04
少しだけ不満に思っていると、健一が恐る恐るといった様子で声をかけてきた。
「あの、かみさま……? なんか、すごく不機嫌そうだけど、俺何かしました?」
どうやら顔に出ていたらしい。イリスは慌てて首を振って、笑顔を見せた。
「ごめん。ちょっと変なことを思いだしただけだから」
「そうですか? あ、こちらどうぞ。羊羹です」
健一が何か熱い飲み物で満たされたコップと、四角くて黒い塊が載ったお皿を差し出してきた。両方ともイリスの世界では見たことのないものだ。ハルカの記憶を見ようとすると、
――お茶と羊羹。色的に、緑茶かな? 羊羹は甘いお菓子。
――甘いお菓子? 甘いお菓子!?
――そう! 甘いお菓子!
それを聞いたイリスは顔を輝かせると、早速羊羹を食べることにした。羊羹には細い木の枝のようなものが刺さっている。ハルカ曰く、爪楊枝というらしい。それで口に持って行くのだとか。イリスは言われるがまま羊羹を一口食べてみる。
「…………! っ! ……っ!」
――イリス。言葉が出てないよ。
優しげに、けれど苦笑しつつハルカが言う。イリスはそれどころではない。
実を言うと、甘いものを食べたのはこれが初めてだ。果物や木の実はもちろんあるが、これほど甘くはなかった。とても甘く、けれど食べにくいわけでもない。ほどよい甘さだ。
何が言いたいのかと言うと、美味しい。それに尽きる。
ぱくぱくと、続けて食べていく。あっという間に羊羹はかけらも残さずなくなってしまった。
「あはは。お口に合ったようで良かったです。お代わりいります?」
「あるの!? 欲しい!」
「はい。ちょっと待っていてくださいね」
イリスからお皿を受け取り、健一が部屋の隅に歩いて行く。最初は気づかなかったが、そこには小さな箱が置かれていた。人の膝までしかない小さな箱だ。健一はそれを開けると、小さな包みを取り出した。不思議な透明な袋に巻かれている。それを開けると、先ほどの羊羹が出てきた。
「どうぞ」
「ありがとう」
さっきは急いで食べ過ぎた。今度はちゃんと味わおう。
口に広がる甘みを堪能しながら、ゆっくりと食べ進める。先ほどは味に夢中で気づかなかったが、このお菓子はひんやりと冷えている。どんな魔法を使っているのだろうか。
――いや、だから魔法なんてないって。
――でも冷たいよ?
――うん。あのちっちゃい箱、冷蔵庫だね。電気を使って中のものを冷やす道具。この世界のこの国ではありふれたものだよ。
――おー……。すごく便利な道具だね。
あの道具さえあれば、年中冷たいものが味わえるということか。是非とも一台持って帰って拠点の洞窟に常備したいが、問題は電気がないことだ。
――魔力で代用とかできないの?
――んー……。分からない。研究してみようかな。
急ぎの用事があるわけでもない。一台手に入れて、帰ったら調べてみるのもいいかもしれない。もっとも、問題は手に入れる方法がないことだが。
そんなことを考えていると、皿の上から羊羹が消えてしまった。無意識のうちに全て食べ終えてしまったらしい。少しだけ残念に思いながらも、さすがにこれ以上のお代わりは失礼だろう。そう思っていたのだが、
「どうぞ」
お代わりがきた。
「えっと……。いいの?」
「美味しそうに食べていましたから」
「うぐ……」
――どうしようハルカ。ちょっと恥ずかしい。
――大丈夫だよ、イリス。……今更だから。
――え。
ハルカ曰く、一個目の時に気をつけていない時点で手遅れだ、とのことだ。もっともすぎて、ぐうの音も出ない。ぐう。
ただ、出してくれたのなら、遠慮は無用だろう。
「じゃあ……。いただきます」
「どうぞ」
うん。美味しい。
三個目の羊羹をしっかりと味わって食べ終わったところで、望が戻ってきた。神主の衣装だろう独特な服はもう着ていない。
「おっちゃん。あの服は?」
「おじさんに押しつけてきた」
「ああ……」
望はイリスの対面に座る。イリスが持っていた皿を見て、わずかに笑みを見せた。
「美味かっただろ? 俺の友達が作ってるんだ」
「へえ。すごい。うん、美味しかった」
「はは。そいつにも伝えておくよ。……なあ、健一。俺にはないの?」
「え? いるの?」
「おい」
冗談だよ、と笑いながら健一が望の羊羹を用意する。ついでとばかりにイリスにもお代わりをくれた。これで四個目だ。どうしようかと悩むが、
「あれ? いりませんでした?」
いらなかったかと聞かれたら、いるとしか答えられない。イリスは頬を緩ませながら羊羹を口に入れる。
「やっぱり神様も羊羹が好きなんですね。メモしとこ」
「何に使うメモだよ」
望は苦笑しながら手早く羊羹を食べてしまい、お茶を飲む。さて、と姿勢を正してイリスに向き直った。
「健一。悪いけど、ちょっと出ててくれ」
「え? なんで? 俺ももっと神様と話したい!」
「いいから」
望の顔が真剣なものだったためだろうか。健一は怪訝そうに眉をひそめながら、仕方ないな、と席を立った。ゆっくりしていってください、とイリスに声をかけて退室していく。部屋の扉が閉められて、静かになった。
イリスは望を観察する。望は目を閉じ、何事かを考えているようだった。イリスとしても何故ここに呼ばれたのか分からないので、黙って待つしかない。望はハルカのクラスメイトというものらしいので、それに関する話だろうとは思うのだが。
――この人ってどんな人なの?
――んー? 新橋君は文武両道な優等生だったよ。ただ本人曰く、どっちも一番になれない器用貧乏だって嘆いていたけど。神主になってるとは思わなかったなあ……。
――ふうん……。ところでハルカって何歳?
――十六歳。十六歳の誕生日に死んじゃいました。
――目の前のこの人は?
――どう見ても二十歳以上だよね。
ハルカの話では、死んで間もなくイリスに食べられたような印象だった。だが目の前のハルカのクラスメイト、新橋望はどう見ても二十代半ばほどだ。年齢が合わない。
ハルカと二人で考えていると、望が目を開いてイリスを見据えてきた。その鋭い瞳に、思わず体が竦んでしまう。
「なあ、イリスさん。あんたは何者だ?」
「えっと……。何者っていうのは?」
「あんたは十年ほどまえに行方不明になった俺の友達にうり二つだ。気持ち悪いぐらいにな。髪の色が違うだけだ。無関係とは思えない」
「え? 行方不明? 死んだんじゃないの?」
「は?」
「あ……」
ハルカがばか、と頭を抱えている。うん。自分でも失敗したとすぐに気づいた。望の目がさらに鋭くなっている。どうしよう、相手はただの人間なのに、妙に怖い。
「なんでそう思っていたのかは分からないけど、つまりは知ってるってことだよな? 俺の当時のクラスメイト、楠遙を」
「あー……」
知ってるどころか、自分が食べちゃいました。言えるわけがない。言ったらどうなるのか想像もできない。
壁|w・)ちょっとストックできたので、突発更新。