02
「へえ、行商人」
イリスの瞳が輝く。行商人、つまりは村の外から来たということだろう。是非とも、その商人から話を聞いてみた。
「私も会いたい」
イリスが短くそう言うと、フィアはだよね、と肩を落とした。きっとこうなることが分かっていたからこそ、大人の誰かから口止めされていたのだろう。
「ちょっと聞いてくるね」
フィアはそう言うと、村の中へと走って行った。
――ハルカ。行商人だって。
――うん。いいタイミングで帰ってきたね。魔石についても知ってるんじゃない?
――あ、そうかも! 聞いてみようかな?
行商人ならきっと色々なことに詳しいだろう。今から話すのがとても楽しみだ。
北門でしばらく待っていると、フィアが一人の男と共に戻ってきた。その男はこの村の薬屋の男だ。イリスとも交流がある。
「イリスお姉ちゃん、お願いしても、いい?」
「何を?」
「ドラゴンであることは秘密にしてほしくて。薬屋さんから、最近村に来た治癒士だって紹介してもらう形にしたいんだけど、大丈夫かな?」
「別にいいけど……。村長から?」
「うん。言われて」
イリスとしては会って話ができればいいので、問題はない。頷くと、フィアと薬屋が安堵したようにため息をついた。そこまで不安にならなくてもいいだろうに。
その後は薬屋と共に村の中に入っていく。
村の中はとても静かだ。子供たちが遊んでいる声は聞こえてくるが、大人たちの声は聞こえない。どうやら全員、行商人のもとへと集まっているらしい。
広場に近づくと、大きな女の声が聞こえてきた。
「ほらほら、もっと見てってや! これなんかおすすめやで!」
――なんで関西弁。
ハルカが笑っている。関西弁というのは、確か日本の方言とかいうものだったはずだ。どうやらハルカにはそう聞こえているらしい。
――イリスは違うの?
――ちょっと独特なしゃべり方だけど、それだけだよ。
――そうなんだ。その独特が私には関西弁に変換されてるってことかな。関西弁なのは行商人っていう先入観かな……?
その辺りのことはイリスには詳しくは分からない。ともかく、広場の奥へと向かう。
そこには大きな馬車が三台並び、そのうちの一つの側で若い女が何かを片手に大声で叫んでいた。どうやらあの何かを紹介しているらしい。その女の側には、全身鎧の男が一人。兜から見える瞳が鋭く周囲を監視している。護衛だろうか。
その視線が、イリスを捉えた。男が一瞬だけ動きを止めた。じっとこちらを見つめてくる。イリスが小さく手を振ると、男はそっと目を逸らした。
「イリス。あの商人に紹介する前に、一つだけ言っておきたいんだが」
薬屋がイリスへと言う。
「ここを出る前に俺に渡したポーションがあるだろ?」
ポーション。日本に行く前に薬屋に渡しておいたものだ。イリスが離れている間、治癒が必要な人がいれば使ってあげてほしい、と。それがどうしたのだろうか。
「うん。あ、売るの? 別にいいよ?」
「違うし、売るなよ? 絶対に売るなよ?」
薬屋の態度にイリスは首を傾げてしまう。多少なりともお金にはできると思うのだが。二束三文だろうが、あの量があればそれなりのお金になるはずだ。外で食べ物を買うお金にできると思っていたのだが。
「気づいてないみたいだが、あのポーションの効果は俺たち人間の間では飛び抜けてる。あれだけで一財産だし、売ればかなりの騒ぎになる。出所を探られるぞ」
「なんで!? ただのポーションだよ?」
「うん。まずポーションが貴重品だからな? ただの、じゃないからな?」
「ええ!?」
水に治癒魔法をかけて効果を持たせた、ただそれだけのものだというのに。それが貴重品だとは全く思ってもみなかった。ともかく、薬屋の話ではポーションのことには触れない方がよさそうだ。
――つまりかなり厄介なものを押しつけてたってことだね。
――ああ……。そうなるんだね……。謝らないと。
イリスにとってはただの良い水程度のものでも、村の人からすれば貴重品を大量に押しつけられた形だ。とても戸惑ったことだろう。
「その、ごめんなさい。そんな物押しつけて……」
イリスの謝罪に、けれど薬屋は笑っただけだった。
「気にしなくていいさ。助かっていたのは事実だから、良ければこのまま使わせてほしい。もちろん、内緒にするよ」
「うん。いいよ。足りなくなったらいつでも言って。あんなもの、片手間に作れるから」
「お、おう……」
何故か薬屋の頬が引きつったような気がする。意味が分からない。
話している間に、商人の方も落ち着いてきたようだ。そろそろ行くぞ、と薬屋に促されて、イリスは彼の後をついて行く。
商人は自分の元にやってくる薬屋に気が付くと、笑顔を浮かべた。
「これはこれは! 毎度どうも! なんか買ってってくれるんか?」
「いや、今日は別件だよ。最近この村に来た子を紹介したくてな」
「は? そんな子がおるん? もしかして、その子か?」
「ああ。治癒士のイリスだ。薬草とかをよく持ち込んでくれる」
「なんと! 治癒士!」
商人の顔が輝く。その笑顔がイリスへと向けられて、思わず体を仰け反らせた。なんだろう、悪い人ではないようだが、何となく警戒してしまう。
「珍しいなあ、治癒士やなんて。ああ、でも、適正があるだけやったら、探せば見つかる、かな……?」
言いながら、自分の言葉に自信がなくなってきたらしい。商人はどうやったかな、と思い出そうとしている。薬屋は苦笑しながら、いやいやと首を振った。
「国に抱えられていないのが不思議なぐらいの、すごい治癒士だよ」
「ほうほう。ポーションが作れたりか? はは、まさかそんなわけ……」
「おう。これだ」
「あるんか!?」
驚いた声を上げて薬屋が取り出したコップを奪い取る商人。驚いたのはイリスもだ。秘密にしておいた方がいい、という話だったのに。だがよくよく見てみれば、あのポーション、魔力がかなり薄まっている。どうやら大量の水を混ぜて希釈して、効果を弱めておいたらしい。
「ちなみに百倍だ。それだけ水を混ぜて、ようやく一般的なポーションだ」
薬屋が小声で教えてくれる。まさかそこまで薄めないといけないとは思わなかった。ちなみに十倍程度で最高級のポーションだそうだ。
「ほうほう……。あたしやと効果が分からんなあ……。なあ、これは売ってくれるんか?」
「それは俺が買い取ったものだから、いいぞ。それ以上ならこの子と直接交渉してほしい」
「了解や! じゃあちょっと待っててな。クレイ。ちょっと使え」
商人が隣の男に言う。クレイと呼ばれた男がフルフェイスの兜を外す。黒髪で顔に不思議な模様があり、小さな角らしきものがある。どうやら魔族らしい。商人が人族なのでこちらも人族だと思っていた。
「ほい。ぐぐっと」
「うん」
クレイが頷く。意外と中性的な声だった。クレイは商人からコップを受け取ると、中の水を一気に飲み干した。
「どや?」
「んー……。わ、すごい。細かい傷が治ってる。間違い無くポーションだよ。質としては可も無く不可も無くってところだね。貴族連中は相手にしないけど、庶民なら喜んで買うよ」
「ほほう。ええな。庶民向けってところがええわ。治癒士さん、ちょっと商談どうや?」
瞳を輝かせてイリスに聞いてくる。商人の目がお金に見えるのは気のせいだろうか。イリスが頷くと、商人は手を叩いて喜んだ。
「よっしゃ、決まりや! じゃあ村長の家に行こか。あたしら今日はそこで泊めてもらう予定やねん。クレイ、店番頼むで」
「うん。分かった」
壁|w・)関西弁っていざ書こうとすると難しいですね。