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蜘蛛の巣

作者: 頭山怛朗

 ある日の事でございます。御釈迦様おしゃかさまは極楽の二番目の蓮池はすいけのふちを、独りでぶらぶら御歩きになっていらっしゃいました。池の中に咲いているはすの花は、みんな玉のようにまっ白で、そのまん中にある金色きんいろずいからは、何とも云えないにおいが、絶間たえまなくあたりにあふれて居ります。極楽は丁度朝なのでございましょう。

 やがて御釈迦様はその池のふちに御佇おたずみになって、水のおもておおっている蓮の葉の間から、ふと下の容子ようすを御覧になりました。最初の蓮池の下は地獄の底ですが、この蓮池の下は、丁度人間界に当たって居りますから、水晶すいしょうのような水を透き徹して、海や陸地、陸地の山や川、人が住む街の景色が、丁度覗き眼鏡めがねを見るように、はっきりと見えるのでございます。

 するとその地上の街に、頭山怛朗とうやまたつろうという男が一人、ほかの人間と一しょにうごめいている姿が御目に止まりました。「あれが欲しい。これが欲しい」この頭山怛朗と云う男は人殺しをしたり盗みをしたわけではありませんが、と云って善行ばかりしていたわけでもありませんでした。口を開けば人の悪口でした。自分の妻、子ども達の悪口も言いました。酒を飲むと自分の自慢話をしました。自分の生まれた家はどれだけ貧乏だったか。中学校もまともに卒業していな自分が、そこからどれだけ苦労して今の地位と富を得たのかの話でした。多くの人が男のために泣いていました。野良犬や野良猫は棒を持って追いました。

 それでもたった一つ、善い事を致した覚えがございます。と申しますのは、ある時この男が深い林の中を通りますと、小道をまたいで小さな蜘蛛が一匹、巣を作っているのに気がつきました。そのまま歩いていけばどうと云うこともないことですが、「いや、いや、こんな巣だろうと苦労して作った巣だろう。壊してしまっては、また、作らなければならない。折角の獲物を取り逃がしてしまうかもしれない。それで餓死してしまうかも知れない。その命を無暗にとると云う事は、いくら何でも可愛そうだ」と、急に思い返して、わざわざ道を外れて林の中に入り苦労して蜘蛛の巣をやり過ごしたことがありました。

 御釈迦様は地上を御覧になりながら、この頭山には蜘蛛の巣を壊さなかったことがあるのを御思い出しになりました。そしてそれだけの善行をしたむくいには、出来るなら、この男の望みをかなえてやろうと御考えになりました。幸い、側ら見ますと、翡翠ひすいのような色をした蓮の葉の間に、蜘蛛がいない幾つもの極楽の蜘蛛の巣があるのに気がつきました。御釈迦様はその蜘蛛の巣を御手に御取りになって、玉のような白蓮しらはすの間から、遥か下にある地上へ御送りになりました。


 こちらは地上の、他の人間と一しょに「あれが欲しい。これが欲しい」と蠢いた頭山でございます。

 「金が落ちていないか」、「楽したい」、「偉くなりたい」、「いい女と××したい」、「健康でいたい」、「長生きしたい」何時もそんなことを考えていました。でも、そんな望みはかなえられそうにありませんでした。

 ところがある時の事でございます。何気なく頭山が頭を挙げると頭上に“金”、“楽”、“名誉”、“いい女”、“健康”、“長生き”。その他、いろんな物、欲しい物が漂っているのに気がつきました。今まで何か落ちていないか、下ばかり見ていたので気がつかなかったのでしょうか。それに、丁度、いい具合にそこに蜘蛛の巣がありました。頭山がそれで頭上の物を追うと間単にそれを捕まえることが出来ました。あっと云う間に“金”、“別荘”を手に入れることが出来ました。

 “いい女”を追っていると、他の者まで蜘蛛の巣で頭上の物を追っているのに気がつきました。ある男は“名誉”を捕まえました。別の男は、それは自分の息子でしたが“いい女”を捕らえていました。

 そこで頭山怛朗は大きな声を出して、「こら、ゴミども、この蜘蛛の巣はおれのものだぞ。お前たちは一体誰の許しを得て、蜘蛛の巣を使っている。止めろ、止めろ」と喚きました。

 その途端でございます。それまで何ともなかった蜘蛛の巣が氷のように解けて無くなってしまいました。頭山が、折角、捕まえていた“金”、“別荘”はどこかへ行ってしまいました。


「しかし、釈迦もなかなか酷い事をするもんだね」と、モホメットがテーブルの向こうのキリストに云いました。「誰だってあの立場になればああ云うよ。そんなこと分かりきっている」

「そうだね。釈迦は前にも同じことやっている。ところで、モハメッドさん、後三手で“チェックメイト”だよ」と、キリストが嬉しそうにいいました。


「そうかい」と、モハメッドと駒を動かし云いました。「じゃ、おれは、今、“チェックメイト”だ」


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