03
クレイは頷くと、商人の一歩前に出た。そして、あ、と思い出したようにイリスに言った。
「自己紹介してなかったね。クレイだよ。一応護衛ってことになってる。よろしくね」
「あ、はい。イリスです。よろしく」
クレイと握手を交わす。手は見た目通りというか、がっしりとした手だった。よく鍛えられている。少なくともこの村の人たちより強そうだ。
人間としては、だが。
「ああ、そうやな! 自己紹介や! あたしはケイティや。よろしくな」
「うん。よろしくね」
ケイティと名乗った商人とも握手を交わす。こちらの手はクレイと違って柔らかい手だ。それじゃあ、とケイティはそのままイリスの手を掴み、歩き始めた。
「商談や!」
「え、あ、うん……」
――どうしようハルカ、すごくやりづらい!
――あはは。ぐいぐいくる人だね。がんばれ!
どうやらハルカは助けてくれないらしい。振り返って薬屋を見れば、苦笑しつつ手を振っていた。助けてほしいのだが、どうやら伝わっていないらしい。
イリスは内心でため息をつきながら、仕方なくケイティの後に続いた。
村長の家の一階には見知らぬ人が集まっていた。どうやらケイティの部下らしい。ケイティからイリスと商談すると聞くと、手早く準備を始める。
部屋の中央にいすと机が用意され、さらには良い香りのする飲み物も出してくれた。ついでとばかりにクッキーもある。思わずそのクッキーに視線が釘付けになっていると、
「食べてええで」
楽しそうに笑いながらケイティが言ってくれた。
「いただきます!」
早速クッキーを一口食べてみる。日本で食べたクッキーには劣るが、ほんのりと甘くて美味しい。飲み物は紅茶のようで、少し苦みがあるがさっぱりとした味だった。
思わぬところで美味しいものに巡り会えた。イリスが頬を緩めていると、ケイティは嬉しそうに、
「気に入ってもらえたようやな。商談の方も期待してるで?」
「んー? 商談といっても、私は売れるものがないよ?」
「ポーションあるやろ」
「あー……」
正直、薬屋との会話からポーションを売るのが怖くなっている。できればお断りしたいのだが、しかしお金を手に入れるまたとない機会だ。逃すのはもったいない。
――ハルカ。どうしよう。
――とりあえず話だけでも聞いてみよう。
分かった、と内心で頷き、ケイティへと言う。
「えっと、具体的に」
「そうやな。逆に聞くけど、あのポーションは一日でどれぐらい作れるんや?」
いきなり答えづらい質問だ。あまり少ないと取引してもらえないかもしれないし、多いと疑われそうだ。
「あのコップ一杯を一人分としたら、百人分ぐらい……?」
さあ、どうだ。ケイティの顔色を窺いながら言ったのだが、それを聞いたケイティは思い切り目を剥いた。
うん。やらかしたらしい。
「百……。これはまた、すごいな……。庶民向けのポーションってことは、治癒士としての適正はそれなりってことやし、魔術師の適正が高いんかな……? それなら魔力が多いのも頷ける……」
なにやらぶつぶつ言っている。小声でつぶやいているが。一応イリスの耳には全て届いている。ただ、内容はいまいち理解できないが。
「この村との取引ついでにポーションも扱えれば、それなりの儲けになるな……。なあ、イリス。売ってくれる意志はあるんか?」
「条件次第、かな?」
「つまりは金額やな。そうやな、一人分銀貨一枚でどうや」
そこでイリスは気が付いた。大前提の問題だ。そう言えば村人からお金をもらう時も大して何も考えずに受け取っていた。我ながら、よく今まで気にしなかったことだ。
何がと言えば、金の価値が分からない。
――今更すぎる!
ハルカの叫びにまったくだ、とイリスは頷いた。ちょっとだけ自己嫌悪。
「あの……。聞いても、いい?」
「ん?」
「お金の価値が分かりません……」
ケイティがあんぐりと口を開けた。ごめんなさい。
ざっくりとケイティに教えてもらう。この世界に流通している金は硬貨六種類。銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨だ。それぞれ十枚ずつで繰り上がっていく。銅貨百枚、大銅貨十枚、銀貨一枚はそれぞれ同価値ということだ。
――ふむふむ。なるほど。話を聞く限り、銅貨一枚が日本の十円ぐらいかな?
――分かりにくいなあ……。日本のお金の仕組みってすごかったんだね。
――えっへん。
――ハルカは褒めてない。
日本と違い、かなりざっくりとした価値観だ。だが金に関してはどの種族も共通して同じものを使っているらしいので、明確に決めることができないのかもしれない。
この辺りはイリスにはあまり関係のないことだ。気にすることでもないだろう。
――あの薄めたポーションが銀貨一枚って、破格だよね?
結構いい条件ではないだろうか。イリスがそう聞くと、ハルカは少しだけ唸って、
――ポーションは貴重品ってことを考えると……。イリス。販売価格聞いてみてよ。
――ん? 分かった。
「ケイティ。ちなみに聞いていい?」
「なんでも聞いてええよ」
「銀貨一枚で買い取って、いくらで売るの?」
「銀貨五枚やな」
隠す様子もなく、即答してくれた。どうやら隠し事はせずに話してくれるらしい。それにしても、なかなかの値段だ。五倍か。
――つまり直接私が販売すればもっと儲かるの?
――そんな簡単な話でもないよ。見たこともない信用もないイリスが売りに行って、誰がポーションだと信じて買うのかっていうのもあるから。それに、ケイティたちにとってはポーションを運ぶための費用やここにいる人を雇うためのお金もいるし。妥当かどうかは分からないけど。
――んー……。
なかなか、人間の世界は難しい。色々と考えることが必要のようだ。
この先、自分で売りに行くとしても、ハルカの言うように簡単に売ることはできないのだろう。別の商人を探すにしても、今と条件は変わらないのかもしれない。むしろ悪くなる可能性すらある。それなら、この村と関わりのあるこの商人に依頼した方がまだ信用できるだろうか。
――ところでね、イリス。
――なに?
――どうせなら、イリスも一緒にこの人たちと移動したら? 街に行きたいんでしょ? 多分だけど、歓迎してくれるよ。
なるほど、とイリスは頷いた。それもいいかもしれない。道中で彼らの街についても教えてもらえるだろう。事前調査は大切だ。でないとまたハルカに怒られてしまう。
――そんなつもりなかったんだけど。
ハルカの呟きを聞き流しながら、イリスはケイティへと言った。
「私からも一つ依頼してもいい?」
「うん? とりあえず聞くだけやったら、ええで?」
「私、そろそろ別の街を見に行きたいの」
ぴくりと、ケイティがわずかに反応を示した。どうやらイリスが何を言おうとしているのか察したらしい。
「ケイティたちはいつ頃戻るの?」
「そうやな。三日後ぐらいに出発やと思うな」
「一緒に行ったらだめかな?」
腕を組み、考え込むケイティ。頭の中で損益を計算しているのかもしれない。
「街に行っても、優先的に取引する」
「ふむ」
「街につくまでの治癒も引き受けるよ。薬代いらず」
「ほう……」
「あと、そうそう。私は空間魔法が使えるから、いろいろと運べ……」
「なんやと!」
「ひゃ……」
ケイティが唐突に大声を出したせいで、妙な悲鳴が漏れてしまった。少しだけ顔を赤くして口を押さえ、周囲を見る。特に気にしている人はいないようで一安心だ。胸を撫で下ろすイリスに、ケイティが詰め寄ってきた。
壁|w・)さすがに三日空けるのもなあ、ということで奇数日ですが更新。
明日も更新します。
ざっくりまとめ。
銅貨:10円 大銅貨:100円 銀貨:千円 大銀貨:一万円
金貨:十万円 大金貨:百万円
大金貨ではなく白金貨にしようかと思いましたが、材質が思い浮かびませんでした。




