四條誠
ベッドにセットしていた目覚まし時計が鳴り響く。
四條誠は俯せのまま素早くそれを止め、瞼を擦りながら重たい身体を起こした。
今日は一二月一四日、平日。
誠は冷めている身体を擦りながらベッドから降りてリビングへと移動した。
「おはよう」
聞き慣れた母の声が耳に入った。
対して誠は「おはよう」と軽く返し、食卓についた。
リビングに設置しているTVの画面に映っているニュースを眺めていると、母が作った朝食を目前に並べ「はい、お待ち!」と元気の良い飲食店の店員の様に言った。
誠はその言動に呆れつつも「いただきます」と朝食を摂り始めた。
食べ終えて、自分の部屋に戻って学校の制服に着替えると近くに置いていた通学鞄を持って玄関へと向かった。
そこには母が微笑みながら待っていた。
誠が靴を履くと「行ってらっしゃい」と母に言われたので「行ってきます」と軽く返して家を出たのだった。
これが四條誠の家での日常。
母とは無難に接していて、余り喧嘩する事も無い。
普通の親子の関係だった。
ベッドにセットしていた目覚まし時計が鳴り響く。
四條誠は俯せのまま素早くそれを止め、すぐに起き上がった。
今日は一二月一四日、平日。
誠は目を覚まさせる為に両手で頬を叩き「よしっ!」と小さく気合を入れてリビングへと移動した。
「母さん、おはよう!」
朝なのにハイテンションで母に挨拶を交わす誠。
対して母はクスリと笑い「おはよう」と優しく返した。
誠は母が居るキッチンに移動して食器棚から一つグラスを取り出し、浄水器から水を注いでゴクゴクと喉を鳴らしながら飲み干した。
その間に母が食卓に朝食を並べていた。
もう一杯水を注いで誠は食卓に移動し「いただきます!」と言って朝食を摂り始めた。
食べ終えて、自分の部屋に戻って学校の制服に着替えると近くに置いていた通学鞄を持って玄関へと向かった。
そこには母が微笑みながら待っていた。
誠が靴を履くと「行ってらっしゃい」と母に言われたので「行ってきます!」と元気に返して家を出たのだった。
これが四條誠の家での日常。
昔から誠は元気で性格も良く、母の事が大好きで、そんな彼を母も愛していた。
とても仲の良い親子の関係だった。
通学路を歩いていると誠は何か違和感を覚え、足を止め考えたが、何も答えが出なかったので「ま、いっか」と軽く流して学校へと向かった。
ベッドにセットしていた目覚まし時計が鳴り響く。
四條誠は俯せのまま素早くそれを止め、起きる事無くそのまま眠りについた。
暫くするとバンッ! と勢いよく部屋の扉が開かれ「何しているの! 早く起きなさい!」と母に布団を引っぺがされた。
「何だよ母さん、五月蠅い声だして」瞼を擦りながら怠そうに言った。
「そりゃ五月蠅く言うわよ!」と母は怒鳴って部屋から出て行った。
目覚まし時計に視線を送ると七時を回っていた。
やばい、遅刻する!
誠はベッドから飛び降りてすぐに制服に着替え、通学鞄を持ってリビングへと向かった。
今日は一二月一四日、平日。
バタバタと騒がしくリビングにやってきたと思ったら食卓に用意されていた朝食のトーストをそのまま口に加え「行ってくる」と家を出て行った。
これが四條誠の家での日常。
誠は昔から鈍臭い性格で朝は毎日のごとく母から起こされている。
それもあって誠は母の言う事には余り逆らえない状態だった。
あれ……?
誠は走らせていた足を止めた。
自分はそもそもこんな性格をしていたっけ?
ふと変な疑問を抱き、今日の日にちを確認した。
一二月一四日、平日。
普通に学校に向かう日なのに『何かが違う』と感じた。
何が違うのだろう?
誠は足りない頭で必死に考える。 だが答えは一向に出なかった。
ここで立ち止まって考えても仕方がない。
学校に遅れる訳にもいかない誠は学校に向かって再び走り始めた。
暫く走っていると目前に自分と同じ学校の制服を着た男の子を見かけた。
時間迫っているのに余裕だなと思いながらもその生徒の横を追い抜いた時だった。
「っ!?」
何か嫌な視線を感じた。
舌で身体の隅々を舐め回されるかの様な気持ち悪い感覚だった。
誠は足を止めて後ろを振り返るがそこには誰もいなかった。
何だ、今のは……?
先程の視線をあえて気にしないまま誠は再び走り始めた。
建物と建物の間にある通路に先程誠に追い抜かれた少年が身を隠していた。
少年はポケットの中からスマートフォンを取り出し電話帳の中から『仕事場』と記された連絡先をタップし、耳に当てた。
「ああ、俺だ。 患者を見つけた。 かなり不味いことになっている。 なに、大丈夫さ。 これくらいのことを解決しないとこれからやっていけないからな。 心配するな。 何せ俺は人の悩みを解消していくカウンセラーだからな」
これで通話を終了した。
ベッドにセットしていた目覚まし時計が鳴り響く。
四條誠は俯せのままそれを止め、ムクリと上半身を起こした。
カレンダーの方へと視線を向ける。
今日は一二月一四日、平日。
いや『今日も』と言った方が正しいか。
誠は異様な感覚に不安を抱きながらもベッドから降りてリビングへと向かった。
キッチンには母が朝食を作っていた。
いや、そもそも母親は生きているのか?
今日は一二月一四日。 何か大切な事が起こった後の日の様な気がした。
その大切な事が何なのか、この時誠は思い出せないでいた。
そんな誠の存在に気付いたのか母はそちらに振り返り「あら、誠。 おはよう」と言って朝食を並べた。
「あ、ああ。 おはよう……」と若干戸惑いながらも誠は食卓に着いて朝食を摂り始めた。
食べ終えると誠は足早に部屋へと戻り、学校の制服へと着替え、そこらに放り込まれた通学鞄を手に取り玄関へと向かった。
そこには母が待っていた。
誠が靴を履くと母が「行ってらっしゃい」と言ってきた。
「行ってきます」と誠は玄関の扉に触れるとそこでピタリと止まった。
息子の様子がおかしいと感じた母は「どうしたの?」と声を掛けると誠はゆっくりと振り返った。
「そう言えば、母さんってさ……」
そこから先が言葉に出なかった。 いや、出来なかったと言う方が正しいか。
この先を母に聴いてはいけない、そんな気がしたのだ。
「ううん、何でもない。 行ってきます」と言って誠は家から出て行った。
通学路の途中、その人物は現れた。
「よっ」
誰? と誠は思った。
黒い髪を短く整えており、鋭い黒い眼差しが特徴的だが至って顔つきは普通。 病人並に身体は細く、肌が白かった。
心なしか、不気味なオーラが漂っている様に見える。
自分と同じ制服を着ていると言う事は自分と同じ学校の生徒か。
しかし、こんな奴いたっけ?
そんな彼の心の内を読み取ったかの様に少年は口を開いた。
「俺の名前は九十九悟。 お前と同じ学校の生徒でカウンセラーだ」
カウンセラー? 人の悩みを聞くあれか?
そんな存在が何故自分と同じ学校にいるのだ? それよりも何故自分と対して齢が変わらない人間がカウンセラーをやっているんだ?
「まあ、その辺は企業秘密ってことで」
またも誠の心情を見抜いた自称カウンセラーはマジシャンの様に何もない所から机と二つの椅子を用意した。
一つの席に座り「今日と言う日に何か違和感を覚えているだろ?」と口にした。
「何か知っているのか?」と食い付く誠に九十九は「まあ、座りたまえ」と自分の向かいの席を差し出した。
それに黙って従う誠。
「それではこれよりカウンセリングを実行する」
「カウンセリングって、別に俺は何かに」
「悩んでいるよ。 お前は」
ズキッ! と誠は心が痛んだ。
それに構わず九十九は口を開く。
「今日と言う日に違和感を覚えていないか?」
そう、一二月一四日。 確かに何かに違和感を覚えていた。
そもそも自分は親とは、特に母親とはどう言う関係だったのか?
仲が良かったと言う訳ではなかった筈だ。 また、自分が鈍臭い奴でもなかった。
俺はいったいどういう『存在』だ?
誠が頭を抱えていると不意に九十九はある質問をした。
「昨日の事は覚えているか?」
昨日の事?
昨日は確か……。
脳内にノイズが走る。
「思い出すんだ」
そう、思い出せ。
俺は昨日、とても後悔した筈だ。
何に?
俺は何かを失った……?
「四條誠。 お前は昨日の出来事に酷く後悔している。 自分が情けなく思えてしまい、その事を無かった事にしようとしている」
無かった事に……?
ふと救急車の音が耳に入ってくる。
嗚呼、嫌な音だ。
母さん……。
『うるせぇんだよ! 母親面してんじゃねぇよ!』
バチンッ! と何かが弾ける音がした。
「思い出した……」
あれは昨日の出来事だった。
誠は父親が単身赴任で余り家におらず、ほぼ半母子家庭の状態で暮らしていた。
母はとても厳しく、とても息子思いの母親だった。
小学生の頃はとても仲が良かった。
しかし、中学に上がり、誠が野球部に入ろうとしたが、母がそれを止めてきた。
「誠に野球は向いていないよ」
何故それをお前が決める? 何故息子の気持ちを尊重しないのだ?
それが原因で母と誠の間に僅かな亀裂が入った。
何もかもが気に食わなくなった誠はよく喧嘩をする様になった。
それに対して母は厳しく怒鳴る。
しかし誠は誰が自分をこんな風にしたと思っているのだと話を聞き流していた。
母に対しての憎悪は積み重なる一方だった。
高校に上がり、喧嘩は止めたが誰とも関わる事は無かった。
母とも余り口を利かなくなった。
本当は母にやりたい事をやらせて欲しかった。
でも、母はそれを赦してくれなかった。
理由はだいたい予想がついていた。
それでも母とは会話を交わさなかった。
そして、一二月一三日。
学校から家に帰ってきた時、母がキッチンで倒れていた。
誠はすぐに救急車を呼び、病院へと運んだ。
しかし、既に遅かった。
死因はストレスをため込み過ぎた事が原因で身体に異常をきたしたと言うものだった。
きっと母のストレスの原因は自分だろう。
自分の事が心配で母は死んだのだ。
誠は酷く後悔した。
こんな事になるのなら……、沢山話しておけば良かった……。
俺が母さんを殺したんだと、誠は酷く自分を憎んだのだった。
「俺は最低な人間だ……」
ボロボロと涙を零す誠。
絶望に打ちひしがれる彼を九十九は壊れ物を扱うかの様に優しく抱きしめた。
「四條誠。 キレイ事かもしれないが、そんな結末になるなんて誰も考えたりはしないさ。 考えられる筈がない。 でも、それでもお前は自分が許せないんだよな? その気持ちはよく解る。 俺がお前だったら同じことを考えるだろう」
でも、と九十九は言葉を続けた。
「その過去に縋りつくのは良くない。 その過去を乗り越えるんだ。 母親の魂を、解放してやるんだ」
九十九は誠と顔を合わせ、天使の様に優しい笑みを浮かべて言った。
「お前なら出来る」
ベッドにセットしていた目覚まし時計が鳴り響く。
四條誠は俯せのままそれを止め、ムクリと上半身を起こした。
カレンダーの方へと目を向ける。
今日は当然一二月一四日、平日。
決意の籠った瞳を輝かせ、誠はリビングの方へと移動した。
そこにはキッチンで朝食を準備している母の姿があった。
誠は一定の距離まで近づいて「母さん」と声を掛けるとキャベツを千切りにしている母の手がピタッと止まった。
彼の方へと振り返り「あら、誠。 おはよう。 今日は珍しく早いわね」と声を掛けてきた。
「母さん、あのさ……」
そこで言葉が詰まってしまった。
そんな誠の様子に母は首を傾げながら「どうしたの?」と聴いてきた。
すると誠はいてもたってもいられなくなったのか、勢いよく母に抱き付いた。
「ちょっと、どうしたの?」
突然な彼の行動に苦笑いを浮かべる母。
誠は母の腹部に顔を埋めて嗚咽する。
「嫌な夢でも見たの?」と母は誠の頭を優しく撫でた。
言わないと……。 母さんの魂を解放してやらないと……。
誠は状態を保ったまま、鼻を啜りながら口を開いた。
「母さん、ありがとう。 俺みたいな……、大馬鹿野郎を産んでくれて。 俺は……、母さんに求めるだけで何もしなかった。 まさか……、こんな結果になるなんて思わなかった……!」
腰に回している腕の力を強めながら「ごめんよぉ……! ごめんよぉ……! こんな事になるのなら、もっと母さんによくしてやればよかった……!」と遂に泣き崩れた。
息子の誠意の籠った謝罪を聞いた母は瞼を閉じ、口元を少しだけ緩めた。
「謝らなくちゃいけないのは私の方だよ。 誠にもやりたい事があったのは解っていた。 でも私の要らない心配が貴方を傷つけた。 貴方を幸せにしようとした結果、貴方を傷つける結果になってしまったの。 ごめんね……」
でも、と母は誠の顔を上げさせ、目を合わせて言葉を続けた。
「誠を産んで良かった。 幸せだったわ」
誠の涙を優しく拭い「私はもう、貴方の側に居てあげられないけど……、どうか強く生きて」と微笑んだ。
その言葉に満足がいったのか、誠は幸せそうに笑った。
目が覚めた時は、枯れた草の様な匂いが鼻を擽った。
誠はゆっくりと身体を起こし、辺りを見回した。
近くには自分の親戚の人たちが畳の上で雑魚寝していた。
頭が冴えるとここが葬式会場にある家族の間だと言う事が解った。
制服を着ていた状態だった為、わざわざ着替えずに済んだ。
誠は近くに置いてあった通学鞄を手に取り、靴を履いて母が眠っているホールへと向かった。
そこには眠っている母を見ている父の姿があった。
声を掛ける事無く誠は父の隣へと移動した。
「起きたか」と父が聴くと誠は「うん」と答えた。
「父さん」
「何だ?」
「もう手遅れかもしれないけどさ、俺、真面目に一生懸命生きるよ。 母さんの分まで、頑張るからさ……」
息子の突然の変わりように父は驚くが、次第に笑みに変わり「そうか」とだけ答えた。
「じゃ、学校行ってくる」
「行ってらっしゃい」
学校へ向かう息子の背中はどこか父には大きく見えた。
通学路にある建物の影で誠がどこか吹っ切れた様子で学校に向かっている姿を九十九は何かを察したのか、フッと小さく笑った。
「これにてカウンセリングを終了する」