02
補導、というのは分からないが、とにかく避けた方がいいというのは分かった。仕方なく、それじゃあ、とまた記憶を探る。ただ、この服以外だと頻繁に着ているというものがないようだ。
――面倒だからこれにしちゃえ。
――あ。
イリスの体を光が包み、そして消えた。
今のイリスの格好は、紺色のパーカーに黒いスカートとスニーカーというものになった。もちろん赤いマフラーもある。これはお気に入りなので外せない。
――なんという微妙なセンス。
――センス?
――うん。何でも無い。まあ、それならいいんじゃない?
ハルカのお墨付きをもらったので、それじゃあ改めて、とイリスは黒い穴を見る。大きすぎるので小さくして、そして、
「では、今度こそ、しゅっぱつ!」
意気揚々と、黒い穴に入っていった。
黒い穴から出た先は、薄暗い部屋だった。木造の建物のようで、フィアたちの家の部屋よりも狭い。家具などは何もないが、イリスには用途の分からない道具が隅に片付けられていた。
――何の建物かな?
――さあ……。とりあえず外に出てみたら?
ハルカに促されて、イリスは外に出ることにした。両開きの扉が一つだけある。イリスはそちらに向かうと、少しわくわくしながら扉を開けようとして。
鍵がかかっているのか、開かなかった。
――むう……。どうしよう? 壊していい?
――やめなさい。魔法でどうにかならないの?
――ふむう……。
扉に手をかざし、魔力を込める。どうやら鍵は単純な構造のようだ。魔力でむりやり動かすと、かちりと軽い音と何かが落ちる音がした。どうやら無事に開いたらしい。
――おお。さすがイリス。すごい!
――えっへん!
――ああもう、撫でたい!
そんな言葉を交わしながら、扉を開ける。そして最初に見たものは、緑、つまりは木だ。どうやら林か森の中らしい。この建物に続く道、といっても獣道のようなものだったが、それはある。どうやらこの建物は林の中にぽつんと立っているらしい。
さて、現実逃避はこれぐらいでいいだろう。
開けてすぐの目の前に、少年が一人、呆然と立ち尽くしてこちらを見つめていた。つまりは、ここから出てくるところを見られた、ということだ。
お互いに見つめ合うイリスと少年。そして、少年が言った。
「神様?」
「いや違うから」
確かに信仰とかされていたりするが、これでもちゃんとしたドラゴンだ。
――ドラゴンであっても信仰されそうだけど。
――意味が分からない。
イリスは戸惑う少年の前で建物から出る。階段のようなものがあり、それを下りる。階段といっても、三段だけだ。
そして振り返って建物を見てみた。イリスにとっては初めて見る建物だが、ハルカには見覚えのあるものらしく、ああ、と納得の声を上げていた。
――社だね。神社の社。様子を見るに、一応の管理はされている程度みたいだけど。
――神社って?
――簡単に言ってしまえば、神様をまつってる。だからこの男の子は、社から出てきたイリスを神様だって言ったんだよ。
なるほど、と頷いておく。もちろんあまり分かっていない。ハルカは苦笑して、気にしなくていいよ、と言ってくれた。
とりあえずは先にこの少年への対応だろう。少年を見れば、じっとイリスのことを見つめていた。
「どうしたの?」
笑顔を見せて、そう聞いてみる。すると少年は顔を真っ赤にして逃げてしまった。失礼な。
――人の顔を見て逃げるなんて、失礼な子だね。
――まああの子にとってはどう見ても不審者だしね。とりあえず、場所も知りたいし、この森? 林? から出ようよ。
――うん。
頷きを一つ、イリスは道に沿って歩き始めた。
予想通りと言うべきか、やはりここは林程度の広さだ。いや、林ほどもないかもしれない。歩いて一分もせずに外に出てしまった。
――ちっちゃい!
――あはは。校庭程度の広さかな?
林から出た先は、石の道が真横に延びていた、ただ、石のように見えたが、何か違うようにも思う。
――アスファルト。日本はこんな道が多いよ。
――へえ……。日本ってすごい。よく分からないけど。
――分からないんだね。
ハルカが苦笑しながら、イリスはのんびりと歩き始める。とりあえずは人を探してみようか。けれど飛んだ方が早いかもしれない。そう思って魔力を集めようとしたところで、
――だめだからね? この世界は魔法なんてないから、それっぽいこと、しちゃだめだよ?
――不便な世界だ!
――イリスが万能すぎるだけだと私は全力で突っ込みたい。
仕方なく、また歩き始めることにする。一歩を踏み出そうとして、
「あ、いた! 待って!」
呼び止める声。まさか自分ではないだろう。そう思いながらも、一応振り返ってみると、先ほどの少年がイリスへと走ってくるところだった。
何か用だろうか。イリスは首を傾げながらも、少年が目の前に来るまで待った。
少年は、見た目は十歳前後で、短い黒髪だ。手には大きな紙の束をまとめたものがある。
――スケッチブックだね。絵を描くための白紙の紙だよ。
絵を描くのが好きだということだろうか。イリスはやったことがないので分からない。今度、やってみてもいいだろうか。
「あの! 神様! 待ってください!」
「神様じゃないってば」
「でも、中から出てきたし、中から鍵開けたし……」
「ちょっと中で休ませてもらっただけだよ。鍵は、えっと、軽く鍵開けみたいな……」
「南京錠を中からどうやって開けるんですか?」
南京錠? イリスが首を傾げると、あー、とハルカが妙な間延び声を出した。
――やっちゃった……。
――なにを?
――南京錠ってね。扉に直接ついてる鍵じゃなくて、扉の外側に取り付けてる鍵なんだよ。つまりは中から手も出さずに開けるなんてほぼ不可能。
――なるほど、やっちゃったね!
理解した、と頷いてから、その場で頭を抱えた。イリスでも分かる。取り返しがつかない、と。少年を見ると、きらきらとした瞳でイリスを見つめてくる。なぜか、フィアを思い出してしまった。
イリスがどうしていいのか分からずに固まっていると、少年が言った。
「神様! 是非ともうちの神社にも来てください!」
「へ? いや、えっと……」
「こっちです!」
「わ、わ……! 分かった、行くから引っ張らないで!」
少年がイリスの手を掴んで引っ張ってくる。フィアと違って、最初から押しの強い子だ。さすがにこんな子供の手を振り解くわけにもいかず、仕方なく少年について行くことにした。
それに、うちの神社ということは、つまりは彼の家かもしれない。何か食べられるかもしれない。
――あまり期待しちゃだめだよ?
――うん。了解!
機嫌良く笑いながら、心の中で元気よく返事をしておいた。
壁|w・)目の前で南京錠が勝手に落ちて、中から人がぬっと出てくる。
下手をするとトラウマになりそうですね!
次の更新は18日の午前6時予定です。




