出されるとは思っていなかったので、イリスは頭が真っ白になった。目の前の、強面の男たちを順番に見ると、全員から睨まれているのが分かる。頬が少し引きつってしまっているのが自分でも分かった。そっと下がってクイナの陰に隠れた。
「おい! 初対面の女の子を睨み付けるな男共! テメエらは自分の顔の怖さを自覚しろ!」
「す、すまん……」
気落ちしたように項垂れる男たち。クイナは次にイリスへと振り返ると、
「あんたもあんただ、イリス!」
「はい!」
「男共に睨まれたからってびびるな! 殺してしまえ!」
「は……、え?」
なんだかめちゃくちゃ言っているような気がするのは何故だろう。見れば、男たちは頭を抱えていた。なんだか、苦労しているようだ。よくよく考えれば、イリスに対する男たちの態度は何も間違っていないはずなのに。イリスは侵入者なのだから。
とりあえず叫んだことで満足したのか、クイナが男たちへと言う。
「報告の続きだけどさ。この子、山の方から来たんだよ。たった一人でね」
「ほう……。よく無事だったものだな」
そう応じたのは男たちの中で最も年配に見える男だ。白髪頭の初老の男なのだが、体つきはたくましい。おそらくはこの男が村長なのだろう。
「しかもこの子、治癒士。あたしの腕もこの通りさ」
そう言って、クイナが怪我をしていた腕を振り回してみせる。その様子に、男たちが瞠目した。まさか、信じられない、と口々に言っている。
「あの腕を治した、と……? 信じられん……」
――あ、これ、やっぱりやっちゃったパターンだ。
――えー……。納得いかない……。
――まあまあ。
内心でふて腐れるイリスに、ハルカは笑いを堪えるのに必死だ。自分の間違いを認めたくない、そんな子供っぽいところがあるらしい。
「イリス、だったな?」
突然名前を呼ばれて、イリスは我に返った。どうやら村長たちとクイナとで会話は続いていたらしい。村長が鋭い視線でこちらを睨み付けていた。
「単刀直入に聞くが、この村に何を望む。ここで何をしたい?」
――えっと、ハルカ、これは誤魔化した方がいいの?
――もういっそ正直に計画を話したら? ただしドラゴンってことは伏せて。
分かった、とイリスは頷き、村長へと向き直った。
「それでは、私の計画についてお話しします」
計画、と聞いて男たちが思わず身構えた。クイナですらわずかに眉を寄せて、少しだけ警戒しているようだ。ただしそれらの警戒は全て意味のないものになる。
「私は治癒魔法が使えます。その魔法でみんなの傷を治して、お金をもらいます」
「ん?」
「お金?」
男たちが首を傾げるのを見ながら、イリスは続ける。
「そのお金で、美味しいものが食べたいです。以上!」
なんて素晴らしい計画だろう。自分で説明しながら心の中で自画自賛してしまう。
対する男たちは、誰もが疲れたように肩を落としていた。クイナは笑い出しそうになるのを堪えているようだ。いまいちその反応の理由が分からない。
笑いの衝動が治まったのか、クイナが笑顔で聞いてきた。
「つまりはイリスは旅をしている治癒士で、行く先々でお金を稼いでそこの美味しいものを食べてるってことでいいんだね?」
「まあ、そんな感じ?」
正確にはこれからそうなる予定なのだが、間違ってはいないだろう。
「北の門から来たってことは、それなりに魔法は扱えるんだね? 少なくとも、自衛できる程度には」
「自衛程度なら大丈夫」
正確に言えば自衛どころかこの村程度一瞬で灰燼に帰すことができるが、間違ってはいないはずだ。
――例えが怖すぎるよ。
ハルカの苦笑いの言葉を聞き流し、クイナを見る。クイナはとても良い笑顔だ。獲物を見つけたような、そんな顔。少し怖い。
「ははは! いいじゃないか! 長、こいつの滞在を認めようよ! 不安ならあたしが監視役につくからさ!」
「むう……。しかしな……」
「それに、こいつの治癒の魔法はとても有り難いよ。あと何人か、怪我で狩りに行けないやつがいるだろ? 治してもらえるぞ」
男たちはそれでもまだしばらく考え込んでいた。時折、言葉を交わして意見を交換している。クイナはこれ以上はもう何も言うつもりはないようで、イリスの隣に戻ってきた。
二人で男たちの答えを待つ。やがて、村長が頷いてイリスへと視線を向けた。
「よかろう。イリス、君の滞在を認める」
「ありがとうございます!」
「ただし、村の滞在中は監視役としてクイナをつける。いいな?」
「もちろんです!」
無事に村での滞在を認めてもらうことができた。あとはお金を稼ぐだけだ。
「滞在中だが、この村に宿はない。行商人が来た時のために空き家はあるが……」
「あ、それは必要ありません。北の森に小さい洞穴があるから、そこで寝泊まりします」
これは事前にハルカと話し合って決めていた言い訳だ。実際は小さい洞穴ではないが、完全な嘘ではない。村での宿泊も心惹かれるものがあるが、時折は変身魔法を解きたいので夜ぐらいは外にいようと思ってのことだ。
これには男たちだけでなくクイナも驚いたようだった。
「それは、大丈夫なのかい? 危険だろう? 気にせずここで泊まるべきじゃないかい?」
「いえ、ほんとに私は外でいいので」
イリスも譲りたくはない部分なので、もう一度はっきりと断っておく。男たちも無理強いをするつもりはないのか、イリスがそれでいいのなら、と認めてもらえることになった。
「ではクイナ。後は任せる。村を案内してやるといい」
「あいよ! 行くよ、イリス!」
クイナがイリスの手を掴んで歩き始める。イリスは慌ててそれについて行きながら、
「ありがとうございました!」
お礼を言いながら男たちへと手を振る。男たちは誰もが柔らかく微笑んで手を振り返してくれた。
その後はクイナに村の中を案内してもらった。
村は中央に広場と村長の家があり、東西南北にそれぞれ門がある。東門は人族の町に、西門は魔族の町にそれぞれ繋がっているそうだ、南門の先には彼らの畑があり、そのさらに向こう側は海だそうだ。北門の先は深い森と果て無き山があり、人の出入りはほとんどない。
行商人が時々取引に来るために貨幣の流通はあるが、物々交換でも取引が成り立つらしい。もしかしたらイリスの元にも何かしらの作物と引き替えにして治癒を求められるかもしれないとのことだ。当然大歓迎だ。最初から食べ物。素晴らしい。
ちなみに明日から広場の一角を使わせてもらえることになった。監視兼護衛としてクイナも一緒だ。荷物持ちぐらいならしてくれる、とも言ってくれている。
村の案内が終わった後は、まだ少し早いがイリスは一度戻ることにした。今はクイナと共に北門に来ている。来た時にいた男もまだいて、クイナから顛末を聞いて心底驚いていた。
「色々とありがとうございました、クイナさん」
最初にクイナと出会っていなければ、これほど順調にはいかなかっただろう。そう思ってお礼を言うと、クイナは照れたように手を振った。
「いいさ。この腕のお礼だよ。イリスがいなかったら、まだしばらくは退屈な見張りだっただろうからね」
壁|w・)クイナは姉御肌を意識したのですけど、難しい……。
次話は18時までに更新予定、なのです。