04
「イリス。あんた、空間魔法も使えるんか!?」
「つ、使えるけど……」
「よっしゃ分かった、街まで連れてったる! その代わり、ちょっと運んでほしいものがあるんやけどな?」
先ほどと同じような、ケイティの瞳の輝き。目がお金だ。イリスが警戒していると、ケイティが笑顔で言った。
「木材を運んでくれ!」
果て無き山周辺の土地は、山に棲むドラゴンの魔力に常に影響を受けている。それ故に、ただの木であっても魔力をため込んでいるほどだ。麓の村のように作物を作れば、他よりも美味しく栄養のある作物を得られる。凶暴な魔獣も多いが、得られる利益も多いという土地だ。
だがこの利益を他の土地に持って行こうと思えば、とても難しくなる。作物を持ち出しても、近場の街に着くまでに痛むだろうし、木材はどうしても数が限られる。そのため、ここまで行商に来る商人はとても稀なのだそうだ。
「じゃあケイティはどうしてここまで行商に来るの?」
森の中、良い木を探しながら歩くケイティとイリス。イリスがケイティに問えば、にやりと意地の悪い笑顔を浮かべた。
「内緒やで? 実はあたしも空間魔法が使えるんや」
「へえ。そうなんだ」
「なんや反応薄いな。まあええけど。そんなわけで、あたしがいれば、他のやつらよりももう少し多くの利益を得られるってことやな。ただまあ、あたしは魔力がそれほど多くないから、作れる空間もちょっとだけやけど。まあ損はせえへんって程度やな」
「ふうん。もっと使える人を雇えばいいのに」
「治癒魔法よりも珍しいのに、集められるわけがないやろ」
呆れたようなケイティの言葉。どうやら本当に空間魔法を使える人は少ないようだ。
ケイティに案内された先には、小さな広場にこれもまた小さな小屋が建っていた。この小屋にはケイティが買い取る予定の木材が入っているらしい。普段ならクレイに護衛をしてもらいつつ、担当の者がここで木を切り倒し、使いやすい形へとしていくそうだ。
小屋の中には木材が積まれていた。枝を切り取っただけのものもあれば、使いやすいように等間隔に切られたものまである。ほとんどが似通った形と大きさだ。器用なものだと思う。
――ただの木にしか見えないんだけど……。魔力があるの?
――うん。確かにたっぷりと魔力を持ってるみたい。でも何に使うんだろう?
分からなければ聞いてみればいい。というわけで、ケイティに聞いてみる。
「ああ。後から魔導師が手を加えれば、燃えにくくしたり固くしたりできるんよ。剣の形に加工すれば、鉄の剣より頑丈で切れ味のある剣が作れたりもするで」
「へえ……。私も少しもらっていい?」
「まあ協力してもらうんやし、ええやろ」
ありがと、と言いながら空間魔法で作った穴に木材を放り込んでいく。ケイティも入れていたが、十個ほどの木材を入れたところでもう入らなくなったようだ。だがそれでも利益に上乗せできるというのだから、この木材は想像以上の価値があるのかもしれない。
そんなことを考えながら入れていくと、小屋にあった全ての木材を入れることができた。
「うそやろ……」
ケイティが愕然とした様子で立ち尽くしている。イリスが首を傾げていると、ケイティは頬を引きつらせながらイリスを見た。なんだか少し顔が青ざめているような気がする。
「あれだけの量が入るやなんて、どんな魔力量しとるんや……」
「いや、あはは……」
できるだけ協力しないとと思ってついつい全部入れてしまったが、今思うとどう考えても入れすぎだ。隣のケイティが少ししか入れていなかったのだから気が付くべきだった。まあ、やってしまったものは仕方が無い。
「魔力量には自信があるから。でも、内緒にしてね?」
「ああ……。そうさせてもらうわ。その代わりに、ポーションでは稼がせてもらうで?」
「あはは。お手柔らかに」
ケイティなら秘密を守ってくれるだろう。少なくとも取引をしている間は。何となくだがそう思えることができた。
三日後の出発までは、ケイティたちは新しい木材作りをするそうだ。それも入れた方がいいのか聞くと、それは必要ないと断られた。なんでも、切った後も少しこの土地に放置することで、ドラゴンの魔力がより定着するらしい。その辺りのことはイリスには分からないが、そういうものなのだろう。
「三日後が楽しみだね」
――のんびりまったり馬車の旅だね。
馬車に乗るのは初めてだ。今から少し楽しみだったりする。鼻歌を歌いながら村の中を歩いていると、
「何が楽しみなの?」
真後ろにフィアが立っていた。何も気配がしなかったので正直かなり驚いた。できるだけ表情には出さずに振り返る。フィアは怒っているらしく、頬を膨らませていた。
「えっと、フィア? どうしたの?」
「何でもない!」
怒ってる。なんだか分からないが怒っている。イリスが困惑していると、ハルカが考えながら言った。
――大好きなお姉ちゃんをずっと待ってたのに、商人とばかり話していてつまらない。もっと構え。そんなところじゃない? それで拗ねてるんだと思う。
――そ、そうなの? 人間って難しい……。
――多分だからね。
間違っていたらごめん、とハルカが先に謝ってくる。どちらにしても、イリスには想像もできないので信じるしかない。間違っていたらまたその時に考えよう。
フィアと視線を合わし、頭を撫でる。む、とフィアがイリスを見つめてきた。少しだけ頬が緩んでいる。分かりやすいほどに単純だ。
「ごめんね。ちょっと大事な話をしてたから。今からクイナの家に行くけど、一緒に来る?」
「クイナさんなら狩りだよ」
「あー……。そっか……」
言われてみれば、その可能性を考えるべきだった。イリスが村にいた時は監視役として側にいたのだから、離れた今は本来の狩りに戻っていて当然だ。ということは、夕方までは戻らないだろう。
「散歩でもする?」
そうフィアに問いかければ、フィアは打って変わって満面の笑顔で頷いた。単純だ。でもかわいい。その後は夕方になるまで、のんびりと村の様子を見て回った。
夕方になり、狩りに行っていた村人たちが戻ってくる。イリスが以前と同じように広場で筵を広げて待っているのを見た村人たちは、ほとんど全員が驚いていた。驚きつつも、治癒を求めて来てくれる。それら全てを引き受けて、イリスは治癒をかけていく。
そのイリスの様子を、行商人の一行は不思議そうに眺めていた。以前にはなかったこの治癒に驚いているのかもしれない。もしかしたら、村人たちのイリス様呼びの方に驚いているのかもしれないが。
ちなみに隣ではフィアもがんばって治癒魔法をかけていた。イリスの、ドラゴンの眷属になった影響か、いつの間にか使えるようになっていたらしい。ただし、擦り傷を治癒するだけで精一杯のようだが。それでも、軽い怪我の人はそちらにも回ってくれたので、少しは助かっている。
そうして治癒を続けていると、クイナが顔を出した。
「驚いたね。いつの間に戻ってきてたんだい、イリス」
「今朝かな。ところでクイナ、聞きたいことがあるんだけど、いい?」
「ああ。あ、いや、後にしようか。治癒が終わったらあたしの家に来てくれ」
クイナがわずかに振り返って行商人たちを見て言う。どうやら聞かれることを警戒してくれたらしい。大した話ではないので気にしすぎだとは思うが、その気遣いに甘えることにした。
「分かった。後で行くね」
「ああ。待ってるよ」
クイナはそう言って、手を振って離れていく。イリスはそれを見送ってから、治癒に戻った。手早く終わらせてしまおう。
治癒が終わった頃には、太陽が沈んで真っ暗になっていた。広場にはいくつかかがり火があるが、それも当然ながら村全てを照らせるものではない。行商人たちもすでに村長の家に引き上げているらしく、イリスとフィアの二人だけが残された。じきに見回り兼火の番をする誰かが来るだろう。
「行こっか」
「うん」
フィアと共に、クイナの家に向かう。今更誤魔化す必要もないので、わざわざ明かりを出す魔法を使うことはしない。慣れた道をフィアと共に歩く。
壁|w・)なかなか進まない……。
もう少ししたら出発する、はず……!




