17
今回も少しばかり痛々しい表現があります。
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ケビンはカトレアと共に、外れにある古い建物に来ていた。知り合いの一人が、冒険者が天族を連れてこの近辺を歩いていたと教えてくれたのだ。この近辺の建物をしらみつぶしに探し、たどり着いたのがこの建物。その扉は蹴破られ、そして中は。
地獄絵図だった。
「おい……なんだよこれ……」
血だまりに沈む人、人、人。誰もが腕や足を引きちぎられ、己の血だまりに沈んでいる。うめき声を上げていることから、死んではいないと分かる。よく見ると、傷口はふさがっているようだ。
だが、そんなものよりも。
「はは……」
乾いた笑いしか出てこない。
目の前には、イリスがいる。左腕でフィアを抱きしめ、あやすように優しく撫でている。しかし何よりも、その右腕。
右腕は異形となっていた。白銀の鱗に覆われた腕で、巨大な爪まである。その腕の先には、男が右腕を掴まれてうめき声を上げている。
「別に私は人の腕なんて売らないし、いらないんだけど」
イリスの声。いつもの温かみのある声とは違い、ひどく冷たい声音だ。
「フィアの翼の羽を引きちぎるようなことをしたんだから、同じことされても、文句は言えないよね?」
その言葉の直後、ぶちりと人体から決してするはずのない音が聞こえ、
「ぎゃあああああ!」
男の耳をつんざくような悲鳴が響く。男は腕をもがれて、床に這いつくばっていた。腕から大量の血を流し、のたうち回っている。イリスはそれを冷酷に見つめている。
「それで許してあげるんだから、感謝してほしいね。本当なら、生きたまま両手両足を引きちぎって何度も再生させて、心が壊れるまで繰り返そうと思ってたんだから。止めてくれたハルカに、感謝しなよ?」
イリスの目は、同族を見る目ではなかった。犬などの動物を見る目とも違う。虫よりもさらに下、路傍の石を見るかのような目だ。つまりは相手を対等の生き物とすら思っていない。
ただのゴミ。腐臭を放つゴミを処分する。その程度の、目。
ケビンはイリスを薄情だと思っていた。フィアが攫われたかもしれないというのに、ギルドで何かを待つだけの姿。探しに行こうとは思わないのか、と。
だが違った。彼女にとってフィアは大切な存在で、それ故に手を出した者には容赦しない。例えそれが、同族に対しても。
そこまで考えたところで、いや、とケビンは首を振った。
同族ではない。人族だと思っていたが、あの腕はあり得ない。まるで、ドラゴンを思わせるような……。
「ケビン、イリスの、髪……」
カトレアに指摘されて、はっとした。今まで気づかなかったが、何かの拍子かイリスのフードが外れている。イリスは白銀の髪を垂らしていた。
白銀の髪。ドラゴンであることの証。
「はは……。なるほど、な……」
ようやく、全てが繋がった。
対等なはずがなかった。最初から、種族としての差がある。イリスにとって、自分たち人間など、それこそ人間が犬猫に抱く感情と大差ないのだろう。そうでなければ、いくら犯罪者とはいえ、このようなことができるはずがない。
イリスは血を流す男を一瞥すると、苛立たしげに鼻を鳴らして、治癒をかけた。腕の傷がふさがるが、再生はしない。このまま生きろということなのだろう。それが、罰なのだろう。もっとも、真っ当な生き方などこの先できはしないだろうが。
「そこまでや! 神妙にせえ……って、なんやこれ!?」
不意に、ケビンの後ろから声がした。振り返ると、見覚えのある顔。領主が運営している商会の秘蔵っ子、ケイティだ。まさか領主の娘が出てくるとは思わなかった。その隣には、護衛のAランク冒険者、クレイも付き従っている。
「やあ、ケビン。これは、何があったの?」
「いや、俺も今来たところだ。お前らはどうして?」
「目撃情報があってね。天族を連れてこの建物に入った人がいるって。普段はなかなか尻尾を出さない奴らだったから捕まえるチャンスだし、何より天族というと今はフィアしかいない。それで慌てて駆けつけてみれば……」
「まあ、正直、言葉が出ないな」
イリスはケビンたちに気が付いているのだろう。こちらを一瞥したが、しかし何を言うでもなく、周囲を見回している。何かを探すように。そして、
「うん……。これで全員みたいだね」
イリスはそう言うと、持っていた腕、先ほど引きちぎったばかりの腕を放った。その先、部屋の隅には十以上の腕や足。どれもが生々しく、そして血を垂らしている。
「う……」
ケイティは口をおさえると、駆けだしていった。さすがにこれは、慣れていても、なかなかくるものがある。カトレアですら顔を青くしているのだから。
「イリス」
ケビンが呼ぶと、イリスはこちらへと顔を向けた。なに? と親しみすら覚える笑顔だが、今はそれが、逆に恐ろしい。
「イリスはドラゴンなのか?」
「うん。そうだけど」
あっけらかんと。何でもないことのないように、イリスは認めた。
「どうして、この街に?」
「それ、今でないといけない話?」
わずかにイリスの声に険が混じる。思わずケビンが身構えると、イリスは小さくため息をついた。
「なんだかもう、ちょっと面倒になってきたよ」
よいしょ、とイリスはフィアを背負った。未だすすり泣くフィアに苦笑を漏らす。先ほどまでとは正反対の、優しく、大切なものに向ける表情。フィアのことをとても大切に想っているのだろう。薄情だと思ってしまった自分が情けない。
「おやすみ」
イリスが小さな声で告げると、フィアはそのまま寝入ってしまった。整った寝息を立て始めたフィアにイリスは笑顔を浮かべ、ケビンへと向き直る。ケビンの視線は、どうしてもイリスの異形の腕に向かってしまう。
それに気づいたのだろう、イリスは、ああ、と気の抜けた声を漏らし、腕を一振りした。それだけで、人の腕に戻る。いや、この場合は人の腕に変化させたのかもしれない。
「もういろいろと面倒になったからさ」
イリスが告げる。感情のない、平坦な声音だ。
「一度山に戻るよ。聞きたいことがあるならそっちから来てよ。ケビンたちなら、うん、歓迎するから」
ただ、と続ける。
「今は他の人間の顔は見たくないかな。ちょっと、我慢してるところだから」
それは無理もないだろう。むしろ、よく我慢してくれたと思う。
「分かった……。少し時間はかかるが、行こう」
「あー……。そっか。遠いもんね。ちょっと待ってね」
てんいー、とイリスが気の抜けた声を発した直後、彼女の目の前に淡い青色の光が集まってきた。何事かと警戒するケビンたちの目の前で、綺麗な青い玉ができあがった。イリスはどこか満足そうに頷くと、それを手に取る。次にケビンたちに向けた表情は、ちょっと得意げなものだった。
「はい。これ、上げる」
そう言って、イリスが青い玉を放り投げてくる。慌てて受け取ったが、ケビンにはこれが何なのか分からない。だが、ケビンの相棒は違ったようだ。
「うそ、これ……」
カトレアが目を剥いて絶句している。それほどのものらしい。
「それを持って、てんいー、って唱えると転移できるから。転移、じゃないよ。てんいー、だよ」
「おい待て、その言い方をしないといけないのか? 俺が?」
「うん! がんばれ!」
「よろしく、ケビン」
「お願い、ね。ケビン」
おい待て。せめてカトレアがやってくれ。そう思うが、何故かケビンが使うことが決まってしまったようで、全員の視線が自分に向いている。周りは囲まれている、逃げられない。ちくしょう。
「分かったよ……」
「クレイ! あとで様子を聞かせてね!」
「ああ、任せて」
「おい!」
こいつら予め示し合わせていたんじゃなかろうか。そんな時間はなかったと分かっているが、どうしても疑ってしまう。もうどうにでもなれ。
壁|w・)シリアスなにそれおいしいの?
注! 突っ込まれる前に言っておきますが、別に犬猫なら残酷なことをするというわけではないです。
同族に向ける感情じゃないってことです。
勘違いされそうとは思っていますが、良い表現が思い浮かばなかったので修正は諦めました。
何か思い浮かべば、修正するかも?