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さて、と受付の男に視線を戻すと、男は何故か怯えたような目をしていた。意味が分からない。
「嬢ちゃん、実はすごい魔法士だったりするのか?」
最初の男が聞いてくる。その隣では女が、なぜか彼女もまた怯えた目で剣士の陰に隠れていた。それとは対照的にフィアが瞳を輝かせている意味も分からない。何故こうなった。
「あの……」
受付の男が声を発する。先ほどまでの態度とは違い、とても丁寧な態度だ。こちらとしてもその方が話しやすいので文句はないのだが、こちらの一挙手一投足に警戒しているのは気のせいだろうか。
「どこか、別のギルドには所属していらっしゃいますか?」
「してないよ。ギルドそのものが初めて」
「どこにも所属してなくてあの威圧感か……。どこかの秘蔵っ子か……?」
そうつぶやいたのは最初の男だ。その声に応える声はない。
「ではギルドの説明は?」
「お願いします。ざっくりと。詳しく言われても覚えられないから」
覚える気がないので。その辺りの言外の意味を察したのか、初めて受付の男が苦笑した。分かりました、と頷いて説明してくれる。
ざっくりと説明されたことを、さらにイリスはざっくりと頭の中でまとめていく。
各ギルドに依頼されることは、そのギルドの専門的なこと。魔法ギルドなら魔法に関わることだし、商会ギルドなら商売に関わることだ。冒険者ギルドに依頼されるのは、それらには依頼できないものとなる。一般の雑事の依頼以外は、素材の採集や魔獣の討伐など、街から外に出る内容が主となるそうだ。
依頼にはその難易度に応じてランクが振り分けられている。難しいものから順に、A、B、C、D、Eという五段階だ。冒険者にも同じように五段階のランクが振り分けられており、自分と同じランク以下の依頼しか受けられないそうだ。これは可能な限り失敗を防ぐための措置らしい。
ランクを上げるためには各ランクの依頼を十回連続で成功させ、なおかつ戦闘能力の試験を受ける必要がある。そこで一定の戦闘能力を認められれば、晴れて昇格となるそうだ。
「ここまでで質問はありますか?」
「眠い……」
「おい」
大丈夫。きっとハルカが覚えてくれる。
――おい。
「依頼に関しては以上です。魔獣を討伐した時にその素材を持ち込んでいただければ、こちらで買い取りもさせていただきます」
「はーい」
ケイティとの契約がある限りお金に困ることはなさそうなので、素材の持ち込みはしないかもしれないが。聞いている限り皮のはぎ取りとかが必要らしいので、正直に言ってしまえば面倒だ。どうしてもまとまったお金が必要なら自分の鱗でも売ろう。
――やめなさい。
――どうして? 多分高く売れるよ?
――騒ぎにしかならないからだって前言ったよね!?
そんな話があったようななかったような。ともかくハルカに反対されてしまった。残念だが、まあ他にも何かしら方法はあるだろう。
「さて、改めて登録なさいますか?」
受付の男に聞かれて、イリスは頷いた。
「ではこちらの用紙に記入をお願いします」
渡されたのは小さな紙。質問事項がいくつか書かれている。名前と出身場所、そしてクラス。
「このクラスってなに?」
「剣士とか魔法士とか。自称で構わないぞ。嘘を書いても後でばれる、とだけは言っておくが」
答えてくれたのは最初の男だ。ふむふむなるほど、と記入していく。
「私も! 私も登録する!」
フィアが隣で主張する。イリスがもう一枚、と催促すると、受付の男は怪訝そうにしながらも渡してくれた。
「フィア。文字は書ける?」
「村で教わったよ。……むしろお姉ちゃん書けるんだね。ドラゴンなのに」
最後の一言はイリスにだけ聞こえるように小声だった。イリスは小さく苦笑して、言う。
「一応、ドラゴンは全員読み書きできるよ。教わった時は理由が分からなかったけど、多分山の管理を任された時のためじゃないかな」
それでもあまり必要はないと思うが、もしかしたら人間と交流ができるかもしれないためだろう。父が魔石に関わる取り決めをしたように。フィアもその説明で納得したようだ。
書き終わった用紙を受付の男に渡す。
「へえ……。果て無き山の麓の出身か……。それならどこにも所属してないのはうなずけ……、治癒士だと!?」
思わずといった様子の大声に、室内が静まり返った。ちらりと見回せば、誰もが目を丸くしたり固まったりしている。それほど治癒士が珍しいのか、と思ったところで、
「おいおい、なんで治癒士があんな威圧感を放つんだよ……」
「最近の治癒士や脅しながら治癒するのか?」
先ほどの自分の行動が原因らしい。正論だ。ぐうの音も出ない。
――ぐう。
――それはいいから。でもまあ、確かにおかしいよね。治癒士なのに殺気って。自分で怪我させて治す仕事でもするのかって。
――誰のせいかな?
――このクソジジイのせいだね。
まずい。これはハルカの怒りが再燃する流れだ。この件に関しては触れない方がいいらしい。イリスはすぐに話を打ち切った。怖いもの。
「はい!」
フィアも書き終えて用紙を渡す。受け取った受付の男はそれにもまた目を丸くした。
「おいおい、この子も治癒士かよ……。どうなってんだ果て無き山は。ドラゴンの加護は適正にまで影響するのか?」
ドラゴンの加護どころかドラゴンそのものとその眷属なので。もちろん口には出さない。
「へえ、嬢ちゃんは治癒士なのか。それなりに使えるのか?」
最初の男が聞いてきて、イリスは素直に頷いた。
「まあそれなりに」
「それは、すごいね。でも、どこかのお抱えには、ならないの?」
「そうだな。冒険者になるより貴族に雇われた方が儲かるはずだぞ? 待遇もかなりいいはずだ」
「面倒そうだから」
短いイリスの返答に、最初の男はわずかに目を見開き、そして噴き出すように笑い出した。とても大きな声で豪快に笑う。気づけば、周囲の人も、苦笑も含めて笑っていた。
「ああ、そうだな! 貴族は面倒だ! よく分かる! はは、嬢ちゃんのこと気に入ったよ! 俺はケビン、Aランクの剣士だ! よろしくな!」
「ふふ……。ケビンがここまで気に入るなんて、珍しい。私はカトレア、Aランクの魔法士よ。よろしくね、イリスちゃん、フィアちゃん」
二人が順番にイリスとフィアを撫でてくる。少し気恥ずかしく思えるが、気に入ってもらえたのならきっといいことなのだろう。しかもAランク、最高ランクだ。すごい人なんだ、と言うと、二人はそれなりだ、とやはり笑う。
「俺からすれば治癒士ってだけでAランク以上の価値があるからな。いずれ俺たちが怪我でもしたらよろしく頼むよ」
「うん。いいよ。いつでも言ってね」
イリスとしても、ケビンは話していてなかなか気持ちいい。何かあった時に助けてあげるぐらいはしてもいいと思える。イリスが頷くと、ケビンはとても嬉しそうにしていた。
「あー……。続きいいですかな?」
受付の男が言ってくる。イリスは慌てて向き直った。
「最初は例外なく、最低ランクのEからです。受けられる依頼は街での雑用ばかりですが、街の住人の信用を得るためと思って頑張ってください。こちら、ギルドカードです」
受付の男が渡してきたのは、長方形のカードだ。イリスの名前と所属ギルド、そのランク、そしてクラスが治癒士と書かれている。
「カードの裏に魔方陣がありますね?」
促されて、裏を見る。確かに初めて見る魔方陣が描かれていた。ざっと構築されている魔法を見て、なるほどと頷いた。流された魔力を記憶して、その魔力の持ち主しか触れないようにするための魔方陣だ。これを持っていることが、本人である証拠となるらしい。
――あれ? それだけ? ステータスは?
――なにそれ?
――えっと……。だいたいの身体能力とか表示されたりしないの?
そんな便利機能があるのだろうか。受付の男に聞いてみれば、呆れたような目を向けられた。
「そんなものありませんよ。能力の数値化とかできるわけがないでしょう。だいたい、できたとしても、戦闘能力は身体能力では測れません。無意味です」
――全否定された……。ショック……。
何故かハルカが落ち込んでいるが、理由が分からないので放っておくことにする。
一先ずこれでギルドへの登録は完了のようだ。いつでも依頼を受けることができるらしい。早速受けたいところではあるが、何か良い依頼はあるだろうか。
壁|w・)ギルド説明回。ステータスはないよ!
地盤固めはもうちょっと続くですよ!




