08
三日後。魔獣に襲われるようなこともなく、一行は最初の街にたどり着いた。イリスとフィア以外は一度も襲われなかったことを不気味に思っているようだ。無理もないとは思うが、真実を話すわけにもいかない。
ここまでの旅はそれなりに楽しめたが、同時に退屈でもあった。イリスとフィアは客人の扱いということで、仕事は与えられずにずっと見ているだけだ。馬車の中でぼんやりとしつつ時折会話をして、景色を楽しんで、あとは食べて寝る。これでは洞窟での生活と大差ない。街にたどり着いて内心で踊り出しそうなほどに嬉しかった。
街は大きな壁に囲まれていた。魔獣を寄せ付けないようにするためのものらしい。その大きな壁に、馬車二台は余裕を持って通れるほどの大きな門がある。果て無き山側のこの門は時間に関わらず常に閉じられているそうだ。
門の側には兵士らしき人族が五人。常に周囲を警戒しているらしく、鋭く視線を巡らせている。イリスたちの乗る馬車を見つけるのも早かったようで、彼らは馬車の一行を待ち構えていたようだった。
「どもー。お疲れ様です」
ケイティがにこやかな笑顔で馬車を降り、兵士たちの方へと向かっていく。兵士たちの一人、中央の男が頷いて、言う。
「無事で何よりだ、ケイティ殿。ギルドカードの提示をお願いできるか?」
「えー。顔見たら分かるやろ?」
「規則なんでな」
「ちぇー」
ケイティが何か、掌程度の大きさの紙片を取り出した。それを兵士に見せると、兵士は納得したように頷いた。その隣の兵士が手に持った紙束に何かを書き込んでいる。何を書いているのか、少しだけ気になる。
「この門を出入りしている人をチェックしているんだよ。行きと人数が同じかどうか。行きと違う人が乗っていないかどうか、とかね」
そう教えてくれたのはクレイだ。彼らもケイティに続き、兵士たちの方へと向かう。気づけば商人も含め、全員が兵士たちへと何かを見せていた。
「私たちも行った方がいいのかな?」
フィアが不安そうに聞いてくる。正直イリスにも分からない。ケイティから何か指示があると思うのだが。そう思っていると、ケイティがこちらへと手を振ってきた。どうやら来いと言っているらしい。
「行った方がいいみたいだね。行こう」
「うん」
フィアと手を繋ぎ、馬車を降りる。兵士たちの方へと向かうと、こちらを警戒の目で睨んできた。少しだけ緊張しつつも、兵士たちの前で立ち止まる。
「見ない顔だな。ギルドカードは?」
「えっと……。何それ?」
イリスが首を傾げると、兵士だけでなくケイティも驚いていた。どうしたのだろうか。
――身分証みたいなものなんじゃないかな。イリスは旅をしてるってことになってるから、イリスが持ってないのは予想外だったのかも。
なるほど、と納得したと同時に、イリスは凍り付いてしまった。それは、まずいのではないだろうか。ケイティを見ると、怪訝そうな目でイリスを見ていた。間違い無く、疑われている。
どうしようか。最悪、ドラゴンの姿でさっさと立ち去るべきか。そこまで考えたところで、ケイティが薄く笑った。
「あー、すんません、言い忘れてたんやけど」
「どうした?」
「この二人は果て無き山の麓の出身やねん。だから二人とも、ギルドカードはないんよ」
驚いたことに、ケイティはイリスを助けることにしてくれたようだ。そして驚いたのは兵士も同じようで、イリスとフィアを順番に見て、珍しいなとつぶやいた。
「証明できるものはないんやけど……」
「ふむ……。ではケイティ殿の商会に誓えるか?」
「ああ、もちろんや! 誓う誓う!」
「なら、まあ、いいだろう」
ケイティが所属している商会はそれだけ力があるのだろうか。ケイティが自身の商会に誓うだけで、簡単に許されてしまった。普通ならこうはいかない、ということぐらいはイリスでも分かる。
「いやあ、翼人なんて久しぶりに見ますね」
兵士の一人がそう言って、フィアをじろじろと見る。フィアを、というよりはフィアの翼を。フィアはびくりと体を震わせると、イリスの陰に隠れた。視線が怖かったらしい。
怖がらせたと察した兵士はばつが悪そうに頭をかいて顔を逸らした。
「こちらの者がすまんな」
「あー、まあ翼人は珍しいからなあ。イリス。あとで今のうちに慣れるように言うときや。この先何度もあるはずやから」
「分かった」
翼人、というのがフィアの種族といのは分かるが、珍しいというのは知らなかった。そう言えば村にいた時は、人族や魔族が共存していたが、フィアのような翼を持つのはフィアとその母親しかいなかった。魔族の一種だと思っていたのだが。
門をくぐる時にケイティに聞いてみると、すごく呆れたような目を向けられた。
「そんなわけないやろ。翼人は人族や魔族とはまた違う。天族と呼ばれる種族やな。人族と魔族以外がどの島に暮らしてるかは分かってんやけど、天族だけは分からんままや。大陸に来ることもほとんどないし、あたしも初めてフィアを見た時は驚いたもんや」
「ふうん……」
「興味なさそうやな」
ケイティが苦笑する。興味がないわけではないのだが、どうしても目の前の光景に心を奪われていた。
村とは違った人の住む場所。街。石畳の道がいくつも延び、白い建物が並ぶ。行き交う人も数多く、通路の隅で談笑する二人組や大きな荷物を持って何かを売り歩いている人もいる。
イリスの隣ではフィアも目をまん丸に見開いていた。
――おお……。まさにふぁんたじー! 感動した!
――うん……。でも日本の方がすごいと思うんだけど。
――それはそれ! これはこれ!
意味が分からない。イリスは首を傾げながらも、歩き始めたケイティの後に続く。馬車とはここで別れて、ケイティは先に商会に報告に行くそうだ。クレイもケイティの護衛として同行するらしい。
この後の予定も決まっている。商会で報告するケイティを待った後は、この街での拠点となる宿を探すことになっている。ただこれも、ケイティが紹介してくれるそうなので、すぐに終わるだろう。その後に時間があれば、冒険者ギルド、という場所に向かうそうだ。
ちなみにハルカはこの冒険者ギルドをとても楽しみにしているらしい。てんぷれわくわく、と言っていたが、当然ながらイリスには意味が分からない。
「そうだ、ケイティ。商会ってところにつくまでに、聞いておきたいんだけど」
イリスが声をかけると、ん? とケイティが声だけを返した。
「さっきはどうして助けてくれたの?」
もちろん、門でのことだ。どう考えても怪しいのはイリスだ。見た目は人であるにも関わらず、絶対に通るらしい門の兵士が見覚えもなく、ギルドカードというものも持っていない。
「まずは建前としての可能性やけど」
ケイティが歩みを緩めてイリスの隣に並び、小声で話し始めた。
「脱走奴隷という可能性がまずはあるな。絶対に門を通る言うたけど、門を通らずに来る方法もあるにはある。盗賊がほとんどいないってのはそういう意味や。危険をおかせば、来れる。ただまあ、イリスの様子からしてそれはないやろ」
「うん。違うね」
「正直やな。まあとにかく、脱走奴隷は捕まえた人が自由にしていいってことになってる。あたしはそれを期待した」
「なるほどなるほど。で、本当のところは?」
「大事な金づるや。逃がすかいな」
「ケイティも正直だよね」
こうしてちゃんと教えてくれるのだから、イリスもケイティを信用できる。もしかすると今後騙されることがあるかもしれないが、その時までは信用してもいいだろう。
「おっと、見えてきたで」
不意にケイティがそう言って、ある一点を指差す。ケイティが指差す場所には、三階建ての建物があった。周囲よりも大きな建物で、とても目立っている。大勢の人が出入りしているようだった。
ケイティ曰く、一階が庶民向けの店舗となっているらしい。二階に事務室があり、三階に責任者と何人かの幹部がいるそうだ。
「んじゃ行ってくるから、ここで待っといてな。クレイ、しっかり二人のことを守るんやで」
「うん。了解」
ケイティが大きな建物へと入っていく。イリスはそれを黙って見送った。
壁|w・)なかなか進まない。




