19
きっと見知らぬ男がいることをイリスは快く思わないだろう。もしもこれで不興を買ってしまえば、今度こそこの街は滅ぼされるかもしれない。そう考えながらも、イリスならやらないだろうとは思っているが、絶対とは言えないのが現状だ。
「大丈夫さ。護衛は置いていくから。その代わり、君たちが守ってくれよ?」
「ドラゴン相手に守れる自信はないが」
「言ってみただけさ」
クレモアが楽しげに笑い、ケビンはまたため息をついた。どうやら何を言っても無駄なようだ。イリスには自分が頭を下げよう。
「それじゃあ、そろそろ行くが、全員準備はいいな?」
ケビンの問いに、全員が頷く。ケビンも頷きを返す。イリスへ渡そうと思っている荷物も各自しっかりと持っている。ご機嫌取りというやつだ。イリスは怒っている時ならともかく、普段は結構単純だと思っている。あの宿の料理でも持って行けばきっと喜ぶだろう。
他のメンバーが持っているのもそういったものばかりだ。ケイティだけはまた違うらしいが。
「行くぞ」
ケビンがイリスから渡された青い玉を取り出す。その場にいる全員が立ち上がり、念のためにと隣にいる者の服を掴む。範囲で転移なのか使った者が転移なのか分からないためだ。
小さく咳払いをして、ケビンは言った。
「て……、てんいー」
気の抜けるような声。ぶふっと誰かが、というよりも全員が噴き出す。ケビンが睨み付けようとしたところで、ふわりと体が浮かび上がるような感覚がした。
そうして気が付いた時には、ケビンたちは深い森の中に立っていた。
「あー……。ここはどこだ?」
「果て無き山の麓の村、その側だね。十分ほど歩けば村にたどり着くよ」
そう答えたのはクレイだ。口振りから察するに、ケイティとクレイが村を訪ねる時に使っている道らしい。よくよく見てみれば、馬車が走ることによってできた道がかすかに見える。本当に微かにしか見えないが。
「とりあえず村まで行ってみよか」
「ケイティ」
ケイティがほなしゅっぱつ、と言ったところで、クレモアがケイティの名を短く呼んだ。ケイティがびくりと体を震わせ、わずかに頬を引きつらせる。やがて、仕方ないと肩を落として、言い直した。
「それでは、村まで行きましょう。ご案内致します」
「ケイティが……令嬢のようだと……!?」
「あれでも貴族令嬢だからね」
戦慄におののくケビンと、苦笑いを浮かべるクレイ。ケイティはその二人を睨み付けるが、クレモアに見られていることを思い出したのか、小さく咳払いをして歩き始めた。
突然村に現れたケビンたちを、村の人は笑顔で出迎えてくれた。誰もが驚いているようだったが、ケイティがイリスさんに呼ばれましたと告げると、何となく事情を察したのか北門に向かうように指示を受けた。
北門の先の森は、他よりも凶暴な魔獣が出ることをケイティは知っている。そして、果て無き山へと続く道がある、ということも。
「果て無き山ってところはどうやって行けばいいんだ?」
北門へ向かう途中に村長を名乗る男に聞くと、彼は笑顔で、
「姫様へは連絡をしておきました。迎えに行かせる、とのことですよ」
「迎え……?」
ケビンが首を傾げるのと、
「ケビン……あれ……」
カトレアが怯えたような声を出したのは同時だった。
カトレアに促されて、道の先を見る。木で作られた門の先に、それはいた。
黒い犬の姿のような魔獣。見るだけで、分かる。あれには勝てないと。
だがそれよりも驚くべきことは、その魔獣の背にフィアが乗っていたことだろう。
「あ、ケビンさん。こんにちは」
にっこりと笑顔のフィア。あの日のことで心配していたが、どうやら立ち直ることはできたらしい。心の底から安堵した。本当に、良かった。これでフィアが重大なトラウマを抱えていれば、本当に死を覚悟しなければならなかっただろう。
「こんにちは、フィア、ちゃん、イリスちゃんは?」
「お姉ちゃんなら山で待ってるよ。大慌てて料理をしてる……いや、してもらってる……? ともかく、山に行けば大丈夫!」
「てことは、噂のダンジョンに挑戦すればいいのかな?」
時間かかりそうだね、とクレイが言えば、フィアは不思議そうにしながらも首を振った。
「近道使うからすぐだよ? それに、ちゃんと乗り物もあるし!」
「乗り物? 馬車か何かでしょうか? 見当たりませんが……」
「…………。だれ?」
「ほっといてください」
普段と違うケイティの口調に、フィアが何か嫌なものを見たかのように顔をしかめている。その気持ちはよく分かる。特にあの独特な話し方に慣れていると、この口調は正直なところ、少し気持ち悪い。何を企んでいるのかと疑ってしまいそうになる。
「まあいっか! ケルベロスさん!」
フィアが大きな声で呼ぶ。その、呼んだ名に、一同は凍り付いた。
今、何を、呼んだ?
そして森の奥から出てくるのは、三つ首の巨大な魔獣。物語でも何度もその名を見る伝説の魔獣だ。本物を見るのは、当然ながら初めてだ。それでも、これが本物であることはすぐに分かる。この場にある誰よりも、威圧感を放っている。
そう思っていたのだが。
「ケルベロス」
直後に、フィアが乗る魔獣からケルベロスがかわいく思えるほどの威圧感が放たれた。物理的な圧力すら感じるほどの威圧だ。ケルベロスは途端に顔を青ざめさせて、ディアボロとフィアを見た。気づけばフィアも、少しだけ不機嫌そうだ。
「貴様、誰の客人を威圧している? 今、ここで、死ぬか?」
「いえ……」
ケルベロスは威圧感を消すと、その場に伏せた。まったく、と魔獣が小さくため息をつく。目を白黒させているケビンたちへと向き直り、魔獣が小さく頭を下げた。
「初めましてと言っておこうか、客人。俺の名はディアボロ。この地に住む魔獣のまとめ役だ。姫様……イリス様に仕えている」
ディアボロと名乗る魔獣があの伝説の魔獣よりも上だということに驚きだが、そのディアボロすらも従えるイリスに改めて戦慄を覚える。
ディアボロがケビンたちを見て、次にケルベロスへと首を振る。どうやらケルベロスの背に乗れということらしい。ケルベロス討伐の話を聞いたことはあっても、その背に乗る話など聞いたこともない。正直なところ、単純に怖いという理由で乗りたくないというのが本音だ。
しかし乗らないという選択はできないだろう。フィアはともかく、ディアボロもケルベロスも、間違い無くケビンたちよりも上位の存在だ。できるだけ、不興を買いたくはない。
ケビンたちがケルベロスの背に乗ると、ディアボロとケルベロスはゆっくりと歩き始めた。どうやら走ることはしないらしい。おそらくケビンたちに気を遣ってくれているのだろう。
「なんだか妙な気分だな……。伝説の魔獣の背に乗ってるぞ俺たち」
「貴重な、体験、だね」
「いざ戦闘になったら、間違い無く死ぬしかないけどね」
クレイの言葉に、ケイティとクレモアが顔を青ざめさせた。まさかこの二人は、ケビンたちがいればどうにかなると思っていたのだろうか。少し呆れながらも、忠告しておくことにする。
「俺たちがどれだけ全力で戦っても、ケルベロスを相手にできることは時間稼ぎだけだ。これにディアボロも加われば、時間稼ぎすらできない。しっかりと肝に銘じておいてくれ」
ケイティとクレモアが真っ青のまま何度も頷く。どうやら少しは理解してくれたらしい。
そうしてケルベロスに乗ること一時間。途中で少し走ったり崖を越えたりとあったので、距離や方角はあまりよく覚えていない。ともかく、そうしてたどり着いたのは小さな洞窟だ。大型の動物が巣にしそうな洞窟でケルベロスですら余裕を持って通れるほどの大きさなのだが、ケビンたちは近くに来るまでその存在に気が付かなかった。
その答えは洞窟を歩きながらディアボロが教えてくれた。何でも、認識阻害のような魔法がかかっているらしい。この洞窟に入ったことがなければ、洞窟に気づくことはできないそうだ。これもイリスがかけた魔法らしい。
「私よりも、よっぽど、魔法が使える、よね」
「ああ、そうだな。そんな相手にお前は魔力のコントロールを教えてやったんだぞ」
「えっへん」
壁|w・)そろそろ日本に行きたいなあ……。
ケルベロス;(略)→フィアのお布団→伝説の魔獣(笑)←NEW!!