閑話
閑話。村人さんの一人称。
果て無き山の麓にあるこの村は、とても平和な村だ。大きな騒ぎなんてそうそう起こらない。行商人が訪れた時が一番の騒ぎになるといっても過言ではないほどだ。俺が子供の頃から、ずっとそれが続いていた。
だがつい最近、行商人以上の騒ぎがあった。
その騒ぎの原因は、治癒士の女の子だ。その治癒士は美味しい料理と引き替えに傷を治癒してくれる。薬屋をしている俺としては何とも言えない複雑な心境だ。客を取られたみたいにどうしても感じるからな。
だが予想していたよりも客は減らなかった。多くの村人が些細な怪我で治癒してもらうのは申し訳ないと思っているらしく、小さい怪我や病気などは俺の薬を買いに来る。大きい怪我だと俺の薬ではどうにもならんから、いい住み分けができたと言えるのかもしれない。
その治癒士の女の子だが、ある時から朝には俺の店に来るようになった。
そうなった時に初めてその治癒士を見たが、まだ年端もいかない少女だった。白いローブで全身を隠しているから顔は見ていないが、声だけでも若いというのは分かる。魔法で声を変えている可能性もあるが、まあさすがにそこまではしないだろう。
その治癒士はイリスと名乗った。うん。声はかわいい。……惚れたわけじゃねえぞ? 俺には愛する妻と娘がいるからな。聞いてないか。そりゃすまん。
で、何をしに来てるのかって言えば、北の森の珍しい薬草を持ってきてくれている。北の森の薬草だけあって、かなり効果のある薬草だ。傷薬として使えばちょっとした傷程度なら一晩で治るし、飲み薬として使えば風邪程度ならやはり一晩で完治という優れ物だ。少し扱いが難しいがな。
今朝もイリスはその薬草を持ってきてくれた。
「はい、どうぞ。今日もたくさんあるよ」
抱えるほどの大きなかごに薬草を山積みにして持ってきてくれた。さすがに多すぎて調薬が間に合わないんだが、まあなくて困るよりはましだろう。
「おう。ありがとう。金は?」
「お金はいいから、いつものが欲しいかな」
「お前も物好きだな」
イリスは金を受け取らない。代わりに、俺が作った薬と、あとはハーブティーを飲んでいく。
このハーブティーは妻が庭で栽培しているハーブを使ったものだ。売り物にできるほど作っているわけじゃない。こうしてお礼として飲ませてやるぐらいならできるが。
妻がハーブティーを用意して、イリスに渡す。イリスは礼を言って受け取ると、それを美味しそうに飲む。とても美味しそうに飲んでくれるから嬉しい、と妻もよく言っている。
「ごちそうさまでした!」
ハーブティーを飲み終えたら、イリスは広場へと戻っていく。今日も夕方から忙しくなるのだろう。
「がんばれよ」
俺がそう声をかけると、イリスは笑いながら手を振った。あの年で本当に立派な子だ。
その認識がそもそもの間違いだと知ったのは、それからしばらくしてからだ。
なんとあのイリスという娘、ドラゴンだった。
フィアが魔獣に攫われたと話が広まって村中の人が広場に集まっていたんだが、その広場になんと白銀のドラゴンが現れた。俺はドラゴンなんて初めて見た。きっと他の連中も同じだろう。ドラゴンなんて、この村であっても見かけることはない。
そのドラゴンだが、なんと俺たちの前で姿を変えて、イリスの姿になりやがった。最初は裸の少女で誰か分からなかったが、また光ったかと思うといつものローブ姿になっていた。まあ、もう顔は隠してなくて、綺麗な白銀の髪もさらしていたが。
白銀の髪。変身魔法で人の姿を取ったドラゴンの特徴だ。まさかイリスがドラゴンだとは思わなかった。立派とかそんな問題じゃなかった。人類よりも上位の存在だ。治癒魔法ぐらい使えて当然だろう。
きっと、正体を隠して村の様子を見ていたのだろう。知らなかったとはいえ、とても失礼な態度を取っていた。イリス様なら許してくれそうではあるが。
正体を知られた以上、きっともうこの村には来なくなるのだろう。そう思っていたのだが、驚くことにイリスはこれからも同じ生活を続けるとのことだ。つまりは治癒士としてこの村を訪ねてくる、と。なんというか、物好きなドラゴンもいたものだ。
俺たちは呆れ半分、嬉しさ半分で、その日は解散することになった。まあ、それぞれ数人で集まって、初めて見たドラゴンの話で盛り上がっていたがな。
その翌日以降、宣言通りイリス様はいつもと同じように俺の店を訪ねてきた。相変わらず薬草を持っている。正体を知った今となっては、とても申し訳ない気持ちになってしまう。
「イリス様、お気持ちは嬉しいのですが……」
「イリス」
「え? いや、あの、イリス様……」
「イリス」
頑なに名前を繰り返している。村長から通達があったが、イリス様が今まで通りの対応を求めているってのはやはり本当らしい。それなら、その通りにしよう。
「はあ……。分かったよ、イリス」
俺がそう答えると、イリスは嬉しそうにはにかんだ。なんだよ、かわいいじゃねえか。顔を隠すようなこと、しなければ良かったのに。
「ハーブティー、ある?」
「あいよ。ちょっと待ってな」
今日もいつも通り、イリスは薬草と引き替えにハーブティーを飲んで、意気揚々といった足取りで広場に向かっていった。本当に、すごいドラゴンが来たもんだよ。いろんな意味でな。
だがあのイリス、どうやらまだまだ俺たちを驚かせ足りないらしい。
いつものように来たかと思えば、取り出したのは大きな樽だ。どっから出した。まあ多分魔法だとは思うが。中を見ると、青みがかった半透明の液体で満たされていた。
まさか、こりゃあ……。
イリスに顔を向ければ、にっこりといたずらっぽく笑いやがった。
「ポーションって知ってる?」
「ああ……。もちろんだ」
ポーションは治癒の魔法をこめた水のことだ。その特性上、治癒士でなければ作ることができず、治癒士であっても魔法の扱いに長けたものでなければ水に魔法をこめる芸当なんてできない。今ではごく一部、世界で見ても数人の治癒士だけが作れるそうで、貴族間でとんでもない値でやり取りされているらしい。間違い無く、俺たちは一生見ることができないものだ。
いや、見るはずのなかったものだ。
「イリス。まさか、これ……」
「うん。ポーション。一口飲めば怪我も病気も完治するよ」
一口でそんな効果のあるポーションなんて聞いたことがない。ある意味、とんでもない爆弾を持ってきやがった。俺が頬を引きつらせていると、イリスが言った。
「ちょっと用事があって、明日からしばらく果て無き山を離れるの。私の治癒の代わりに、このポーションを配ってあげて。私が住んでる洞窟に同じ樽をあと十ほど用意してあるから、必要ならフィアに言えば、ディアボロかケルベロスが取ってくるよ」
おい。なんか突っ込みどころが多すぎるんだが。
何だよ十って。この樽一つでどれだけの価値があると思ってんだ。常識外れにもほどがあるだろうが。
取りに行くのがディアボロかケルベロスって、お前、北の森のトップクラスの魔獣じゃねえか。それをお使いに行かせるってか。本気かお前。
そもそもそれ以前に、出かけるって、どこに行くんだ?
「ちょっと美味しいものを食べに行くんだ。余裕があればお土産持ってくるからね」
そう言って、イリスは手を振って広場の方へと歩いて行く。何というか、ぶれないな。もう笑うしかない。
「楽しんでこいよ」
俺がそう声をかけると、イリスはありがとー、と元気よく手を上げた。うん。俺も元気になれたよ。ありがとな。
……で、だ。このとんでもない樽、どうしたもんかね……?
壁|w・)こっそりもう投下しちゃう。
というわけで、村人の一人、薬屋さんから見たイリスでした。
ちなみにこの世界でのポーションは貴重品です。
イリスが渡した樽1つで豪邸が建つぐらいには貴重品です。
普通ならそれぐらい作るのが難しい、とお考えください。
次回更新は火曜の朝6時です。しばらく間があきますが、また読みにきてくれると嬉しいですよー。
ではでは。