15
「おお……」
ディアボロの感嘆のため息が聞こえてくる。
爆発とは言ったが、そんな生やさしいものでもない。着弾点からずっと向こうが巨大なクレーターになっていた。あまりにも大きなクレーターで、向こう側が微かにしか見えていない。
ちなみにその爆発の時、当然のように大地が大きく揺れ、村では大騒ぎになっているのだが、イリスも、そしてハルカも全く気づいていない。
――イリス。手加減は?
――手加減したよ?
――お、おお……。こわ……。
――それよりどう? どう? すごいでしょ?
――この破壊の跡とイリスの明るさのギャップが余計に怖いね。うん。すごい。すごいけど、次はやっちゃだめ。
――えー。
――えー、じゃありません。
ハルカは思う。これはしっかりとイリスの手綱を取らなければ、と。
さて、とイリスはケルベロスへと視線を向ける。ケルベロスはびくりと体を震わせた。だが動こうとはしない。諦めたのかもしれない。
なんだか、弱い者いじめみたいになっていて、ちょっと嫌だ。
――正真正銘の弱い者いじめです。
――えー。でもお咎めなしだと絶対にまたやるよ?
――それはないと思うけどなあ……。じゃあ、こういうのはどう?
そうしてハルカから出された提案に、イリスはなるほどと頷いた。
一先ずケルベロスに治癒魔法をかけてやる。あっという間に、消えていた首が再生した。新しい首は呆然とした様子でイリスを見ている。そのケルベロスへと、言う。
「余計なことしたら、分かるよね?」
ケルベロスは何度も首を縦に振った。従順な子は評価できる。よしよしと撫でてあげると、ケルベロスが泡を吹いて倒れた。意味が分からない。
憮然とした顔でディアボロの方へと向き直ると、彼は必死になって笑いを堪えていた。やはり意味が分からない。
「さすがはドラゴンだ。この子供を殺さなかった俺の英断を自分で褒めてやりたい」
「うん。よくやった。食べちゃってたら、とりあえずこの辺りを更地にして全員殺してついでに魂を焼き尽くすところだったね」
「…………。自分の英断を褒めたい。わりと本気で」
ディアボロの頬が引きつっているような気がするが、気のせいだろう。
「まあそれはともかく、下の責任は上が取るべきだよね。命令したのは君だし」
「ああ……。何をすればいい?」
「うん。それじゃあね……」
イリスはにっこりと笑い、条件を口にしようとする。その笑顔を見たディアボロがあからさまに表情を青ざめさせて後退る。意味が分からなかった。
ディアボロと今後の打ち合わせを終えたところで、フィアが目を覚ました。体を起こし、目をこすり、そしてイリスを、ドラゴンを見て、
「…………。わあ……」
そんなため息が漏れた。
「おはよう、フィア。体に変なところはない?」
「え? その声……。イリスお姉ちゃん?」
「うん。イリスお姉ちゃんだよ」
「かっこいい!」
「え? そ、そう? ありがとう」
てっきり怖がられるものと思っていたのだが、フィアは目をきらきらさせてイリスを見つめている。まさに尊敬の眼差しだ。ちょっと、照れる。
顔を近づけると、おっかなびっくりといった様子でイリスに触れてきた。ぺたぺたと触ってくる。少しくすぐったいが、わあ、と嬉しそうなフィアを見ていると止めようとは思わない。ただちょっと、鼻の頭は触らないでほしい。くすぐったい。
――良かったね、怖がられなくて。
――うん……。
――まあよくよく考えたら信仰の対象みたいなものなんだからあり得なかったね!
うんうん、と納得したような様子のハルカ。イリスは内心で微笑みながら、フィアへと言う。
「それじゃあ、フィア。村に帰ろうか」
「うん!」
「よっと」
イリスの掛け声と共に、フィアの体が浮かび上がった。フィアは慌てているが、落とすようなことはないので安心してほしい。魔力を操作して、フィアを背中に乗せた。
「うわあ……」
フィアが感動しているのが分かる。何がそんなに嬉しいのだろうか。
「それじゃあディアボロ。後はよろしくね」
「御意のままに」
ディアボロが恭しく頭を下げる。その側ではケルベロスたちも頭を下げていた。ただケルベロスは恐怖が染みついているのか、ずっと涙目だ。意味が分からない。
それじゃあ、と片手を上げて、イリスは村へと向かった。
とても短い空の旅だ。だがそれでも、フィアにとってはとても楽しいようで、イリスの背中で楽しげにはしゃいでいる。眼下の景色を見て、空を見て、風を感じて、興奮しているようだ。
「あー……。ところでフィア」
村にゆっくり向かいながら、フィアへと言う。声は風に乗せて届けている。
「なに?」
「何があったかは、覚えてる?」
フィアの笑顔が凍り付いた。どうやらしっかり覚えていたらしい。あれだけ明るく振る舞っていたので、記憶が飛んでいるのかと思っていた。
フィアはしばらく黙り込んでいたが、やがてイリスへと抱きついてきた。抱きつくといっても、背中にしがみつくような格好だが。
「うん……。覚えてる。痛くて、怖かった」
「そっか……。ごめんね。遅くなっちゃって」
「ううん。いいの。だって、助けにきてくれたから」
フィアがはにかむように笑う。その笑顔を見て、来て良かった、と心の底から思えた。
村の上空でイリスはゆっくり、ぐるりと回る。どこに降りようかと思っていたのだが、広場にしかスペースはない。仕方ないので広場に向かう。
村はもう大騒ぎだ。イリスを指差して、何かを話している。中には膝をついて祈る人もいた。恥ずかしいのでやめてほしい。
――本当に信仰の対象だね。
――う、うん……。
――中身こんなだけど。
――うん……。うん?
――私は何も言ってません。
まったく、と内心でため息をつきながら、ゆっくり降りていく。広場にいた人たちが慌てたように逃げ出していく。十分にスペースが確保されてから、イリスは広場に降り立った。
魔法で風を操り、フィアを地面に下ろす。すると、
「フィア!」
フィアの両親が駆けだしてきた。フィアを抱きしめて、泣いている。イリスはそれを見て満足そうに微笑んだ。
「イリスお姉ちゃん、ありがとう!」
フィアがそう叫んだ瞬間、空気が凍り付いた。
――あっさり言っちゃった!?
――ああ……。口止め、してなかったね、そう言えば……。
周囲の人が、まさか、そんな、といった様子でイリスを見ている。もっとも、すでにクイナにはほとんど言っていたようなものだったので、今更隠す必要もないだろう。小さくため息をついて、再び人間の姿を取ることにする。
光が包み込み、小さくなり、やがてその光がなくなるといつもの人間の姿になった。
「うわ……」
「な、なん……」
「え、な、は……」
誰もが皆戸惑っている。それも仕方ないことだろう。ドラゴンが人の姿になったのだから。そう思っていたのだが、何故か全員の顔が赤い。イリスが首を傾げると、
――服を着ろばか!
ハルカに怒られた。忘れてた。
壁|w・)今日は昼前にもう一度更新して、それで第一話は終わり、ですよー。