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龍姫イリスの異界現代ぶらり旅  作者: 龍翠
第二話 現代:オムライス ~思い出の味~
24/98

06

 ぽつりとイリスが言葉を漏らす。全員が静かに食べていたので、その声は妙に響いた。望が首を傾げながら聞く。


「違うのか? 一応オムライスだけど……。ああ、ただ、プロが作るようなものは無理だからな? 参考程度に聞くけど、どんなオムライスだったんだ?」


 どんなオムライス、と聞かれても少し困る。ハルカの記憶にあるものなので、イリスは直接食べたことがない。ただ、とても美味しそう、というのだけが分かる。とりあえず、


「卵はもっとこう、とろとろだったかな?」

「ああ、半熟か。それは俺には無理だ」


 望が肩をすくめ、イリスが続ける。


「あと、ケチャップで何か模様描いてた、かな? 簡単に描かれてるけど、犬だったような……?」

 ――……っ!


 ハルカが鋭く息を呑む。どうしたのかとイリスが不思議に思っていると、目の前の望も大きく目を見開いていた。イリスの先ほどの言葉に何か原因があるのだろうが、全く分からない。健一も分からないのか、望の反応に首を傾げている。

 やがて、望が小さくため息をついた。


「それは、多分、楠のお母さんのオムライスだな。あの人のオムライスはすごく美味しい。で、必ず手間をかけてケチャップで子犬を描いてる」

「あー……」


 またやらかしたらしい。

 どうやらハルカの記憶に強く残り、そしてイリスが強く食べたいと思ったオムライスは、よりにもよってハルカの母のオムライスらしい。これはさすがに、食べられないかもしれない。

 だが今は、そのことは後回しだ。

 望は目を細め、じっとイリスのことを見つめていた。


「やっぱり、何か知ってるのか?」

「えっと……」


 さすがに、何も知らないとは言えない。イリスが口ごもっていると、望の視線が鋭くなってくる。いっそのこと、本気で逃げようかと思い始めたところで、ぴりりり、という妙な音が鳴った。ハルカ曰く、携帯電話の呼び出し音、らしい。

 それを聞いた瞬間、望の顔色が悪くなった。妙に青ざめて、ポケットからスマホというらしい道具を取り出している。そして失礼、と短く言い残して、足早に休憩所を出て行った。


「さっきの音、多分ですけど楠さんに関わる電話ですね」


 健一が言って、イリスが少しだけ驚く。


「そうなの?」

「はい。あの呼び出し音は楠さんの友達って人からの電話です。その人からの電話はほとんどが楠さんのことです」


 ただ、と健一が続ける。


「その人はよほどのことがない限り、連絡してこないそうで。連絡があった時は、あまり良くないことが起こった時だそうです」


 良くないこと、とは何だろうか。ハルカが見つかることはあり得ないが、しかしハルカの死体が見つかることはあり得るかもしれない。ハルカも自分が行方不明になっていたことを知らなかったほどだ。どこかから不意に死体が出てきてもおかしくはない。


 ――確かにそうだけど、それだとみんなにトラウマを植え付けそうで申し訳ないなあ……。


 のほほんとしたハルカの声。だが、何となく、その声からは不安を感じる。

 しばらくして、望が戻ってきた。その顔は先ほどよりもさらに青く、いっそのこと白い。ふらふらと自分の席に戻ってきて、どっかと座った。


「あの……。何かあったの?」


 イリスがそう聞くと、望が弱々しい声で言った。


「事故、らしい」

「え?」

「楠のお母さんが、交通事故にあったらしい。意識不明の重体で、その……。助かる見込みの方が……」


 それ以上は言わなくても分かる。まさか突然そんなことが起こるとは思わなかった。ハルカも、呆然としているようで沈黙している。


「一緒に暮らしている妹さんが言うには、遙が戻ってきたって叫んで、家を飛び出したらしい。それで、車にひかれた、て……」

「それって……」

 ――まさか……。


 人の縁、繋がりとはなかなか侮れないものだ。他の日ではなく、イリスがこの世界に来た今日という日に、ハルカが戻ってきたと家を飛び出した。それは本当に、偶然なのだろうか。

 イリスと一緒に、当然ながらハルカの魂もここに来ている。もしかすると、何かしらそれを感じ取ったのかもしれない。イリスたちのような感覚の鋭いドラゴンは、同族がどこにいるのかぐらいはすぐに分かる。人間とはいえ、それはないと誰が言い切れるだろうか。ましてや実の娘だ。何か感じたのかもしれない。

 意識不明。重体。死。このまま何もしなければ、死ぬ可能性が高い、ようだ。


 ――ハルカ……。どうしよう?


 ハルカの母であっても、イリスにとっては赤の他人だ。近くの誰か、親しい誰かならともかく、見ず知らずの人を助ける義理もない。特に異世界のことだ。あまり関わるべきではないだろう。

 だが、それでも。ハルカが望むなら。


 ――いい。


 しかし、ハルカの答えはとても短いものだった。


 ――ハルカ?

 ――何もしなくていい。もう帰ろう。


 感情のない声。しかし、泣き出しそうになるのを必死に堪えている声だ。それぐらいはイリスにも分かる。まだ短い付き合いだが、それでも四六時中一緒にいるのだ。分からないわけがない。


 ――さ。帰ろう?


 振り払うような声。忘れようとしているかのような声。

 ちょっといらっとした。


 ――ハルカ。


 イリスの声から怒気を感じたのか、ハルカが一瞬だけ息を呑んだ。


 ――ハルカはどうしたいの? 正直な気持ちを教えて。

 ――私は……でも……。

 ――私はハルカのことは友達だと思ってる。大切な友達。だから、ハルカが望むなら、世界の全てを敵に回してもいいよ。

 ――イリス……。

 ――ちなみに今のはハルカの記憶にあった漫画からです。

 ――色々と台無しだよ。


 思わずといった様子で笑うハルカに、イリスは少しだけ安心した。こうしてちゃんと笑えるなら、きっと大丈夫だ。あとは、ハルカから本当にしたいことを聞き出すだけだ。


 ――だからね、ハルカ。ちゃんと、言ってほしいな。ハルカが何をしたいのか、私に何をしてほしいのか。どんなことでも、いいよ。

 ――本当に、いいの?

 ――うん。もちろん。


 例え今回のことが原因でこちらの神様に目を付けられて、この世界に来られなくなったとしても、それはそれで構わない。美味しいものは食べたいが、友達より優先することではない。今のイリスにとって、父とハルカより優先することなんて何一つない。

 もっとも、その次に優先されるのが食べ物とフィアが同列だというあたり、イリスの食べ物に対する執着は並外れているのかもしれないが。


 ――じゃあ、イリス。お願い、してもいいかな?

 ――うん。何かな?

 ――お母さんを、助けて。

 ――よしきた。お任せあれ。


 ようやく、ちゃんと望みを口にしてくれた。それだけでイリスは動くことができる。今なら神様を相手にしても喧嘩しよう。もちろん避けられるなら避けるが。


「ねえ、望」


 イリスが望を呼ぶと、望は泣きそうな顔を上げた。この人も、他人の家族をここまで気に掛けるあたり、相当なお人好しだろう。それだけで好感が持てる。


 ――もしや恋の予感!?

 ――寝言は寝て言え。

 ――そこまで言わなくても。


 うん。いつも通りだ。内心で小さく笑いながら、望へと言う。


「病院、教えて。病院の名前と住所? とかいうやつ。あとは地図も欲しいかな?」


壁|w・)ストックはもう少しあるのー。

尽きるまでは毎日更新したいけど、多分じきにストック尽きるのー。

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