16
慌てていつもの白いローブとマフラーを形成する。フードも被ろうかと思ったが、髪を隠す必要がなくなったのでやめておいた。
さて、と改めて周囲を見ると。
跪かれていた。
「え、なにこれ……」
老若男女問わず全員が跪いて頭を地面につけている。唯一の例外がフィアだけで、その様子にきょとんと首を傾げている。
イリスがどうしていいのか分からずに固まっていると、いつの間にか最前列で跪いていた村長が恐る恐ると顔を上げた。
「まさかイリス様がドラゴン様だったとは……。知らぬことととはいえ、大変な無礼を働いてしまい、申し訳ありません」
そう言ってまた額を地面にこすりつける。思わずイリスの頬が引きつった。まさかこうなるとは、さすがに思っていなかった。
「えっと……。顔を上げてください。いやむしろやめて、お願いだから」
「はい!」
全員が一斉に顔を上げる。まるで揃えたかのように。怖い。
「その、ですね。私は別に支配をしたいわけでもないですし、敬ってほしいわけではないんです。いつも通りでお願いします」
「そんなわけには参りません! ドラゴン様に対してそんな!」
イリスは思った。面倒くさい、と。
――これはあれだね、イリスのカリスマだね! いやカリスマだと残念ぽさが足らないから、かりちゅまだね!
――残念ってどういうこと!?
ちょっと最近、ハルカに遠慮がなくなってきている気がする。いや、そっちの方が嬉しいのだが。
イリスは少し考えて、考えた結果考えるのが面倒になった。
「いつも通りにしてください。むしろして」
「はあ……。畏まりました……」
村長は納得していないようだったが、さすがにイリスからそう言われてしまえば従わないわけにはいかないらしい。渋々と言った様子で立ち上がり、他の人々も順番に立ち上がっていく。
「落ち着かないと思うし、私の目的を先に言っておくね」
「はい、是非お願いします」
「いつも通り」
「…………。頼む」
村長の顔がすごいことになっている。少し面白い。
「私は今までと同じような生活ができればいい。ちょっとしたきっかけがあって、私は人間の食べ物に興味があるの。今までと同じように、治癒をする代わりに美味しいものをください。それだけだよ」
「その程度、治癒などなくても……」
「いつも通り」
「……分かった」
どう考えても無理矢理納得させているが、これ以上いい方法が思い浮かばないのでもう良しとする。イリスが何を言っても、命令にしかならないだろう。今までの生活ができれば、それで十分だ。
「あと、今回のことの報告です」
イリスがそう言うと、村人たちが姿勢を正した。
「今回の原因は、まあ予想している人も多いと思うけど、私が山からいなくなったから。こうして村に入り浸ったのが原因。ただ、私はこの生活をやめるつもりはありません。楽しいし」
そう言うと、何人かの頬が緩んだ。イリスが続ける。
「今、北の森を纏めているのはディアボロという魔獣です。その魔獣に引き続きまとめ役をお願いしました。今後は、他の森に散らばってしまっていた北の魔獣たちをまたまとめてくれます。あとは、こちらから手を出さない限り、北の魔獣たちは人間、つまりはこの村に手を出さないことになりました。ただし他の森では以前と変わらないので、気をつけてください」
おお、と誰かが感嘆のため息を漏らす。さすがはドラゴン様だ、という声も聞こえてくる。少し照れくさいのでやめてほしい。イリスとしてはあまり褒められた行動でもないと思うから。なにせ、完全に力で支配してきた形だ。以前からの形に戻しただけとも言えるが。
「あとは、フィアのことだけど……」
イリスがフィアとフィアの両親に向かい合うと、両親の方は緊張の面持ちとなった。フィアは首を傾げている。イリスは申し訳ない気持ちになりながらも、言わないわけにはいかないので頭を下げて言った。
「フィアを私の眷属にしてしまいました。ごめんなさい」
ディアボロの治癒はフィアを完治させるものではなかった。彼の治癒は、あくまでフィアの命を留めておく程度のものだった。それは仕方なかったとも言える。魔獣といえども、適正がなければ使えないのが治癒だ。むしろ使えただけ運が良かったと言えるだろう。
フィアにはいくつかの内臓が欠損していたり、骨が粉砕されていたり折れ曲がったりととてもではないがまともな状態ではなかった。それをイリスの治癒で完治させたのだが、この時に想像以上に魔力が必要となり、結果、フィアをイリスの魔力で染めることになった。
普通の人間や魔獣が治癒を使う程度では起こり得ないことだ。常識外れの魔力を持つドラゴンだからこそできること、できてしまうことだ。フィアの体は無事に完治したが、結果、フィアは人間でありながらドラゴンの魔力を持ってしまった。
体ができあがるまでは、フィアはこのまま成長を続けるだろう。だが彼女が成長しきれば、彼女が自分は成長したと認識してしまえば、そこで成長は止まることになる。その後は、イリスと共に生きることになる。イリスが死ねばフィアも死ぬ。一方的な運命共同体だ。いずれはドラゴンの魔力が暴れ出さないように、訓練もしないといけないだろう。
限定的な不老不死とドラゴンの魔力を持つ。これ以外はいつもと変わらないが、その二つの影響が大きすぎる。申し訳ない気持ちで一杯だった。
「ごめんね、フィア」
誠心誠意、心をこめて頭を下げる。だがフィアは笑顔で首を振った。
「別にいいよ! お姉ちゃんをお世話してあげる!」
「あはは……。うん。よろしくね」
今後は長い付き合いになるだろう。フィアが受け入れてくれたことに安堵しながら、フィアの頭を撫でる。フィアは気持ちよさそうに目を細めた。
フィアの両親も、死んでしまうよりは良かったと、受け入れてくれた。
「フィアのことをよろしくお願いします」
むしろそう頭を下げられたほどだ。イリスも慌てて、こちらこそと頭を下げた。
村の広場のいつもの場所で、イリスは筵を広げて治癒を待つ。その隣にはフィアがいて、目を閉じてじっと瞑想している。イリスの指示通り、自分の魔力を感じるという修行をがんばってくれている。
イリスの後ろにはクイナがいて、イリスの長い銀発を櫛ですいてくれていた。
「こんないい髪を放置していたなんて、あんたは何を考えてるんだい。殺すよ」
「怖い。怖いよクイナ……」
村の中でクイナが一番、いつも通りに接してくれている。クイナはイリスの銀髪が羨ましいそうで、よくこうして手入れをしてくれる。銀髪が、というより柔らかく長い髪が羨ましいそうだ。手入れをしていないと言ったら本気で怒られた。意味が分からない。
北の森の騒ぎの後、イリスの希望通り、イリスはいつも通りの生活を続けている。フィアも同じくだ。もっとも、食事が少し豪華になったような気がする。あからさまに大きなお肉が入っていたりする。素直に嬉しいので何も言っていないが。
フィアは、成長が止まるまでは村で暮らして、成長が止まってからは山に住むことになっている。ちなみに先日顔合わせのために一緒にディアボロに挨拶に行き、そこでケルベロスにイリスが引くほど謝られていた。今後、ディアボロたちはフィアにも従うらしい。それを聞いたフィアは、
「ディアボロさんに乗りたい!」
「!?」
ディアボロは北の森の王、兼、フィアの移動手段になった。面白いので良しとする。助けを求めるように見られたが、がんばれと笑顔で言っておいた。
イリスは今も山と村を往復する生活を続けている。人にも慣れてきた。だから。
そろそろ次の段階だろう。
――おお! いよいよ村を出て大都会に、だね!
わくわくと嬉しそうなハルカの声に、しかしイリスは首を振った。
――やだ。
――え?
――ハルカの記憶を見て、すごく食べたいものがあるの。
――ほうほう。なに? ここで食べられるもの?
――技術的に厳しいかな?
――んー……。分からない。なに?
――オムライス。日本に行こう。
――まじっすか。
――まじっす。
イリスが求めるのは美味しいもの。この世界でそれを探求するのもいいが、ハルカの記憶の料理も食べてみたい。だから、食べに行こう。
だから、イリスは世界を渡る。目的はただ一つ。オムライスだ。
――なんてくだらない、世界を渡る理由なんだ……。
ハルカは呆れながらも楽しそうな声で、そう言った。
王道の異世界召喚or転移の場合
王様「このままでは国が滅ぶ! 勇者を召喚するぞ!」
勇者「魔王は魔界にいる! 魔界に行くぞ!」
女神「よくやりました、勇者よ。元の世界に帰してあげましょう」
龍姫様の場合
龍姫「オムライスが食べたいから日本に行こう」
ハルカ「この残念龍め」
残念龍「!?」
壁|w・)第一話はこれで終わり、なのです。
なんとなくお分かりになるかと思いますが、次は日本へちょいと遊びに行きます。
目的はオムライス。それ以上も以下もなく、オムライス。
次回は明日の朝6時に閑話を投稿します。
村の住人のお話です。
その後は火曜、木曜、土曜の朝6時に更新します。
せめて毎日更新したいところですが、仕事が忙しいので……。
ご意見、ご感想などあれば是非是非よろしくお願いします。
ではでは!