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――それで、ハルカ。どうしたらいいの?
――ひたすら練習。がんばれ。
――うあ……。了解……。
だが確かに、他に方法はないだろう。面倒なことになったものだ。
イリスは魔法で大量の水を作り出す。おおよそ樽一杯分。百人分より多いかもしれないが、まあ誤差の範囲だ。多分。
その水を宙に浮かせて、できるだけ魔力を抑えて治癒をかけてみる。そうしてから、ぺろっと一舐め。
「うん。一緒だ」
紛う事なきいつものポーションだ。きっと欠損した腕すら再生させるだろう。つまりは失敗である。イリスはため息をつくと、その水を蒸発させる。きっとケイティがこれを知ればもったいないと嘆いたことだろう。
「お姉ちゃん、何してるの?」
退屈だったのかベッドでごろごろしていたフィアが、体を起こして聞いてきた。イリスは同じことを繰り返しながら、言う。
「ポーション作りの練習だよ」
「え? お姉ちゃん、ポーションならすごいのが作れるのに?」
「うん。それじゃあまずいから、薄いポーションを一発で作る練習」
「うわあ……」
フィアが頬を引きつらせた。なんだか引かれたような気がする。しかし今は、そちらに気を取られている余裕はない。明日までに、習得しなければならない。
「逆の努力って初めて見るかもしれない……」
フィアの呟きにハルカが全くだ、と同意を示したが、イリスはそれに気が付かなかった。
夜。フィアと一緒に一階の食堂に向かう。結局一度たりとも成功していない。魔力のコントロールには自信があったのだが、どうにも勝手が違うように感じている。ただあまり肩を落としているとフィアが心配するので、一応平静を装っている。
――まあまだ夜もあるし。がんばろう。
――うん……。
食堂はなかなか繁盛しているようで、ほとんどの席が埋まっていた。それぞれ様々な料理を楽しんでいるようだ。アルコールの臭いもするので、酒を飲んでいる人もいるらしい。
さて、どこに座ろうか。フィアと一緒に空いている席を探していると、
「嬢ちゃん! ここ空いてるぞ!」
聞き覚えのある声が耳に届いた。見ると、丸テーブルにケビンとカトレアが座っていた。彼らのテーブルはまだ二人座ることができるようだ。お言葉に甘えて、相席させてもらうことにする。
イリスとフィアが座ると、ケビンがメニューを差し出してきた。
「好きなものを選んでいいぞ。登録祝いだ。おごってやる」
「いいの?」
「いいの。子供は、遠慮しなくても、いいのよ?」
いや間違い無く自分の方が年上だと思うのだが。ドラゴンの中では若い方だが、人間の寿命よりは長く生きているはずだ。それを説明するつもりはないが。
――そう言えば、イリスって何歳?
――んー? 二百ぐらいかな。
――なんと。ちなみにドラゴンの寿命は?
――ないけど。
――え。
何故かハルカが固まってしまった。イリスは不思議に思いながらも、遠慮無く料理を注文することにする。
「えっと……。ケビンのお勧めは?」
「そうだな……。肉がいいか? 野菜がいいか?」
「お肉」
イリスとフィアの同時の返事。ケビンは笑いながら、手を上げて店員を呼んだ。
「ブラックカウの塩焼き大盛りを三人前。あとレインボマスの塩焼きで」
畏まりました、と店員が足早に立ち去っていく。期待していいぞ、というケビンの言葉は少し疑ってしまうが。さすがに日本の料理より美味しいとは思わない。
そう、思っていた。
「うま! うま! やわらかい!」
「美味しい!」
イリスの目の前の大きな皿には、ぶつ切りにされたお肉が山盛りにされている。焼いて塩をふりかけただけの豪快な料理だ。だというのに、とても美味しい。口に入れるととろけてしまうような柔らかさだ。
ブラックカウという魔獣の様々な部位を使っているらしく、肉の柔らかさがそれぞれ違う。歯ごたえがあるものもあるが、柔らかいものは口に入れただけで溶けてしまうような錯覚すら覚える。日本で食べたお肉よりも美味しいかもしれない。
――異世界すごい!
――いやイリス、イリスにとっては日本の方が異世界だからね?
――あ、そうだった。
大丈夫かこの子、とハルカが苦笑する中、イリスは目の前の肉の山を瞬く間に減らしていく。ケビンが食べ終わるよりもずっと早く、イリスの皿から肉が消えた。少し遅れて、フィアも。
「いい食べっぷりだな」
ケビンが楽しそうに笑いながら言う。こちらも残りはあと少しだ。
「私のも、味見、する?」
そう言ってカトレアが魚の切り身を一切れずつイリスとフィアの皿に置いてくれる。食べてみると、なんとこれもふんわりと柔らかかった。美味しい。
――素材がいいんだね。魔獣はどれも美味しいのかな?
――はっ! つまりはディアボロやケルベロスも!
――やめなさい!
さすがに冗談だ。そう言ったのだが、ハルカは信じられないとでも言いたげに懐疑的な気配を向けてくる。食べるわけがない。知り合いを食べる趣味はない。多分。
「二人とも、美味しそうに、食べるね」
カトレアがそう言って、イリスは少し余韻に浸りながら、
「美味しいものは美味しいから。ねー」
「ねー」
イリスとフィアが笑い合う。ケビンとカトレアはどこか微笑ましげだ。
「まあ喜んでもらえて何よりだ。それなりに高い料理だったしな」
「そうなの?」
「ああ。塩は高級品だからな。値段の大半が塩の料金だ」
「へえ……」
塩は高級品らしい。イリスの空間魔法の中に日本の塩の小瓶があるが、あれを見せたらどう思うのだろうか。むしろこれを売り払う方が手っ取り早い気もする。
――悪目立ちするよ。
――む……。そっか……。
それなら仕方ない。ポーションを売るとしよう。そこで思い出した。練習しなければ。
――せっかくカトレアさんっていうベテランの魔法士さんがいるんだから、何か聞いてみたら?
――あ、それいいかも。
ハルカの助言に従い、カトレアに聞いてみることにする。カトレアもちょうど自分の料理を食べ終えたところだった。
「ねえ、カトレア。魔法について聞きたいことがあるんだけど」
「なあに?」
「魔法を弱めに使う時ってどうすればいいのかな?」
手がかりでも分かればいいのだが。そう思って聞いたのだが、カトレアは嬉しそうに、そして自信満々に答えてくれる。
「魔力を、集めて。ぎゅっと形にして。それをぎゅっとしぼって、絞り出すイメージ、かな? ジュースを、作る、イメージ。それでも強すぎるなら、形にする魔力の、濃度を下げる」
「悪いな、イリス。こいつ天才だから教えるのが下手で……」
「なるほど分かった!」
「うそだろ!?」
――まじで!?
二人して何をそんなに驚いているのだろうか。これ以上ないほどに分かりやすい説明だった。部屋に戻ったら早速実践してみよう。
壁|w・)数日前からパソコンが壊れて、修理に出されています。
感想返しはパソコンが戻ってきてからさせていただきます、よー。




