01
果て無き山の洞窟で、イリスは整った寝息を立てていた。固い地面にそのまま横になっている。毛布などもないが、風邪とは無縁の体なので問題はない。
そのイリスの両目が開かれた。ゆっくりと体を起こす。まるで、誰かを起こさないようにと気を遣っているかのように。そのイリスの髪は、漆黒に染まっていた。
イリスが北へと視線を向ける。じっと見ていると、北の出入り口からドラゴンが一体、入ってきた。この世界で最も巨大なドラゴン、龍王レジェディアだ。
レジェディアはイリスを見ると、わずかに顔をしかめた。
「不愉快だな」
「無理矢理連れてこられたこっちの方が不愉快だけど?」
イリスが目を細め、半眼でレジェディアを睨み付ける。レジェディアは苦笑して、そうだろうなと頷いた。
「分かっているつもりだ。お前には謝罪と、そして感謝を。ハルカ。イリスに取り憑いたのがお前で良かったと、思っているよ」
「好きで取り憑いたわけじゃないけど……」
イリス改め、彼女の体を借りているハルカが忌々しそうにつぶやく。レジェディアは何も言わず、ただ頭を下げた。
「私も、まさかお前のような生きていた人間を連れてこられるとは思っていなかった。死後間もない魂が送られてくるとしか聞いていなかった」
だが、とレジェディアが続ける。
「これは言い訳にしかならない、ということは重々承知しているつもりだ。だからこそ、謝罪と感謝を。これからもよろしく頼む」
「言われなくても。イリスはとってもいい子だから、ちゃんと守って、教えるよ」
ただ、とハルカは思い切り顔をしかめた。
「あの神様に会ったら、一発ぶん殴っておいてもらえる?」
「無論だ。確かに引き受けた」
そこで二人とも黙り込み、どちらともなくわずかに笑顔を見せる。それきり、挨拶もせずにレジェディアは元来た道を戻り、立ち去っていった。
「律儀だね」
ハルカはレジェディアが完全に見えなくなるまで待ってから、横になった。
・・・・・
果て無き山の山頂。そこは鏡を見ているかのように真っ平らな場所だ。広く、そして何もない。洞窟へと続く階段が穴のようにぽっかりと空いてるだけだ。
イリスはその屋上で、ドラゴンの姿のまま目を閉じて意識を集中させていた。しっかりと、魔力を集めていく。道を繋げるために。
――どう?
心配そうにハルカが聞いてくる。内心で笑いながら、答える。
――大丈夫。ハルカが通ってきた道をたどって、私の魔力で固定化させるだけだから。ただ一瞬でできることじゃないから、ちょっと時間かかるかな。
――なるほど、分からない。
――あはは。えっと、そうだね……。
ハルカが分かるように説明するにはどうすればいいだろうか。少しだけハルカの記憶を覗いて、そしていい知識を見つけた。
――宇宙は分かるよね?
――うん。もちろん。
――その宇宙が時空間だと思ってね。で、星と星がそれぞれ違う世界だとする。その星と星の間に道を作ろうとしてるんだよ。
――うん。意味が分からないけど、それ、できるの? 難しいっていうのだけ伝わったけど。
ハルカの訝しむような声に、イリスは胸を張って答える。
――心配しなくても大丈夫! 私の辞書に、不可能の文字はない!
――…………。村に行く時に恥ずかしがってなかなか行けなかった子がよく言うよ。
――あう……。
痛いところをつかれてしまった。いじいじと右手の爪で地面をこする。ハルカは苦笑して、冗談だよと笑った。
――ちゃんと信じてるから。がんばってね。
――うん……。がんばる! ……あ。できた。
――早いわ!
そんなこと言われても、とイリスは苦笑しながら右手をかざす。すると、ぽっかりと黒い穴が空中にできた。イリスが楽に通れるほどの大きな穴だ。この先は、ハルカが住んでいた世界、地球の日本に繋がっているはずだ。
――ちなみに、日本のどこ?
――知らない。
――ちょ……。
さすがにそこまでは選べなかった。日本、という場所を指定するだけで精一杯だ。どこに繋がっているかなんて想像もできない。
――まさか、海の底とか、空の上とか……。
――十分にあり得るね!
――うわあ……。
人間が通るとなると不安にしかならないが、通るのはドラゴンであるイリスだ。海だろうが空だろうが、それこそマグマの中だろうが、問題はない。驚くが、それぐらいだ。
――よし、それじゃあしゅっぱーつ!
――わああ! 待て! ちょっと待って!
――えー。今更なに? 私は早くオムライスが食べたいんだけど。
どれだけオムライスに憧れているんだこの子は。ハルカは小さくため息をついて、言う。
――町の中に繋がってる、かもしれないんだよね?
――うん。
――ドラゴンの姿はさすがにだめだよ。
――あー……。
なるほど確かに。麓の村ではすでにイリスがドラゴンだと知れ渡っているので問題ないが、ハルカの世界では騒ぎになるだろう。しかもハルカの世界にドラゴンはいないらしい。見られるのは問題か。
――では毎度おなじみ……。へーんしーん。
光がイリスの体を包む。そしてあっという間にいつもの人の姿になった。この変身にももう慣れたものだ。ちなみに練習したので尻尾だけ出せたりもする。意味はない。
――あと服装もね。
――ん? いつものじゃ、だめ?
――うん。コスプレ扱いだね。
コスプレというのは分からないが、ハルカがそう言うなら従おう。ハルカの記憶を探して、これでいいかという服を見つける。ハルカが最もよく来ていた服、黒いセーラー服だ。
――やめい。
だがこれにも待ったがかかった。
――ハルカ、わがままだよ!
――わがままじゃなくてね。それ、制服って言ってね、勉強するための施設に通う子供が着るんだよ。
――うん。
――ちなみに昼間は学校です。
――うんうん。
――今は真っ昼間です。
――ん?
――補導一直線だよばかやろう。
壁|w・)偶数日更新を頑張りたいと思います。
なので次回更新は明日16日の朝6時予定です。