フォーマルハウトをみつけたら
秋の夜空には、目立つ一等星が少ない。
春夏冬にあるような大三角もなくて、かわりにあるのはペガスス座の胴部分を形成する四角形。『秋の四辺形』と呼ばれるそれは、マルカブ(馬の鞍)、シェアト(足のつけね)、アルフェラッツ(馬のへそ)、アルゲニブ(わき腹)という四つの星の連なりだ。
秋、南の高いところを探せばだいたい見つかるこの星々について僕に教えてくれたのは、幼馴染みの瀬尾さやかだった。整った容姿をしているのに気が弱く、人見知りも激しい彼女を饒舌にさせるのは星の話題で、人がかわったように早口でまくし立てる薀蓄やらを聴けるのは僕だけだった。
この春までは。
頭も良い瀬尾が、僕と同じ高校を選んだ理由は単にそこに『天文部』があるからにほかならない。天文台を持つ県内でも珍しい高校なのだ。
そんなふうに学校ぐるみで力を入れている部活だから、瀬尾のマシンガントークに耐えられる(もしくはもっと重篤な)先輩や同輩に恵まれるようになり、僕はすっかりお役御免と相成った。
それでも、観測会のない日はいっしょに帰ったりしていた。瀬尾がキラキラと、僕の知らない名前をあげつらね、楽しそうにしているのが苦しくなってきたのは、夏休みに入る前だったと思う。
「松谷先輩がね」
かつて、彼女がいちばん好きだと語っていたフォーマルハウトと同じ声音でその名を呼ぶようになったからだ。
それでも、確信は持てないままだった。
松谷先輩、というのが天文部の副部長であるなら、常に仏頂面に黒縁メガネ、適当に髪を束ねている三年の女子生徒だったから。
異性はおろか、同性の友人も少ない瀬尾のことだから、行き過ぎた友愛と尊敬がごちゃまぜになっているのかもしれないと、そんなふうに逃げてきた。
黄昏時、階段を先に登っていたふたりのシルエットが重なる様を僕はスクリーンの向こう側の出来事のように眺めていた。
びくりとはねた瀬尾の肩も、それをなだめるような先輩のてのひらの動きも。
重なったシルエットが離れて、ごめんねと唇だけで僕に告げた先輩の顔も。全部夢みたいに遠かったのに。
僕はずっとそこから動けない。踊り場に設えられた窓の外はもう暗く、瀬尾の教えてくれた秋の星空が広がっていた。