10
――村の人を見ていたけど、髪の色って色々あったでしょ?
――ああ、うん。あったね。
他のところではどうなのかは分からないが、あの村に住む人々の髪色は様々だった。金もあれば黒もあり、赤もあれば青もある。中にはピンクという、ハルカ曰くあり得ないという色まであったほどだ。はっきりと覚えているものは、フィアの淡い金とクイナの濃いめの茶色ぐらいだが。
――でも、イリスと同じ銀はなかったよね。
――あー……。確かに……。
よくよく思い出してみれば、老人などで白髪はいても、イリスと同じような銀は見ていない。似てはいるが、別の色だ。だがそれがどうしたのだろう。
――何となくだけど、人族と魔族で髪の色が偏っていたような気がするんだ。
――そうだっけ?
――多分、だけどね。それでもしかしたら、種族ごとに違いがあるんじゃないかなって。イリスの銀は特殊だったりするんじゃないかな?
まさに目から鱗だった。イリスはそこまで考えていない。ただ、いろんな色があるな、と漠然と思っていただけだ。種族ごとの偏りなんて考えもしなかった。
――ハルカすごい!
――そ、そうかな? とにかく、フードを外すのはもうちょっと待って、フィアかクイナさんに聞いてみようよ。
――了解しました!
びしっとその場で敬礼をする。ちなみにこの敬礼はハルカの記憶にあったものだ。ハルカは楽しそうに笑いながら、よろしくねと言った。
「髪の色? 偏りあったと思うけど……」
翌日。朝にいつもの場所で筵を敷くと、またフィアがすぐに訪ねてきた。おにぎり持参だ。フィアと一緒におにぎりを食べながら髪の色を聞いてみると、フィアは不思議そうにしながらもそう答えてくれた。
「私も詳しく覚えてなくて……。クイナさんなら知ってるんじゃないかな?」
フィアがイリスを挟んで反対側に座るクイナに聞く。クイナもおにぎりをもらい、朝ご飯として食べているところだ。
「ん? あるにはあるけど、イリス、あんたそんなことも知らなかったのかい? 教わっていなくても旅をしていれば気づくだろうに」
「うぐ……。そ、そこまで気にしなかっただけだよ!」
痛いところをつかれて、イリスは慌てたようにそう言い訳をする。クイナは疑わしそうにイリスを見ていたが、まあいいか、と目を逸らした。どうやら見逃してくれたらしい。
「偏りだけどね。人族には金、青、茶が多いみたいだね。魔族は黒、赤、緑だ。といっても、多いだけで人族にも黒髪はいるし、魔族にも青髪はいるよ」
「ふむふむ……。じゃあある程度髪の色で区別がつくけど、全面的に信じられるものじゃない、と」
「そうだね。まあ髪の色で判断するより、見た目で判断した方が分かりやすいと思うけどね。見た目からして違うから」
「まあ、確かに……」
ハルカの予想は正しかったようで、やはり絶対ではなくても、種族的に偏りがあるらしい。フードを外さなくて正解だろう。先ほどのクイナの説明にも、銀というのが出てこなかった。特殊な髪色の可能性が高い。
「イリスお姉ちゃんの髪は何色なの?」
好奇心に瞳を輝かせたフィアが聞いてくる。その瞳はまっすぐにイリスのフードに注がれていた。気が付けば、クイナもじっとこちらを見ているようだ。イリスは冷や汗を一筋流して、取り繕うように慌てて言った。
「黒! 私は黒だよ!」
「へえ……! イリスお姉ちゃんは人族だよね? 珍しいね!」
「あはは……」
しまった。金とか青と言えば良かった。苦笑いを浮かべていると、ハルカが、ばか、と小さくつぶやいた。ごめんなさい。
ただ、言い訳をさせてもらえれば、これはハルカの影響だ。
――ん? どうして?
――だってハルカの髪は黒色でしょ?
――ああ、なるほど……。そっちのイメージが強いんだね……。
まあこれは言い訳にしかならないが。
おにぎりを食べるのを再開しながら、イリスは気まぐれを装って聞いてみる。
「ちなみに、銀は?」
「銀? もしかしてイリスお姉ちゃん、銀の髪の人と会ったことあるの!?」
フィアがすごい勢いで食いついてきた。思わず頬を引きつらせながら、ないけど、と首を振る。見たことはない。自分自身だ。
「ちょっと、気になって……」
「そっかー……。銀はね、ドラゴンの色なんだよ」
「へ?」
「ドラゴンが人の姿を取ると銀の髪になるんだって。伝説だけどね。でも銀の髪の色は見たことがないよ」
そうなんだ、とイリスは笑顔で頷いておく。心の中では冷や汗が流れっぱなしだ。かなり、危なかった。ハルカが止めてくれなければ、間違い無くドラゴンだとばれていただろう。
――ハルカ。ありがとう……。
――いや、あはは……。まさかドラゴン固有の色だとは私もさすがに思わなかったけど……。
何があってもフードは取れない。気をつけよう、とイリスは心に誓う。
そんなイリスを、クイナが目を細めて見つめていることに気づかなかった。
おにぎりを食べ終えた後は、治癒の依頼を待つことになる。だが昨日分かったことだが、どうやら治癒の依頼は一日の終わりに集中するようだ。まあ朝から怪我をするというのもあまりないだろう。あっても、その日の仕事を終わらせてから来るのかもしれない。
――じゃあどうせ暇だし、村の中を見て回ろうよ。
――あ! それいいね! 賛成!
ハルカの提案に賛同して、イリスはフィアに言う。
「また夕方まで暇だと思うし、この村を案内してくれない?」
「私が? うん、分かった!」
元気よく、嬉しそうに返事をしてくれるフィア。フィアの案内なら、イリスも楽しめそうだと思う。
「詳しい案内ならあたしに頼んでくれても良かったんだよ?」
そう思っていると、クイナが苦笑して言ってきた。クイナを見ると、少しだけ悲しそうな笑顔にも見える。確かに、案内を頼むならフィアにではなくクイナに頼む方が自然だったかもしれない。
「えっと……。すでに一度してもらってるし、フィアが楽しそうだったから……」
「いや、いいさ。気にしないでおくれ。うん。ちょっと悲しかったなんて、言ってないさ」
――つまりは悲しかったと。
――分かりにくい……!
悪かったとは思うが、そこまで落ち込まなくてもいいだろうに。結局それ以上声をかけることはできず、イリスはフィアと共に村を巡ることになった。
案内、といっても、フィアとクイナ曰く、この村ならではの特徴はあまりないらしい。規模の違いはあれど、どこの村でも同じようなものなのだとか。
「数は少ないけど、お店もあるよ」
そう言ってフィアが案内してくれたのは、雑貨屋や鍛冶屋といった店だ。そういった商店は一つの区画にまとめられていて、その区画、村の南側に行けば買い物は全てできるそうだ。
「ちなみに薬屋は常に薬草不足だから、森の中で薬草を見つけたら譲ってやってくれ」
「いいよ。探しておくね」
クイナの依頼にイリスは快く頷いておく。イリスにとってはついででできることなので、何も問題はない。
――いや、どれが薬草か分かるの?
――あ。
問題あった。慌ててクイナに薬草がどういうものかを聞くと、治癒士なのに知らないのかいと呆れられながら、サンプルとして一つもらうことができた。次からこれを探してこよう。
商店の並ぶ区画のさらに南側は田園地帯だ。ここでは村の人々が様々な作物を作っている。和気藹々と、皆楽しそうだ。
「私のお母さんもここで働いてるよ」
フィアがそう言いながら大きく手を振る。すると田園地帯の奥にいた女、フィアの母がそれに気づいて手を振り返した。周囲の人は微笑ましそうだ。
壁|w・)さりげなくフィアとクイナの髪色判明。……遅くなってごめんなさい。
次話は日付が変わるまでに投稿したいなあ……。