13
「フィア。自由に選んできていいよ」
「うん!」
フィアが小走りで依頼が貼り出されている掲示板へと向かっていった。
どうやら依頼はランクごとにしっかりと分けられて貼り出してくれているらしい。フィアはうんうんと悩みながら選んでいる。周囲の人がそれを微笑ましそうに見つめている。
だから、それに気が付いた。
まるで獲物を狙うかのような鋭い視線の者が数人いることに。
――なんだか、村と違って面倒が多そうだね。
――人が多く集まるっていうことはそういうことだよ。
人間社会は難しそうだ。イリスは小さく嘆息して、自分のかわいい眷属が戻ってくるのを気長に待つことにした。
「おわったー!」
イリスの目の前で、フィアは無邪気な声を上げた。一緒に仕事をしていた大人たちが微笑ましそうにフィアを見ている。イリスも頬を緩めながら、フィアが拾ったゴミを木箱の中に入れた。
フィアが受けてきた依頼は、街道掃除だ。この街は東西に延びる大きな道があり、その道の掃除をしてほしいという依頼だった。報酬は銀貨三枚。割に合っていないように思うが、危険がないことを考えるとこんなものだろうか。
街の人はイリスとフィアの二人組を見ると、なんとも不思議な反応をしていた。白いローブにフードを被ったイリスを見て眉をひそめ、次にその周りで無邪気に走り回る柔らかそうな翼の女の子を見て頬を緩める。それが決まった流れになっている。
「おじさん! 証明のサインをください!」
フィアが東門の兵士に声をかける。西門、つまりはイリスたちがこの街に入ってきた門からこの東門までが掃除の範囲で、どちらかの兵士に完了のサインをもらうことになっている。
「おじさん……」
声をかけられた兵士は何故かショックを受けて、それを聞いていた兵士は腹を抱えて笑いそうになるのを必死に堪えていた。イリスにしか聞かれないハルカに至っては遠慮無く笑い転げている。ちょっとうるさい。
兵士はフィアから小さい用紙を受け取ると、それにサインをしてくれた。報酬はギルドで受け取ることになっている。
ギルドへの帰り道はのんびりと街を見て回りながらだ。さすがに範囲が広かったので時間がかかり、すでに日は傾いている。それでもまだまだ人通りは多い。村よりもずっと活気のある街だ。
「あ、お姉ちゃん、あれ美味しそうだよ」
フィアが道の隅の屋台を指差す。何かの肉を串に刺して焼いているようだ。良い匂いがここまで漂ってくる。フィアと一緒に見に行ってみると、真っ黒な液体をかけながら焼いているようだった。きゅう、とフィアのお腹の音が鳴る。
「えへへ……」
フィアが恥ずかしそうにしながら笑う。フィアの頭を撫でて、その屋台から串焼きのお肉を十本ほど購入した。出費は銀貨三枚。一回の買い食いで今回の報酬が吹き飛んでいるが、気にしない。ケイティにポーションを売れば十分だ。
――あれ、そう言えばケイティには銀貨一枚でポーションを売るんだよね?
――そうなってるね。
――それを百人分?
――うん。
――ということは、何もしなくても毎日金貨一枚もらえるってこと!?
――いや、ポーション作るよ?
――労力にもなってないでしょうが。
まあ、確かに。そう言われると何も言い返せない。イリスにとっては雀の涙ほどの魔力の出費で金貨一枚だ。こうして一日かけて銀貨三枚稼ぐのが、何というか、少しむなしい。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
きょとんと、首を傾げてフィアが聞いてくる。まあ暇つぶしにはいいか、とフィアの頭を撫でながら、イリスは納得しておいた。
ギルドでお金を受け取った後は宿屋に戻った。この宿の支払いはケイティの商会が受け持ってくれるとのことで、イリスにとっては無料と同じだ。なかなか好待遇だと思っている。
フィアと一緒にのんびりと部屋で寛いでいると、ケイティとクレイが訪ねてきた。
「無事に許可を取れたでー」
嬉しそうにそう切り出すケイティ。イリスとフィアが首を傾げると、ケイティが説明してくれる。
「商会ギルドでポーション販売の許可をもらってきたんや。ただまあ、仮りの許可やけどな。明日、商会ギルドの人とここに来るから、目の前でポーションを作ってもらえるか?」
え、とイリスが凍り付いた。それは聞いてない。それはまずい。
ケイティには薄めたポーションを渡してある。今後も薄めたポーションを渡すことになるだろう。問題は、その薄めることそのものだ。
ポーションを作った後に薄めると、きっとケイティもその商会ギルドの人も不審に思うだろう。そしてきっと、薄める前のポーションを試したいと思うはずだ。それは、とても、まずい。人間のポーションよりも効果が高いことが一発でばれる。
――ハルカ! どうしよう! まずいよ!
――落ち着いて。まずは時間の約束。せめてお昼にしてもらおう。
――了解です!
「あのさ、ケイティ。お昼以降でも、いいかな?」
イリスがそう聞いてみると、ケイティは訝しげに眉をひそめた。
「なんでや? まさか、逃げるつもりはないよな?」
「いやいや、あるわけないよ」
「そうか。じゃあ昼でもええけど、代わりにフィアをうちで預かって……」
「は?」
イリスの目が細くなる。今、こいつ、何を言った? 誰を人質に取ると言った?
イリスの機嫌が急激に悪くなったことを察したのだろう、慌ててケイティが言う。
「ま、待て待て! 冗談や! そんなに怒るな! 怖いから! めっちゃ怖いから!」
「冗談なら、まあ、いい。今は、いい。次はない」
「了解や!」
今のイリスにとって、フィアは何よりも守るべきものだ。かわいいかわいい、自分の初めての眷属だ。安全と思えるとはいえ、人質に使うつもりも交渉材料に使うつもりもない。
この子は私のものだ。
――すっかりまあ、過保護になっちゃって……。
――ご両親に任せられてるし。
――イリスが真っ当なことを言ってる!?
――どういう意味!?
なんだかものすごく失礼なことを言われた気がする。自分はいつだって真っ当だったはずだ。
――あ、はい。
――え、ちょっと待って。何その反応。え? 私ずれてる?
――この件に関してはコメントを控えさせていただきます。
――ちょっと!?
日本のテレビでおそろいの服を着た集団が同じようなことを言っていた気がする。なんだか怒られている場面だったはずだが、どういうことか。
「なあ、信じられるかクレイ。この威圧感でこの子、Eランクやで」
「今ならAランクだと言われても信じるよ」
「同感や……」
目の前でも失礼なことを言われている気がする。まったく、とイリスがため息をつくと、ケイティが姿勢を正した。
「昼。いいから、昼。お昼ご飯の後。異論は認めない」
ちょっと面倒くさくなってきたので強めの語気で言うと、了解しました、とケイティが返事をする。そんなに怯えなくてもいいと思うのだが。
「じゃあせめて、商会ギルドの方に来てもろてもええか?」
「まあそれぐらいなら。水とか入れ物とかは用意してくれるの?」
「もちろんや。ちゃんと魔法士に頼んできれいな水を用意しとくから。入れ物に希望は?」
「樽」
「え? あ、まあ、うん。イリスがそれでええなら……」
何だろう。何故かとても引かれたような気がする。果て無き山に保管してあるポーションも、樽に入れた水に治癒をかけるというやり方だったのだが、本来は違うのだろうか。やはり薬屋に一般的な作り方を聞いておけばよかった。
「じゃあイリス、また明日、頼むで?」
「うん。お昼ご飯を食べたら行くね」
ケイティとクレイが帰り、イリスは一息ついた。さて、ここからが問題だ。
壁|w・)どんどん過保護になっていく。