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龍姫イリスの異界現代ぶらり旅  作者: 龍翠
第三話 異界:初めての街と冒険者
36/98

06

 そう言えばその予定があった。確かに何かしら家具などを用意しないといけない。しかし人が一人住むにはここは広すぎる。


「うん。いっそのこと家でも建てようかな」

「何の話?」

「フィアの話」


 フィアがこてんと首を傾げる。そのフィアの頭を撫でると、くすぐったそうに笑った。


「まあ、それは後だね。では早速」


 周囲を探して、大きめの石を探す。理想としては人が座れる程度の大きさがいいかもしれない。

 そうして石、というよりも岩を探して、そしてそれはすぐに見つかった。むしろ大量にあるので探すまでもなかった。


「何するの?」

「んー? 便利なこと」


 岩を調べてみると、なるほど確かに魔力をため込んでいる。今まで気づかなかったことに自己嫌悪しそうなほどに貯めている。小さくため息をつきながら、岩に魔方陣を刻む。指の爪をちょっとのばして、がりがりがりがり。


 ――便利だね。

 ――生き物相手にやったら簡単に刺し貫くけど。

 ――怖いよ!?


 事実だから仕方ない。

 魔方陣はすぐに描き終えた。魔力を少しずつ吸い上げて、電気に変換する魔方陣。当然ながらイリス自作の魔方陣だ。なにせ現在のところ、イリスが持ち込んだ冷蔵庫にしか使い道がない。


「ぷすっと、なんて」


 空間魔法の穴から冷蔵庫を取り出し、コンセントを魔方陣の上から岩に突き刺す。問題なく冷蔵庫が動き始めた。イリスが少し離れても、ちゃんと動いている。


「お姉ちゃん、なにこれ?」


 フィアが興味深そうに冷蔵庫を見ている。イリスは冷蔵庫の戸を開けると、フィアを手招きして呼んだ。


「手を入れてみて」

「うん。……あれ? ちょっと涼しい?」

「うん。色んなものをこれで冷やせるから、何か果物とか入れておいたら美味しいかも」

「すごい! お姉ちゃんが作ったの?」

「まさか。私が作ったのは魔方陣だけだから。あとこれ一つしかないから、村の人には内緒だよ」

「うん! ねえねえ、私も果物持ってきていい?」

「もちろん」


 フィアが瞳を輝かせて何度も冷蔵庫の戸を開けている。日本では電気代が何とかと怒られるところだが、ここでは関係ない。好きなだけ遊ばせてあげよう。


「いずれは大きな冷蔵庫も欲しいな……」


 今の冷蔵庫は膝のあたりまでの小さなものだ。あの休憩所のあったものと同じものだと思う。新橋家には大きな、人の背よりも大きな冷蔵庫があったので、いずれはあれも手に入れたい。冷やせばいろいろなものが美味しく食べられるはずだ。

 美味しいものには手を抜かない。手を抜くつもりもない。ひたすらに全力。必要なものは手に入れてみせる。ふんすと鼻を鳴らして気合いを入れる。


 ――何の意思表明なんだか……。


 ハルカは呆れながらも笑うという器用なことをしていた。




 出発までの三日間、イリスは治癒以外は果物を集めて回っていた。フィアと一緒に、森の中を巡る。だがそれを知ったディアボロが、


「果物ですか。集めてきます。お待ちください」


 と代わりに集めてくれた。結果的にイリスは最初の朝しか動いていない。楽ではあるが、なんだかこのままではだめになる気がする。


 ――新しいドラゴンの誕生だね。ニートドラゴン。

 ――ニートって……えっと……。あ、あれ? 否定したいけど、できない気がする……!


 今もイリスは冷蔵庫から冷やした果物を取り出して、美味しく食べているところだ。朝起きてから果物を食べることしかしていない。ちなみに食べた分だけ一緒にいるフィアが補充してくれるという至れり尽くせり。


「フィア? 無理してここにいなくてもいいんだよ? 家に帰った方がいいんじゃない?」

「やだ」

「まさかの拒否!?」


 反抗期だろうか。イリスが少なくない衝撃を受けていると、フィアがイリスの指を掴んで、


「お姉ちゃんは、私がいると邪魔?」

「そんなわけないよ!」


 とりあえず抱きしめておく。うちのフィアはとてもかわいいです。


 ――なんだこれ。


 ハルカが呆れているのが分かるが、イリスにとってフィアは特別なのだ。フィアはイリスの初めての眷属だ。娘、とは違うが、それでもとても大切な存在だ。ちょっとだけ父の気持ちが分かる気がする。いやないか。


 ――それよりイリス。あまり遅くなるとケイティが怒るよ。

 ――あ、それもそうだね。そろそろ出発か。


 ハルカの言う通り、あまり遅くなるとケイティに怒られそうだ。明確な時間を指定されたわけではないが、遅く行くのも問題だろう。今はまだ日の出の時間だが。遅いよりはいいはずだ。


「フィア。麓の村に行くよ」

「はーい」


 フィアがイリスから離れて元気良く返事をする。イリスは頬を緩めてフィアを撫でた。




 麓の村の広場では、すでに商人たちが準備を始めていた。朝食を食べ終えたら出発するそうだ。準備そのものは村の人も手伝うのですぐに終わるらしい。イリスも手伝おうかと思ったが、村の人に止められたので見ているだけになってしまった。


「商人さんのお見送り?」


 イリスの隣でフィアが首を傾げて聞いてくる。イリスは首を振って、


「私も一緒に行くんだよ。街がどんなところか気になるからね。一緒に行って見てくる」


 そこでフィアの反応を待つが、返事がない。不思議に思って隣を見ると、フィアは泣きそうな目でイリスを見つめていた。戸惑うイリスの服をフィアが掴む。


「フィア……? どうしたの?」


 明らかにいつもと様子が違う。少し警戒するイリスの問いに、フィアは答えた。


「私も一緒に行く」

「え? いや、それは……」

「一緒に行く」


 小さな手できゅっと、イリスの服を掴んでいる。潤んだ瞳で見つめられると、イリスも簡単には否だと言えなくなってしまう。甘いと言われそうではあるが、普段は素直なフィアが我が儘を言うのだから、何かしら理由があるはずだ。


「何かあったの?」


 イリスが問えば、フィアは悲しげに眉尻を下げて、イリスがいない間のことを教えてくれた。

 曰く、この村に一人でいたくない、とのことだ。

 話を聞いてみると、いじめられているといったようなことはないらしい。むしろその逆で、イリスの、ドラゴンの眷属となったことで、特別扱いされるようになってしまった。普段やっていた仕事の手伝いも取り上げられ、代わりに村長の家にある本を自由に読んでもいいという許しが与えられた。だがそれすらも強制ではなかったらしく、読書に飽きると外に遊びに行くそうだ。


 だが大人たちだけでなく、同じ子供たちからも疎外感を覚えることになってしまった。親に何か言われたのかもしれないが、とにかくフィアが怪我をしないようにと、大切に大切に扱われてしまうらしい。そんな中で遊んでも楽しいはずもなく、気づけばフィアは一日の大半を一人で過ごすようになっていた。

 朝食の後は勉強代わりの読書をして、昼になったら一人で北の森へと向かう。そんな生活になってしまった。フィアが北の森に入り浸っていることに気が付いたディアボロたち北の森の魔獣は、護衛も兼ねてか一緒にいてくれるようになった。


 ――そう言えば、私たちが戻ってきた時も、フィアはディアボロと二人きりだったね。

 ――そう、だったね……。


 あの時フィアは、イリスが帰ってきたことに気が付いて待っていたと言っていた。きっとその言葉に嘘はないのだろう。遊ぶ場所を変えただけで、ディアボロと二人きりだった理由は別にあったというだけだ。

 イリスを受け入れてくれたこの村なら大丈夫だと思っていたが、よくよく考えればイリスも以前のようにはいっていない。クイナと薬屋が特別なだけで、今ではイリス様呼びが定着しているのだから。

 フィアの現状に気が付くべきだった。自分が情けない。

 そっとフィアを撫でると、フィアは不思議そうに首を傾げた。


「一緒に行こっか」


 そうフィアに聞くと、うん、と小さく頷いてくれた。


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