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龍姫イリスの異界現代ぶらり旅  作者: 龍翠
第三話 異界:初めての街と冒険者
39/98

09

 ケイティを待ちながら、イリスはフィアと一緒に周囲を観察する。時折二人で、あれ美味しそう、と何かの食べ物を提供している屋台に釘付けになったりしている。二人でそうしてはしゃいているのを、クレイは微笑ましそうに見守っていた。


「ところで、イリスさん」


 後で行ってみようかなと考えて屋台の場所と形を覚えていると、そのクレイから声をかけられた。


「なに?」

「道中、魔獣に襲われなかったのはイリスさんが何かしたからだよね?」

「あー……」


 何かしたわけではないが、イリスが原因であることは確かだ。しかし正直に言うわけにもいかず、返答に困ってしまう。イリスが押し黙ると、


 ――イリス、沈黙が答えになるよ。

 ――え。

「答えられない、か。まあ仕方ないか。ケイティからも詮索するなって言われているしね」


 なにそれどういうこと。

 イリスが何か言う前に、すでにケイティたちの間で何か結論が出ているようだ。イリスが何も言えない間に、クレイが続ける。


「きっとイリスさんは魔獣除けの道具か何かを持っているんだと思う。ただそれはとても貴重なもののはずだから、他では使ったらだめだよ。楽ができたから感謝はするけど、一応の警告だ。いいね?」

「う、うん……」


 とりあえず決めた。誰かと馬車に乗るのはこれっきりにしよう、と。

 密かにそう決意したのを別の何かと勘違いしたのか、クレイは満足そうに頷いた。善意で注意してくれたのだから、クレイはとてもいい人のようだ。


「ありがとう」


 イリスがそう礼を言うと、クレイは照れたように笑った。


 ――ところでイリス。魔物除けの道具なんてあるの?

 ――そんな都合の良いものはないよ。

 ――ないんだ。


 少し残念そうなハルカの声。ふと隣を見れば、フィアが瞳を輝かせている。何となく、フィアの言いたいことを察してしまった。きっとフィアも、イリスなら、とか思っているのだろう。無理だよ、と小さな声で言うと、しょんぼりとしてしまった。

 さらにしばらくして、ケイティが戻ってきた。何故かとても機嫌がよさそうだ。手には丸められた紙が握られている。ケイティはイリスたちへと、その紙を掲げて見せた。


「勝ち取ったで!」

「意味が分からない」


 思わず真顔で言ってしまうと、そうやったな、とケイティは肩を落とした。気を取り直して、イリスへと言う。


「ちょっとボスと交渉しててな。イリスは大事な取引相手やから、いい宿を紹介してもらおうと思ってな。道中のこともあるし」


 実際には何もしていない、なんてことはやはり言わない方がよさそうだ。イリスは曖昧に笑いながら、ケイティの言葉を待つ。


「さすがに最高級は無理やったけど、それなりにいい宿は用意できるで。何か希望があるなら聞くけど」

「んー……」


 宿に求めることなんてイリスには何もない。希望を聞かれても、困ってしまう。フィアを見ても、やはりきょとんと首を傾げるだけだ。


 ――あ、じゃあ私からいい?

 ――いいよ。なに?

 ――料理ができるところがいいな!

 ――理由は?

 ――ふふふ。朝ご飯にオムライスを食べたくないかな?

 ――食べたい!


 それはつまり、作ってくれるということだろうか。イリスが一人で瞳を輝かせ、他の三人がどうしたのかと困惑する。しかしそんなことは気づかず、むしろ気にせず、イリスはハルカとの会話を続ける。


 ――作ってくれるの? 作ってくれるの!?

 ――たまになら、ね。どう?

 ――賛成! 大賛成! すぐに言う!

「ケイティ! 希望あるよ!」


 突然の大声にケイティが目を丸くしながら、


「そ、そうなんか? どんな宿がええの?」

「料理ができるところ!」

「それはちょっと予想外の希望やな……。部屋に備え付けがあるってところはないやろうけど、厨房を貸してくれるところなら、聞けばあるかもなあ……」

「よろしく! 他はどうでもいいから!」

「お、おお……。よっしゃ、任せとき!」


 未だ困惑が抜けきらないままながらも、胸を叩いて引き受けてくれる。安請け合いしていいのか、とクレイは呆れているが、きっとケイティなら大丈夫だ。大丈夫にしてほしい。オムライスが食べたい。


 ――いや、そこまで期待されても、困るんだけど……。お母さんよりは下手だよ?

 ――大丈夫! オムライス~、オムライス!

 ――うわあ……。なんか、自爆したかもしれない……。


 ハルカが何か言っているが、残念ながらイリスの耳には届かない。イリスの頭の中は、もうほとんどがオムライスで一杯だ。オムライス。素晴らしい料理。至高の料理だ。あれを超えるものなんてあるだろうか。いや、ない!

 とても機嫌良く歩くイリスを、他の三人は、それこそフィアまでもがかなり胡散臭そうに見ていた。




 さて、結論を言えば、宿探しはかなり苦労してしまった。日がもう落ちそうになってから、ようやく厨房を使わせてもらえる宿を見つけることができた。併設の食堂が終わってから翌朝までの短い時間限定ではあるが、イリスには十分だ。

 ケイティ曰く、宿として中堅より少し悪い方とのことだが、やはりどうでもいい。厨房を使わせてもらえるだけで十分だ。それこそ、部屋が劣悪なら転移で果て無き山を往復してもいいのだから。


 その日は結局それで解散となった。ギルドに行くのはまた明日、だ。

 宿は三階建てで、一階は受付兼食堂となっている。食堂は宿泊客だけでなく、食事だけの人も受け付けているらしい。そのため夜は少し騒がしいらしいが、問題はない。

 二階に一人部屋が六部屋、三階に二人部屋が三部屋あり、イリスとフィアは二人部屋を使うことになった。


 ――ふぁんたじー! 宿屋! わくわくだ!


 ハルカが妙に元気だ。不思議に思いながらも、イリスはあてがわれた部屋の戸を開けた。

 部屋にはベッドが二つと大きめの丸テーブルが並んでいた。いすは二つで、宿の人曰く、何か商談をするならいすぐらい持ってくるとのことだ。どうやらケイティがいたことを考慮してくれているらしい。礼を言うと笑いながら、ゆっくりしていってくれ、と去って行った。

 部屋はしっかりと掃除がされている。ベッドも少し硬いが清潔感のあるもので、寝心地は悪くなさそうだ。日本のお布団には劣るが。お布団が欲しい。


 ――また今度ね。


 フィアは初めての宿に興味津々なようで、きょろきょろと部屋を見回している。ベッドに腰掛けると、わあ、と感嘆の声を上げた。自宅よりもいいベッドらしい。


「お姉ちゃん、この後はどうするの?」

「ん? もう夜になるし、寝るだけかな」


 果て無き山の村は、太陽が沈めば数人の見張り以外は就寝だった。きっとそれはこの街でも同じだろう。日本は夜でも活動的な人が大勢いたが、あれが例外だというのはイリスにも分かる。夜の闇を駆逐するような電気が溢れていたのだから。


「えー。もうちょっと見て回りたい。それに晩ご飯もまだだよ?」


 そう言って、フィアが唇を尖らせる。それでは少し困る。イリスの朝ご飯計画のためには、フィアには少し眠っていてもらいたい。晩ご飯は、明日の朝のために空けておいてほしいところだ。


「明日の朝は、私が朝ご飯を作るんだけど」

「うん」

「とびっきり美味しい朝ご飯を用意してあげる。でも、寝坊しちゃうと、厨房を使えないね」


 はっとフィアが何かに気づいたようだった。イリスとしては寝過ごさないように早く寝ろと言いたいだけだが。


「あと、とっても美味しいものをたくさん作る、はず」

「分かった! 寝る!」


 ぴしっと片手を上げて宣言するフィア。どうやらイリスの気持ちが伝わったらしい。さすが、フィア、私の眷属。


 ――いや、関係ないと思う。


 ハルカが何か言っているがとりあえず無視だ。フィアが就寝のために準備を始めるのを眺めながら、イリスはこの後の計画について考え始めた。


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