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「あー……。フィア。こいつの言ったこと、理解できたか?」
「さっぱりです」
「だよな。俺はおかしくないよな……」
――これが天才の会話ってやつか……。
何を言っているのだろうか。いまいち意味が分からないが、イリスとしては問題が解決したので満足だ。これだけで有意義な時間だったと言える。
その後は少しだけ会話をした後、お礼を言ってイリスとフィアは部屋に戻った。
結論を言えば、驚くほど簡単に成功した。薄いポーションが宙に浮かぶ。舐めたり触ったりして、間違い無く百倍の薄さであることを確認。問題なさそうだ。
「と、いうわけで! フィア!」
「はい!」
「空間魔法を特訓だー!」
その日の夜はフィアに空間魔法をざっくりと教えてから就寝した。本当に簡単な説明しかしなかったが、小さな空間は作れたようなのでこの先が楽しみになる。明日からも少しずつ教えてあげよう。
――難解な解説を解読しないといけないフィアが大変そうに見えたけどね……。
ハルカのそんな小さな呟きは、残念ながらイリスは理解することができなかった。ざっくりと丁寧に説明したはずなのに。
翌日。朝から冒険者ギルドで依頼を受けて、フィアと共に依頼主の元に向かう。ただの暇つぶしなので簡単な依頼だ。家の掃除を手伝ってほしい、というものだ。
だが依頼するだけあり、ゴミが散乱するいわゆるゴミ屋敷だった。どうにかゴミだけ捨てたところで、依頼は終了。またたまったらよろしくと言われたが、掃除をしろと言いたい。
その頃には昼になっていたので、食べ物を扱う商店で果物を買って、フィアと一緒に食べながら商会ギルドに向かうことにする。場所を詳しく知らなかったが、道行く人に聞くとすぐに教えてもらうことができた。有名な組織だから誰でも知っているとのことだった。
「もう待ってるかな?」
それほど遅くなってはいないはずだが、待ってもらっているのだから急いだ方がいいだろうか。そんなことを考えていたから、途中からフィアがついてきていないことに気が付かなかった。ハルカに声を掛けられて、初めて気づいたほどだ。
「フィア?」
ずっとついてきていたはずだが。そう思いながら、フィアの気配を探る。フィアにはイリスの眷属としての力があるので、気配を探すのは容易だ。
そうして見つかったフィアは、じっと、あるものを見つめていた。
そのフィアの視線の先を見る。そこにいたのは、四人の人族の子供。男の子二人と女の子二人だ。外見だけで判断すれば、フィアと同い年ぐらいだろうか。仲良く会話をする四人の子供と、それを見守るフィア。
やはり、寂しいのだろうか。まだ幼いのに親や友達と離れて、親しいと呼べるのはイリスだけ。寂しくないはずがない。
よし、とイリスは頷き、フィアの手を取る。え、と戸惑うフィアを連れて、子供たちの元へ。寂しいのなら、友達を作ればいい。
「こんにちは!」
イリスが子供たちに笑顔で声を掛けると、四人が怪訝そうにしながらも返事をしてくれる。四人のうちの一人、男の子が代表してイリスへと言った。
「こんにちは。俺たちに何か用?」
「うん。この子も仲間に入れてもらえる?」
フィアの背中を押す。フィアは目を剥くほどに驚いて狼狽していた。子供たちは先ほどまでの警戒が嘘のように、フィアに興味を示している。子供たちの視線はフィアの翼に釘付けだ。さすが子供と言うべきか、遠慮がないが、特に何かを言うこともない。
「私たちはつい最近この街に来たところで、友達がいないんだ。よければフィアの友達なってあげてくれないかな?」
「それは……。俺たちはいいけど、その子は? 知らない人と一緒ってやっぱり心細いと思うし」
この子はなかなか良い子のようだ。この子ならフィアを任せても大丈夫だろう。
しかしこの子が言う通り、最終的に決めるのはフィアだ。イリスにできるのは、無理矢理ではあったがきっかけ作りだけだ。この後はフィアの意志に任せよう。
フィアを見る。フィアは見て分かるほどに緊張していた。そっとフィアの頭を撫でてみる。フィアは一瞬だけ体を竦ませ、イリスへと視線を向けてきた。
「心配しなくても、フィアを置いて次の街に行ったりしないよ」
それを聞いたフィアは少しだけ安心したようで、小さく頷いた。置いていかれることを懸念していたのかもしれない。フィアは男の子に向かうと、
「一緒に、遊んでもいい……?」
少し小さい声ながら、はっきりとそう聞いた。
「そんなわけで、私一人です」
商会ギルドの奥、応接室に通されたイリスは、一人であることを聞いてきたケイティにそう答えた。
ここはすでに商会ギルドの中だ。ちなみに商会ギルドは冒険者ギルドと似通った造りだった。こちらは酒場の代わりに、ギルド直営の商店が入っていたが。ギルドに登録しているメンバーなら割引して販売してくれるそうだ。そう言われたが、残念ながら入るつもりはない。さすがに自分で商売をしようとは思えない。
「ほうほう。それはええことや。友達は何人おっても困らんからな」
「うんうん」
「まああたしら商人は友達に騙されたりするけどな」
「夢も希望もないね」
そんな現実は知りたくなかった。あの子たちには是非とも真っ直ぐに育ってほしいものだ。
イリスの目の前にはケイティともう一人、小太りの男がいる。こちらを値踏みするかのように睨み付けてくる男だ。何となく不愉快なのでこちらも睨み付けていいだろうか。
――やめなさい。
仕方ない。ハルカに免じて許してあげよう。
男がじっとイリスを睨み続け、イリスがそれを受け流す。それをしばらく続け、やがてイリスが欠伸をすると、男はようやくイリスから視線を外した。感心したように何度か頷いている。
「素晴らしい胆力だ。是非ともうちに欲しい」
「あほか。イリスはあたしの取引相手や」
「冗談にに決まってるだろう。俺はこのギルドのマスター、エイオンだ。早速見せてもらえるかな?」
ギルドマスターが水で満たされたコップを差し出してくる。これでポーションを作れということだろう。量が少ないが、昨日掴んだ感覚に従い、水に治癒魔法をかける。
「できたよ」
「ん……? もう?」
「うん」
もしかすると、ポーション作成はもっと手間をかけるものなのだろうか。そうだとすると、またやってしまったかもしれない。
だがイリスの心配は杞憂だったようで、エイオンはこんなものかと驚きながらも何も言ってこなかった。エイオンやケイティもポーションがどのように作られているのか知らないのかもしれない。
「試しに使わせてもらうが、いいかな?」
「どうぞどうぞ」
では、とエイオンはおもむろにナイフを取り出すと、指先を少し切った。そうしてから作りたてのポーションを一気に飲む。少し待つと、指先の傷がいつの間にか完全に消えていた。エイオンとケイティが、おお、と二人で驚いている。
「素晴らしい。確かにこれはポーションだな。イリス、ケイティとではなく是非私と……」
「おいこら」
「冗談だ。冗談だから頭を叩くな痛いじゃないか」
随分と仲がよさそうだが、もしかすると親子なのだろうか。そう思い、聞いてみると、ケイティが苦虫を噛みつぶしたように顔をしかめた。エイオンの方は逆に笑いを堪えている。
「ケイティは知り合いの娘ではあるが、それだけだ。いずれその方とも会うことになるだろう」
少しだけ、その言い方が気になったが、何も言わないことにしておいた。
――おかねもち! 何食べようかな!
――機嫌いいね、イリス。
商会ギルドからの帰り道、イリスは鼻歌を歌いながら歩いていた。歌っているのは団子の歌だ。なんでそれなの、とハルカが呆れているが、頭に残るメロディなのが悪い。他の歌をあまり知らないというのもあるが。
商会ギルドではポーションの販売許可を取った後、今後の取り引きについても様々な取り決めをした。ただイリスには分からないことも多くあったので、ほとんどがケイティに任せてしまっている。取り引き相手に任せるなと呆れられたが、ケイティならきっと大丈夫だとある程度は信頼している。
壁|w・)フィアにお友達ができました。
そしてイリスはフィアから目を離してしまいました。