表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
龍姫イリスの異界現代ぶらり旅  作者: 龍翠
第二話 現代:オムライス ~思い出の味~
22/98

04

 少しだけ不満に思っていると、健一が恐る恐るといった様子で声をかけてきた。


「あの、かみさま……? なんか、すごく不機嫌そうだけど、俺何かしました?」


 どうやら顔に出ていたらしい。イリスは慌てて首を振って、笑顔を見せた。


「ごめん。ちょっと変なことを思いだしただけだから」

「そうですか? あ、こちらどうぞ。羊羹です」


 健一が何か熱い飲み物で満たされたコップと、四角くて黒い塊が載ったお皿を差し出してきた。両方ともイリスの世界では見たことのないものだ。ハルカの記憶を見ようとすると、


 ――お茶と羊羹。色的に、緑茶かな? 羊羹は甘いお菓子。

 ――甘いお菓子? 甘いお菓子!?

 ――そう! 甘いお菓子!


 それを聞いたイリスは顔を輝かせると、早速羊羹を食べることにした。羊羹には細い木の枝のようなものが刺さっている。ハルカ曰く、爪楊枝というらしい。それで口に持って行くのだとか。イリスは言われるがまま羊羹を一口食べてみる。


「…………! っ! ……っ!」

 ――イリス。言葉が出てないよ。


 優しげに、けれど苦笑しつつハルカが言う。イリスはそれどころではない。

 実を言うと、甘いものを食べたのはこれが初めてだ。果物や木の実はもちろんあるが、これほど甘くはなかった。とても甘く、けれど食べにくいわけでもない。ほどよい甘さだ。

 何が言いたいのかと言うと、美味しい。それに尽きる。

 ぱくぱくと、続けて食べていく。あっという間に羊羹はかけらも残さずなくなってしまった。


「あはは。お口に合ったようで良かったです。お代わりいります?」

「あるの!? 欲しい!」

「はい。ちょっと待っていてくださいね」


 イリスからお皿を受け取り、健一が部屋の隅に歩いて行く。最初は気づかなかったが、そこには小さな箱が置かれていた。人の膝までしかない小さな箱だ。健一はそれを開けると、小さな包みを取り出した。不思議な透明な袋に巻かれている。それを開けると、先ほどの羊羹が出てきた。


「どうぞ」

「ありがとう」


 さっきは急いで食べ過ぎた。今度はちゃんと味わおう。

 口に広がる甘みを堪能しながら、ゆっくりと食べ進める。先ほどは味に夢中で気づかなかったが、このお菓子はひんやりと冷えている。どんな魔法を使っているのだろうか。


 ――いや、だから魔法なんてないって。

 ――でも冷たいよ?

 ――うん。あのちっちゃい箱、冷蔵庫だね。電気を使って中のものを冷やす道具。この世界のこの国ではありふれたものだよ。

 ――おー……。すごく便利な道具だね。


 あの道具さえあれば、年中冷たいものが味わえるということか。是非とも一台持って帰って拠点の洞窟に常備したいが、問題は電気がないことだ。


 ――魔力で代用とかできないの?

 ――んー……。分からない。研究してみようかな。


 急ぎの用事があるわけでもない。一台手に入れて、帰ったら調べてみるのもいいかもしれない。もっとも、問題は手に入れる方法がないことだが。

 そんなことを考えていると、皿の上から羊羹が消えてしまった。無意識のうちに全て食べ終えてしまったらしい。少しだけ残念に思いながらも、さすがにこれ以上のお代わりは失礼だろう。そう思っていたのだが、


「どうぞ」


 お代わりがきた。


「えっと……。いいの?」

「美味しそうに食べていましたから」

「うぐ……」

 ――どうしようハルカ。ちょっと恥ずかしい。

 ――大丈夫だよ、イリス。……今更だから。

 ――え。


 ハルカ曰く、一個目の時に気をつけていない時点で手遅れだ、とのことだ。もっともすぎて、ぐうの音も出ない。ぐう。

 ただ、出してくれたのなら、遠慮は無用だろう。


「じゃあ……。いただきます」

「どうぞ」


 うん。美味しい。




 三個目の羊羹をしっかりと味わって食べ終わったところで、望が戻ってきた。神主の衣装だろう独特な服はもう着ていない。


「おっちゃん。あの服は?」

「おじさんに押しつけてきた」

「ああ……」


 望はイリスの対面に座る。イリスが持っていた皿を見て、わずかに笑みを見せた。


「美味かっただろ? 俺の友達が作ってるんだ」

「へえ。すごい。うん、美味しかった」

「はは。そいつにも伝えておくよ。……なあ、健一。俺にはないの?」

「え? いるの?」

「おい」


 冗談だよ、と笑いながら健一が望の羊羹を用意する。ついでとばかりにイリスにもお代わりをくれた。これで四個目だ。どうしようかと悩むが、


「あれ? いりませんでした?」


 いらなかったかと聞かれたら、いるとしか答えられない。イリスは頬を緩ませながら羊羹を口に入れる。


「やっぱり神様も羊羹が好きなんですね。メモしとこ」

「何に使うメモだよ」


 望は苦笑しながら手早く羊羹を食べてしまい、お茶を飲む。さて、と姿勢を正してイリスに向き直った。


「健一。悪いけど、ちょっと出ててくれ」

「え? なんで? 俺ももっと神様と話したい!」

「いいから」


 望の顔が真剣なものだったためだろうか。健一は怪訝そうに眉をひそめながら、仕方ないな、と席を立った。ゆっくりしていってください、とイリスに声をかけて退室していく。部屋の扉が閉められて、静かになった。

 イリスは望を観察する。望は目を閉じ、何事かを考えているようだった。イリスとしても何故ここに呼ばれたのか分からないので、黙って待つしかない。望はハルカのクラスメイトというものらしいので、それに関する話だろうとは思うのだが。


 ――この人ってどんな人なの?

 ――んー? 新橋君は文武両道な優等生だったよ。ただ本人曰く、どっちも一番になれない器用貧乏だって嘆いていたけど。神主になってるとは思わなかったなあ……。

 ――ふうん……。ところでハルカって何歳?

 ――十六歳。十六歳の誕生日に死んじゃいました。

 ――目の前のこの人は?

 ――どう見ても二十歳以上だよね。


 ハルカの話では、死んで間もなくイリスに食べられたような印象だった。だが目の前のハルカのクラスメイト、新橋望はどう見ても二十代半ばほどだ。年齢が合わない。

 ハルカと二人で考えていると、望が目を開いてイリスを見据えてきた。その鋭い瞳に、思わず体が竦んでしまう。


「なあ、イリスさん。あんたは何者だ?」

「えっと……。何者っていうのは?」

「あんたは十年ほどまえに行方不明になった俺の友達にうり二つだ。気持ち悪いぐらいにな。髪の色が違うだけだ。無関係とは思えない」

「え? 行方不明? 死んだんじゃないの?」

「は?」

「あ……」


 ハルカがばか、と頭を抱えている。うん。自分でも失敗したとすぐに気づいた。望の目がさらに鋭くなっている。どうしよう、相手はただの人間なのに、妙に怖い。


「なんでそう思っていたのかは分からないけど、つまりは知ってるってことだよな? 俺の当時のクラスメイト、楠遙を」

「あー……」


 知ってるどころか、自分が食べちゃいました。言えるわけがない。言ったらどうなるのか想像もできない。


壁|w・)ちょっとストックできたので、突発更新。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ