09
今はおにぎりを堪能するのに忙しいが、返事ぐらいはできる。
フィアは嬉しそうにはにかむと、イリスの隣に座った。
「昨日、お父さんが帰ってきた時にお姉ちゃんの話をしたら、是非とも挨拶したいって言ってたよ」
「んー? お父さん?」
「うん。お父さん」
そう言えば昨日は見なかった。狩りの後には道具の点検もするらしいので、それで遅くなっていたのかもしれない。詳しくは分からないが。
しかし今はそれよりもこのおにぎりだ。こんな簡単な料理なのにも関わらずこれほど美味しいとは。人間はやはりずるくてすごい。羨ましい。
「えっと……。食べた後にするね?」
「ん」
口を動かしながらイリスが頷くと、フィアは苦笑しながらその後は黙ってイリスを見守っていた。
おにぎりが包まれていた布を丁寧に折り畳み、フィアへと返す。とても美味しかった、と褒めると、フィアは照れくさそうに微笑んだ。
「良かった。初めての料理だったから、ちょっと不安だったの」
「じゃあフィアが作ったの?」
「うん!」
「それはすごい! 褒めてあげよう! うりうりうり」
「きゃーっ」
イリスがフィアを抱きしめて頭を撫でると、フィアは笑いながら逃げようとする。もちろんそんなことは許さずに、そのまま抱きしめたまま頭を撫でる。そうしてじゃれ合っていると、
「何やってんだか……」
クイナが小さく苦笑していた。
時間が経ち、お昼が過ぎて、辺りが夕日で赤くなり始めた時間。狩りなどの今日の仕事で怪我した者たちが、イリスのところへと集まってきた。小さな傷でも治してくれる、という噂が広まっているのか、村中から人が集まってくる勢いだ。人数が多いので報酬は後払いにしてもらう。いちいち金品の受け渡しをしていると時間が足りない。
クイナと短く相談した結果、今日の報酬は明日の朝か昼にもらうことになった。早朝から村を出る者は他の村人に預けること、という形になっている。さすがに全員の顔を覚えられないので何人か払わない人もいるかもしれない、と思ったが、そこはクイナが覚えていてくれるとのことだった。
てきぱきと、どんどんと治療していく。
「ちょっと獣に噛みつかれて……」
「はい。治ったよ。今回は軽傷だったけど、死なないように気をつけてね。死なない限りは治してあげるから」
「おう。ありがとう」
「包丁で指を切っちゃって……」
「これでよし。包丁も刃物なんだから気をつけてね。私がいる間は、その程度の怪我は治してあげるけど」
「ええ。ありがとう。これからはもう少し気をつけるわ」
「最近腰が痛くてねえ……」
「これでどうかな? ただ私は病気までは治せないから、少しでも楽になるようにしかできないからね。それでもいいなら、いつでも来て」
「ああ、これはいいねえ。本当に楽になったよ。またお願いするよ」
と、そうして何人も治癒していく。病気の場合は楽にする程度しかできないが、それでも嬉しそうだった。
ちなみにフィアは治癒の間も、ずっと隣で座っていた。にこにこと嬉しそうな笑顔でイリスを見ている。つまらなくないか聞いてみると、格好良いと言われてしまった。妙に照れくさくなって、それ以上は聞けていない。
すっかり日が落ちてしまってから、ようやく全員の治癒が終わった。村の人は、この後は夕食を済ませて片付けをして眠るらしい。
「フィア。ちゃんと帰れる?」
最後まで隣で座っていたフィアに聞くと、懐から何かを取り出した。折り畳まれた紙のようだ。フィアがそれを広げると、幾何学的な模様が描かれていた。
「魔方陣?」
――なにそれちょっと詳しく。
――ハルカ、ちょっと黙ってて。
――ぶー。
ふて腐れるハルカに苦笑しつつ、フィアを見守る。フィアが紙を何度か叩くと、魔方陣の少し上空に小さな光の玉が浮かび上がった。微かな光が周囲を照らす。遠くまで照らすわけではないが、少し先の地面程度までは照らしてくれるので、これがあればこけることはないだろう。
「フィアはそれがあるなら大丈夫だね。イリス、あんたは何か持ってるかい?」
クイナも同じ紙、同じ魔方陣を取り出しながら聞いてくる。用意が良いな、と思いながら、先ほどの問いには首を振った。
「あー……。そうかい。どうする? これだけ暗いと帰れないんじゃないかい? あたしの家に泊まっていくかい?」
「それはとっても魅力的な提案だけど、いいよ。光球ぐらい自分で出せるし」
「そうか。便利そうで羨ましいね」
実際のところは、確かに光球程度出せるのだが、まず出す必要がない。星明かりがあるなら十分に視界は確保できる。たとえ光のない真っ暗闇だとしても、周囲の気配を感じ取れば問題ない。
「それじゃあ、あたしは先に帰るよ。フィアも気をつけて帰りなよ」
「うん!」
「あ、せっかくだから送ってあげる」
「ほんと!? イリスお姉ちゃん大好き!」
「あはは」
甘えるように抱きついてくるフィアを撫でていると、クイナは楽しげに笑って、
「それじゃあ、フィアのことは任せたよ。また明日ね、イリス」
「うん。ありがとう、クイナ。また明日」
そうしてクイナと別れて、イリスはフィアの家へと向かう。フィアはとても機嫌良さそうな笑顔だ。今思えば、最初の内気そうな印象とは全く違う。常に笑顔で、イリスにとってそれが当たり前になっている。
――もともとこの子はこういう性格なんだろうね。かわいい。
――うん。かわいい。あと羽がふわふわで気持ちいい。
――いいなあ、私も触りたいなあ……!
妙に悔しそうにするハルカに、イリスは自慢気に胸を反らしてみる。
――いや、別にイリスがすごいわけじゃないけど。
――分かってるよ。
言わなくてもいいのに。そんなことを思いながら、フィアの頭を撫でておく。フィアがきょとんとした顔でこちらへと振り返ってくるが、すぐに甘えるように抱きついてきた。よしよしとまた撫でる。
――犬みたいだ……。
ハルカが苦笑気味にそう言った。
山の洞窟に戻ったイリスは、干し肉を食べながらこれからの計画を考えることにした。人間との交流は我ながらなかなかうまくいっていると思う。この調子で次の場所に向かうのも悪くないかもしれない。
――行き当たりばったりだったけどね。
――そこ、うるさい。
だが確かに、ハルカの指摘はもっともだ。その場の勢いに任せただけで、なんだか周囲がうまく動いてくれただけのようにも思う。さすがにこれが続くとは思うべきではないだろう。
「んー……。でも考えたところで、いい案なんて出ないし……。あと、じゃま」
考えながら、フードを取る。ずっとフードを被っているせいか違和感はなくなっているが、それでもやはり、ふとした瞬間に邪魔に思えてしまう。もう取っていてもいいのではないだろうか。そろそろイリス自身も慣れてきたように思う。
――というわけで、次からはなしでも……。
――あ、待ってイリス。私、ちょっと気になることがあるんだけど。
――ん? なに?
フードを取るぐらいで何かあるのだろうか。イリスは首を傾げてハルカの言葉を待つ。
壁|w・)今日はちょっと忙しいため、どの時間の更新になるか未定です。
遅くなっても必ずあと2回は更新するですよー。有言実行! ……したい!